23.お祭り一日目
3005年10月10日
今日はお祭りの初日だ。お祭りを回るのを楽しみにしていたが、朝早くからおばあちゃんもジェイドたちもそれぞれ祭りの手伝いに出かけて行ってしまった。残念ながら、一緒に回ってくれる保護者がいないので、ルーナは宿でお留守番だ。だがその間、帰ってきたアイザックさんと一緒に、宿の前でクロシェット販売のお手伝いをさせてもらえることになった。
「今日はレオナルドさんは一緒じゃないんですね。」
「あいつは祭りになんか興味がないからな。いつも通り研究室に籠るそうだ。」
レオナルドさんらしい⋯。
「さて、君に問題だ。このクロシェットだが、公平を期すために値段が統一されていて、どの店でも1つ鉄貨5枚で売っている。では、クロシェット5つだといくらになるか分かるか?」
「銅貨2枚と鉄貨5枚。」
急に問題を出されたが、さらりとルーナは答えた。これくらい簡単だ。
「素晴らしい。では、小銀貨1枚渡されたらお釣りはいくらだ?」
「銅貨7枚と鉄貨5枚ですね。」
これも簡単な引き算だ。こんなの簡単ですよとばかりに余裕綽々の表情で答えた。
「早いな!君は本当に5歳か?素晴らしい!これは予想以上に強力な戦力だ、ありがたい。君が計算できるなら、君が会計を担当して私がクロシェットを配った方が早いだろう。」
たしかにクロシェットを乗せる台もルーナには少し高いし、ずっとやり続けるにはトングも重い。
「わかりました。」
分担が決まったところで販売を開始した。
「あら、今年は可愛い売り子さんがいるのね。」
一番乗りは、宿の近所に住むおばさんだ。今日ルーナは水色のメイド服を着ている。自分で言うのもなんだが⋯まるでお人形さんのように可愛い!
「ありがとうございます!きれいな羽ですね。」
おばさんも今日はピンクのドレスを着ていて、背中にはキラキラしたきれいな羽がついている。
「そうでしょ?恋の精霊よ、ふふふ。」
恋の精霊なんているのかなぁ?と思ったがそれは聞いちゃいけない気がしたので聞かなかった。
このお祭り中、街の服飾系の商会主催で仮装大会が開かれる。大会はエントリー制なのだが、いつしかエントリーしていない住民たちまで仮装を楽しむようになり、今ではこの祭りでは仮装をするのが恒例になっている。
最初の頃は、これから厳しい冬を乗り越えるために、強そうなものに仮装しようというのがテーマだったそうだが、今はもう何でもいいらしい。ここの街の住民は、皆で盛り上がれればそれが一番、細かいことは気にしないようだ。
ひたすらクロシェットを売っていると、ティアとノエルがノエルのお母さんと一緒に買いに来てくれた。ティアは女剣士の衣装でノエルは勇者だそうだ。ティアはなりきっていてとても似合っているが、ノエルは着せられてる感があってクスッとしてしまった。きっとティアに付き合わされたのだろう。
「ノエルは勇者でしょ?シャキッとしなさい!」
「わかったわかった。」
絶対に魔王討伐に行こうなどとは言わなさそうな勇者だ。二人は今日一日お祭りを回るらしい。
正午を過ぎるとお客さんの数も増えてきた。クロシェット用の籠を持った人達が次々とやって来る。
毎年街の入口で、前年にクロシェット販売をしていた場所を記した地図を売っている人がいるらしく、街の外から来た人も、その地図を見てここまで来ているそうだ。お陰様で、中央通りに面していないこの店でも、作っておいた分の半分以上がもう売れてしまった。宿の中では、女将さんとファビエラさんで追加のクロシェット作りをしている。
「すごい売れ行きですね。」
「本当に君がいて助かったよ。沢山の人に買ってもらえればセリーナの票も増えるからね。」
アイザックさんはブレないなと思いながらルーナは微笑んだ。
それから少し経つと、フェルナンドさんが一人で戻ってきた。ジェイドはまだ残って手伝っているらしい。
「ルーナちゃん、その衣装かわいいね。お昼まだでしょう?交替するから先に食べておいで。」
「ありがとう。」
今日は何度も可愛いと言われたが、フェルナンドさんの優しい笑顔で言われる可愛いが今のところ一番だ。嬉しさで気持ちが舞い上がり、自然と顔がにやけてしまった。
順番に交替で昼食をとり、最後のフェルナンドさんが昼食から戻ってきた頃には14時前になっていた。
「そろそろリバーシ大会の時間だね。二人とも出るんでしょ?行ってきていいよ。」
どうやらアイザックさんもリバーシ大会に出場するらしい。フェルナンドさんは出ないのかと聞いたが、アイザックさんと戦っても勝てないから出ないそうだ。相当強いらしい。
14時までにカウンターにいる女将さんに出場すると伝えれば受付完了だ。当然ファビエラさんは出場希望者が来る前に自分の部屋に戻った。
出場希望者は全部で10人だ。そのうち子供はルーナを含めて2人だけで、勝てば明日からの本戦に出場できる。相手はルーナより少し年上っぽい女の子で、小さなルーナを見てもう勝ち誇った表情をしている。
そして予選が始まった。この宿での予選のルールは総当たり戦で、リバーシが2セットしかないため、1セットは5人いる大人の部で使い、もう1セットで先に学生の部と子供の部をやることになった。
こちらの初戦はルーナたち子供の部からだ。
「悪いけど手加減はしないからね。」
言ってくれるじゃないか、勝った気でいるようだがこちらも負ける気なんて毛頭ない。
「いいよ、負けた言い訳にされても困るしね。」
本当に大人気ないが、笑顔で煽ってやった。女の子は生意気なルーナにご立腹のようだが、まだ負けるとは思っていなさそうだ。
開始5分。
もうこれはルーナの勝ちだ。既に2つの角を取り、片側から侵食するように広がった黒。もうこちら側を白く染めることは不可能だ。負けを認めたくなかったのだろう、結局マスを全部埋めるまでやったが、ルーナの圧勝だった。
「ありがとうございました。」
「ありがとうございました⋯。」
お互い挨拶を済ませると、女の子は今にも泣きそうな顔で、母親と一緒に宿を出ていってしまった。ちょっと子供相手にやりすぎたかもしれない。周りで見ていた対戦待ちの人達も、ルーナの圧勝に驚いているようだ。
「君は計算が得意なだけでなくリバーシも強いんだね。後で私とも対戦しよう。」
「は、はい⋯。」
アイザックさんの興味を引いてしまったようだ。
いや、子供相手だから圧勝できただけで、私凡人ですから!フェルナンドさんに勝てないと言わしめるほどの相手といい勝負なんてできる気がしない⋯。
結果、子供の部はルーナ、大人の部の勝者はアイザックさんだった。二人で気分良くクロシェット販売に戻り、フェルナンドさんにも報告した。そしてルーナの圧勝も報告される。
「いやぁ、気持ちいいくらいの圧勝だったよ。」
「ルーナちゃんは頭がいいからね、話していても、いつも子供と話している気がしないんだよね。」
「お金の計算も早くて正確、学院の生徒よりもだ。これで5歳とは正直驚いた。研究対象にしたいくらいだよ。」
やめてー!!!!中身が成人してるだけなんです!大人になったらただの凡人なんですー!
ルーナは居た堪れない気持ちで苦笑した。
日が傾いてくると、おばあちゃんとジェイドが帰ってきた。ルーナたちのクロシェット販売も終了だ。今日は予定していたよりも売れたらしく、女将さんも嬉しそうだ。そしてアイザックさんにより再び繰り返されるルーナのべた褒め報告。
「やっぱおチビは賢すぎるよな?俺も前に大人のレイスでも取り憑いてるんじゃねーかって言ったんだ。」
「ふっ、私の孫だからね。」
得意げにその一言で済ませてくれるおばあちゃんで本当に良かったと思う。うちのおばあちゃんも常識外れ具合なら大概だからね。
今日の夕食は、皆で広場に行って食べる。昨日の狩猟大会で狩られた魔物の肉が振る舞われるのだ。広場に行くと、何ヶ所かで串焼きのお肉を配っている。フェルナンドさんは今日、このお肉を風魔術で切る作業をしていたそうだ。因みにお肉の調達や調理などは冒険者ギルドがしているが、領主様が全部買い取って振舞ってくれているらしい。プロスペールの領主様は太っ腹だ。
様々な仮装をした人達を眺めながら、皆で串焼きの肉を齧っていると、一ヶ所だけ妙にざわついている場所がある。
「あそこ何かな?」
「ああ、勇者カインがプロスペールに来たらしい。何も知らねぇやつからは人気だが、関わらねぇ方がいい。おチビも連れ去られるかもしれねぇから近寄るな。」
ジェイドが露骨に嫌そうな顔で忠告する。
「迷惑勇者かぁ、わかった。」
「まだ転移の魔導具を探しているみたいだね。俺もアイテムバッグを持っていることは知られてるだろうから、向こうから接触してくる可能性もあるんだよね。早く帰ってくれないかな。」
フェルナンドさんも、珍しく困り顔で溜息を零している。
皆が肉を食べ終えると、勇者がいる広場からはすぐに離れて、中央通りに向かった。肉だけでは食べ足りないので屋台で美味しいものがないか探しにいくのだ。ファビエラさんへのお土産も買っていく。
そして、ルーナはずっとあったらいいなと思いながらあるものを探している。前世の記憶では、祭りに来たら絶対これを食べていた。
この世界の屋台はお肉系の屋台が多いようで、唐揚げに串焼き、腸詰肉、パンに挟んだものや薄い生地で包んだものなど種類も豊富だ。美味しそうなこれらの屋台をスルーして、やっと見つけた⋯はずだった。
じゃが⋯
バターが乗ってない!?違う!惜しい!!
こちらの世界ではソースをかけて食べるようだ。これはこれで美味しいのだがこれじゃない⋯。あのシンプルで塩気の効いた、クリーミーな油分がホクホクのじゃがいもに染み込んでる感じが好きなのだ。
「バターで食べたい⋯。」
ルーナの口からボソッと言葉がこぼれた。
「あら美味しそうね、簡単だし今度作ってあげるわよ。」
女将さんから後光が差している気がする。さすが女将さんだ。残念だった気持ちも上向いて、ルーナに笑顔が戻った。
結局行きは素通りした唐揚げも買い、満腹になって宿に戻った。
今日はあとは寝るだけだったので、風呂場で水魔術の練習をした。風呂を出た後は、髪をおばあちゃんの風魔術で乾かしてもらい、ベッドに入って魔力を使い切って眠った。
◆◆◆◆◆
ルーナとマーリンが部屋に戻った後、宿に勇者カインが訪ねて来た。50歳くらいに見えるが、金髪に整った顔立ち、きれいな金色の瞳には気を抜くと惹き付けられてしまいそうだ。だが、どこか危険そうな、本能的に警戒してしまう何かがある。
「お前がフェルナンドか?」
居丈高に勇者カインが尋ねる。
「はい、あなたは勇者カイン様ですよね?」
フェルナンドはやはり来たかと心の中で溜息をつく。
「そうだ。お前に聞きたいことがある。」
「なんでしょうか?」
こちらの腹を探るような視線を向け、間を置いてから話し始めた。
「俺の魔導具を預けてたやつが、その魔導具を勝手に悪用して人攫いをしていたらしくてな、そいつがこの街で殺されたみたいなんだ。お前ら知ってるだろ?」
フェルナンドとジェイドに視線を送る。どうやら勇者カインは、全てオルランドが勝手にやったことにするらしい。
「ええ、知っています。」
「ああ。」
「で、俺はそいつに預けていた俺の魔導具を回収したいんだが⋯、なぜか見つからねぇ。お前、持ってねぇか?ギルドに死体を渡したのもお前らしいな。」
そう言って今度はフェルナンドだけに鋭い視線を向けた。その場の空気が張り詰める。
「いえ、たしかに死体は渡しましたが、俺は持っていません。死体を渡した後のことも俺たちは関わっていませんし⋯。」
なぜフェルナンドが死体を渡したことまで知っているのだろうかと疑問を抱く。マーリンのことも知っているのだろうか?
「そうか、ところでその死体はどうしたんだ?お前が殺したのか?」
嘘を言ったらその場で殺されそうな雰囲気だ。少し威圧もこもっているようで、マーリンの扱きを受ける前ならば息苦しく感じていたかもしれない。
「いえ、旅の方がたまたま襲われて返り討ちにしたようで、冒険者の俺にギルドに届けるよう託されたんです。」
「そいつはどんなやつだ?」
「俺も詳しい身元などは知りません。背が高めの年配の方でした。どうやら魔術が使えたようです。」
まだここに居ることは伏せて、差し支え無さそうな情報だけを話した。
「チッ、しょもねーやつに殺られやがって雑魚が。」
誰に言うでもなくそう呟くと、乱暴に扉を開けて出て行った。
「帰ったね、殺されるかと思ったよ。」
フェルナンドは安堵の息を吐いた。
「あれが勇者か、どう見ても正義の味方には見えねぇな。」
「ふふ、どちらかと言ったら魔王って言われた方がしっくりくるよね。」
誰が見ても今の勇者カインは、正義感に燃えて魔王討伐しに行くような男には見えないと思う。いったい彼に何があったのだろうか。
「ここにいたのが俺たちだけで良かったな。」
「そうだね、まだマーリンさんのことはよく知らないみたいだったしね。」
「ああ、明日またグレゴリオに報告しねぇといけねぇのか⋯はぁ。」
ジェイドはげんなりとした様子で息を吐いた。
「どうせジェイドはまた置物になってるだけでしょ?」
前回ジェイドは一言も喋らずじっとしていた。そのことをクスクスと笑って揶揄うと、バツが悪そうに顔を歪め、目を逸らされた。
ふふ、一緒に来てくれるだけでもよしとしよう、俺もギルド長と一対一で話すのは嫌だからね。




