22.お祭りの準備
3005年10月09日
プロスペールの街では、明日から毎年恒例のお祭りが開催される。街の始まりの頃からの祭りで、中央通りと中央広場を中心に、街全体で三日間に渡って行われる一大イベントだ。街の外からも沢山の人が集まってくるため、今日は皆、祭りの準備で大忙しだ。
「あら、ルーナちゃん上手ね。」
「へへ、ありがとう。」
ルーナも今日は、女将さんの手伝いでクロシェットという焼き菓子を作るお手伝いをしている。一口大の丸い形をした菓子で、幸せを呼び込む小さな鈴を模しているそうだ。
祭りの間は、街中のあちこちでクロシェットが売られ、一番美味しかったクロシェットを決めるための投票箱が設置される。そして、得票数が高かった上位三名が最終日に中央広場で表彰されるのだ。
女将さんも毎年これに参加しているようで、今年は表彰されるんだと張り切っている。街中の飲食店や宿屋、中には個人で参加する人もいて参加人数が多く、毎年激戦らしい。祭りの間はアイザックさんも帰ってきて、クロシェットの販売を手伝うそうだ。
ルーナと女将さんが大量のクロシェット作りをしている間、おばあちゃんはというと、薬師ギルドからの仕事で薬草茶を作っている。
街中が参加するこのお祭りには、当然各ギルドも店を出すそうで、薬師ギルドは消化を助けるスッキリとした味の薬草茶と、二日酔いに効く薬を売るらしい。これが飛ぶように売れるそうだ。
お祭りってどうしても食べすぎたり飲みすぎたりしちゃうもんね。特に、クロシェットのような甘いものを食べるなら、スッキリとしたお茶は欲しくなると思う。
午前中はずっと女将さんのお手伝いをして、お昼でやっとひと段落ついた。
「お昼は何か食べたいものある?」
女将さんがそう尋ねてくれたのだが、ずっと甘いものを作っていたせいか、あまり食欲が湧いてこない。
「んー、匂いでお腹いっぱいになっちゃったみたい。」
「そうねぇ、私もあまり食欲が湧かないわ。何かさっぱりしたものにしましょうか。」
「薬草茶飲むかい?」
おばあちゃんもひと段落ついたのだろう、二階から降りてきた。
「頂くわ、ありがたいわね。」
「欲しい!」
早速おばあちゃんの薬草茶のお世話になることになった。
今日の昼食は魔鳥肉と野菜のレモン煮とパンだ。塩とにんにくをベースに味付けした食欲をそそる一品で、おばあちゃんの薬草茶の効果と相まって、思っていたよりも食が進んだ。
「案外食べられちゃったわね。」
「うん、夕食までに頑張ってお腹空かせてこないと食べられないかも⋯。」
「ふっ、心配要らないだろう。」
毎食美味しそうに完食しているだろとでも言いたげに、おばあちゃんはルーナの言葉を鼻で笑った。
「うーん⋯、たしかに⋯⋯。」
女将さんの料理は美味しいから結局食べちゃうんだよね。5歳のルーナの体は代謝が良いのか、これだけ毎日お腹いっぱい食べていても太らないのがありがたい。
午後からはおばあちゃんと一緒に薬師ギルドに行って、仕分けのお手伝いをする。お祭りの間は、街の治療院の他に救護所が設置されるので、救護所に持って行く分や、緊急用にと各所から頼まれている分、薬草茶売り場に持って行く分など、祭り期間用の薬や薬草の仕分けをするのだ。
通常の業務に加えて設営の準備などもあり、ギルド職員だけでは手が足りないため、何人かの薬師が手伝っているようだ。
因みに、薬師の仕事に加えて治療もできるうちの万能おばあちゃんは、祭りの期間中、救護所の手伝いも頼まれている。一日目と二日目は救護所に行くそうだ。
薬師ギルドに行くために宿の外に出ると、宿の入口に張り紙が貼ってある。
【リバーシ大会予選開催店、10月10日14時~開始、時間厳守】
祭り期間中、街の中では様々な大会が開催される。祭りが始まったばかりの頃は無かったのだが、祭りを盛り上げる為にと、初めは街の有力者たちが、美味しいクロシェットを決める大会を開催するようになったのが始まりだ。それが段々とギルドや各業種の集まりで各々開催し始め、今のように増えていったそうだ。各種大会の勝者は、最終日の表彰式でまとめて表彰される。
ルーナたちが泊まっている宿を含め、全てではないが、街の宿ではリバーシ大会が開催される。一日目に開催店の各宿で予選が行われ、二日目から各宿で選ばれた代表者たちが集まって戦う。そして三日目に決勝戦が行われて勝者が決まるのだ。
リバーシ大会は、8歳以下の子供の部、9歳以上14歳以下の学生の部、15歳以上の成人の部に別れている。ルーナも子供の部に参加予定だ。
「おばあちゃん、私優勝するからね!」
「ああ、応援してるよ。」
一応中身は大人なのだ、8歳以下の子供になんて負けられない!と大人気ないルーナは闘志に燃えている。
薬師ギルドに到着し中に入ると、職員さんたちが慌ただしく動いていた。この祭り期間中が一年で一番忙しいのかもしれない。カウンターにいたアーネストさんに声をかけ、普段は入れないカウンターの奥にある作業部屋へと案内してもらった。
「こちらの仕分けをお願いします。量が足りていないものがあればこちらの紙にメモしておいてください。後で補充します。私はカウンターに戻りますので、よろしくお願いします。」
「ああ、わかった。こりゃ大変そうだね。」
アーネストさんも忙しそうで、足早にカウンターへと戻って行った。
作業部屋の台の上には、大まかな量で用意したのであろう薬や薬草が種類ごとに置いてある。これをきちんと秤で量って、持って行く場所ごとに分けてまとめておくのが今日の仕事だ。
ルーナも薬草茶を一度に使う分量で分ける仕事を任された。横目でおばあちゃんが次々に薬を量って分けていっているのが見える。おばあちゃんは量らなくても目分量でだいたい分かるようで、秤に乗せたら後は微調整だけだ。
こういうのって長年の経験の積み重ねがあってこその技術だよね、一朝一夕ではできないよなぁとルーナは感服した。
夕方まで薬師ギルドのお手伝いをして宿に戻ると、先にジェイドとフェルナンドさんが帰っていた。
「今日二人は何をしてきたの?」
「俺らは狩猟大会だ。」
「冒険者ギルド主催の狩猟大会はね、祭りの夜に振る舞われるお肉の確保のために行われるから、毎年祭りの前日にやるんだよ。」
なるほどー、どんなお肉が出るのか楽しみだなぁ。
キュゥゥ⋯
ルーナのお腹からなんとも情けない感じの音がなった。
「プッ、おチビ今肉のこと想像したろ?随分と正直なお腹だな。」
「クスッ、分かりやすいね。」
誤魔化そうとお腹を押さえているルーナを、二人が面白がるように笑う。本当に正直すぎて恥ずかしい。
「ふっ、やっぱり夕食の心配なんて必要なかったね。」
「もー!おばあちゃんまで!うるさい!」
ルーナは三人をキッと睨みつけて恥ずかしさを紛らわした。
「はいはい、夕食ができたわよ。明日からお祭りでお肉が出るから今日は魚よ。」
女将さんがさらっと流してくれた。こういうのが大人の対応だよね。
今日の夕食はムニエルとパン、豆のサラダ、野菜がたっぷり入ったスープだ。
焼き魚系のメニューだと、やっぱりご飯が欲しくなるなぁと思う。パンでも美味しいけどお米が恋しい。
「ジェイドとフェルナンドさんは今日何を狩ったの?」
気になっていたので狩猟大会の話に戻す。
「いや、俺らは狩ってない。運営の補助役だ。」
「中には気合いが入りすぎて無理する冒険者がいるからね、時間になっても帰ってこないパーティとか、負傷者を回収しに行かなきゃならないんだよ。あと、何かあった時のために残っている人も必要だからね。」
「ふーん、大変そうだね。」
大会の優勝者には、どの大会にも賞金や賞品が出るらしく、必死になってしまうのかもしれない。
「それに俺らが出たら俺らが優勝しちまうからな。」
ジェイドが得意げな顔で言った。
「プロスペールのギルドで一番強いのってジェイドたちなの?」
「うーん、他のAランクもいるから一番かどうかは知らねぇけど、ギルド長を除いけば今街にいる中なら一番だな。」
やっぱりジェイドたちって冒険者の中ではすごく強い方なんだね。おばあちゃんのせいで感覚が麻痺している気がする⋯。
夕食後は今日も、水魔術の練習をした。今は水魔法で自由に形を作る練習だ。イメージするのは簡単だが、必要な分だけの魔力を込めるのが難しい。魔力を込めすぎると思っていたより大きくなったりする。そして、魔力が限界になったらベッドに入り、ライトの魔術で魔力を使い切って気絶した。
◆◆◆◆◆
プロスペールギルドのギルド長グレゴリオは、通信の魔導具で総ギルド長ギルバートと連絡を取っている。
「すまん、目一杯足止めしたんだが今回は無理だった。」
今まで帝都で足止めしていた勇者カインが、祭りへの参加を理由に、明日からプロスペールに向かうという連絡だ。先月まで彷徨いていた奴隷たちは、用が済んだのか街から引き上げていたのだが、どうやらまだ勇者カインは諦めていないらしい。
「そうですか⋯厄介ですね。こちらは祭りでただでさえ忙しいのに。」
「一応監視役は付けたが当てにはしないでくれ。」
「勇者ですからね、強硬手段に出られたら止められませんよ。」
はぁ、と自然と大きな溜息が零れてしまった。電話の向こうでも同じ様な溜息の音が聞こえた。
「悪いな、なるべく穏便に止められればと思ったんだが⋯、今はあいつが早く諦めてくれるのを祈るしかねぇ。あいつがやったって証拠もねぇのにこっちから何かする訳にも行かねぇからな。お前らでも転移の魔導具は見つからないんだろう?」
「ええ、本当に今この街にあるのかどうかさえ分かりませんね。オルランドを返り討ちにしたご婦人が持っているかもとは思いましたがね、それだと自分の身が危険になるような物を持ち続けている意味も分かりません。そもそも片方だけ持っていても使えませんし。」
本当にどこにあるのだろうか、あっても困るが無いものを出せと言われるのも困る。何事もないまま祭りが終わってさっさと出て行ってくれればいいのだが⋯。
「だよな、俺もそう思う。もし何か起きたらすぐに連絡してくれ、俺がプロスペールに向かう。」
「わかりました。」
勇者カインも強硬手段に出て、冒険者ギルドと対立してしまえばこの国にはいられなくなるだろう。
だが今は連合王国の人間とも繋がりがあるようだし、強硬手段に出ないとは言いきれない。そうなったら真っ先に狙われるのは私かもしれないな。勇者カインは私が転移の魔導具を隠していると思っているだろう。
グレゴリオは通信の魔導具を切ると、もう一度低く重い溜息を吐いた。




