21.ストロールマッシュルーム
3005年09月05日
今日は森に来ている。いつも薬草採取をしている入口の辺りではなく、奥の方に向かっている。入口付近は薬草採取の依頼を受けた新人冒険者たちの姿がちらほら見えたが、奥に進むにつれ段々と人気がなくなり、森の静寂が深まってゆく。
「ちょっとティモロ町から出てきた時に通った山を思い出すね。」
「ふっ、ルーナはほとんど寝てたじゃないかい。」
たしかにそうだったな⋯。あの頃に比べたらだいぶ体力もついたなとしみじみ思う。
だが、森の奥は体の小さなルーナにはまだ早かったようだ。湿った柔らかい土に、自分の背丈以上に伸びた植物。思っていた以上に歩きにくい。正直もう帰りたい⋯。
ガサッ、ブーン
「ヒィッ!」
ルーナの目の前に大人の拳程の大きさの蜂が飛んできた。
パシュッ!
「おや、運がいいねぇ。」
すぐにおばあちゃんに撃ち落とされたが怖かった。虫ってだけで怖さと嫌悪感が増すのは前世の影響だろうか?動物系の魔物は平気なのに、虫系の魔物を見るとゾワッとして苦手だ。
「運がいいって⋯どこが?」
ルーナは露骨に嫌な顔をした。嫌な予感がするのだ。
「美味しい蜂蜜が近くにあるみたいだね、採取しに行くよ。」
「えー嫌だよぉ。」
やっぱり!最悪だ!
「何を言っているんだい、この蜂蜜は貴重で、薬にもなるし栄養価も高い。美容にだって良い。それに何より美味しい。近くにあるのに取らないなんてもったいないじゃないか。」
そう言いながらすでに、おばあちゃんはルーナの手を引いて歩き出している。
うちのおばあちゃんは甘いものが大好きなのだ。ルーナの目には、おばあちゃんの顔がキラキラと輝いているように見える。
こうなったらもうルーナに止める術はなく、おばあちゃんとは対照的に、ルーナはげんなりとしながらついて行った。
ブーン、パシュッ!
ブーン、パシュッ!
巣に近づいてきたようで、飛んでくる蜂の数も増えてきたが、おばあちゃんが上機嫌で撃ち落としている。
因みにこの蜂は、苺蜂という名前で、ベリー系の花の蜜を好むらしい。ベリー系の実が大好きなおばあちゃんが夢中になるのは納得だ。
そして、ついに蜂の巣が見えた。大人の身の丈程の大きな蜂の巣だ。
「睡眠」
うげっ⋯
蜂の巣の周りにいた苺蜂たちが、眠らされてポトポトと地面に落ちてゆく。
「おばあちゃん、どうやって蜂蜜集めるの?大きくない?」
「容器が足りないねぇ、持って来るしかないね。」
さも当然と言わんばかりにそう告げると、おばあちゃんはルーナの腕を掴んだ。
「え?これは⋯」
一瞬で宿の部屋の中へと転移していた。おばあちゃんが、「静かに」と唇の前で人差し指を立てている。ここで出かけたはずのルーナたちが、誰かに姿を見られるのは都合が悪いのだ。
「消音。よしこれで大丈夫だ。」
魔術で部屋の中の音を消したおばあちゃんは、保存用の瓶を片端から手当り次第にアイテムバッグの中へと詰めてゆく。
一滴も残さず持ち帰ろうという強い執念を感じるな⋯。
そして、あらかた瓶を詰め終えると、また元の場所に戻ってきた。おばあちゃんは嬉々として蜂蜜採取をしている。ルーナはもう諦めて暖かく見守ることにした。
暫く休憩しながら待っていると、おばあちゃんの蜂蜜採取が終わったようだ。とても満足そうに顔が綻んでいる。
「待たせたね、行こうか。」
「うん。」
今日の目的は、以前金糸雀亭で食べた黄色いキノコ、もとい、ストロールマッシュルームに会いに行くことだ。
「ストロールマッシュルームってどこにいるかわかるの?」
おばあちゃんは簡単に会いに行こうと言っていたが、この広い森の中で本当に出会えるのだろうか。
「ああ、だいたいね。」
そう言うと、迷いなく森の奥へと進んで行く。
そして、生い茂る植物をかき分けながら歩いていると、さらさらと緩やかに流れる小川のせせらぎが聞こえてきた。
「わあ、おばあちゃん!きれいだね!」
足首程の深さの、透明で澄んだ川だ。手を浸してみると、冷んやりとしていて気持ちいい。
「滑らないように気をつけな。ストロールマッシュルームはこういう水辺のじめっとしたところが好きなんだ。」
そう話していると、ガサガサという植物をかき分ける音とともに、誰かの声が頭の中に響いてきた。
「どーもー、呼んだ?」
音のした方を見ると、ストロールマッシュルームが現れた。ルーナと同じくらいの背丈で、思っていたよりも大きい。
「ああ、うちの孫が会ってみたいって言うんでね。」
「こんにちは、これって念話?」
目や口などはない。どうやって歩き回ったり喋ったりしているのだろう?
「わざわざ会いに来てくれたんだ!嬉しいねぇ!そうだよ!念話で話してるんだ!君たちみたいな発声器官はないからねぇ。君たちはプロスペールから来たの?」
ストロールマッシュルームはすごくフレンドリーだ。じめっとしたところが好きなのに性格が明るい⋯
「すごいね!そうだよ!プロスペールから歩いてきたの。ストロールマッシュルームさんは皆念話でお話できるの?」
「あんまり若いやつだとできないねぇ。同胞同士なら話せるけどね。他の魔物と話す時も人間の言葉で話すから、だんだん覚えてくるんだよ。人間の言葉は共通言語?って言ったらいいのかな。」
「共通言語かぁ、森には他にも話せる魔物がいるんだね。ストロールマッシュルームさんは長く生きてるの?」
「僕はまだ45歳だよ。君はまだ子供だよね?」
んー、おっさん?でもまだってことはストロールマッシュルームの中では若いのかな?
人間にルーナと同じくらい長生きできる人がいないなら、長生きな魔物のお友達を作るのもありかもしれない。
「うん、今5歳だよ。まだ子供。」
「子供がここまで来たのは初めてだよ。よく来れたね。最近プロスペールの街はどんな感じ?」
ルーナはプロスペールの街に来てから行った場所や、流行っているものなど、様々なことを話した。
なんと、このストロールマッシュルームさんは昔、この森で迷子になっていたジェイドたちにも会ったことがあるらしい。自信満々で反対方向に行こうとしていて、見ていられなかったと言っていた。世間は狭い。
そして、帰り際には、いらない枝分かれ部分を分けてもらった。ストロールマッシュルームさんからすれば、伸びてきた爪や毛のようなものらしい。
お礼に、小川のお水を汲んで、そこに魔力を込めて撒いてあげた。地面から栄養を吸収しているらしく、こうすると美味しくなるそうだ。
またね、と言ってお別れした。帰りは遅くなったので、森の入口付近までおばあちゃんの転移で帰った。
◆◆◆◆◆
「ジェイド、それ本当に頼むの?」
「おう、自信作だ。よく描けてんだろ?」
ジェイドはノエルの家の洋服店で、特注品の注文をした。こだわりにこだわりぬいた一品だ。
「承りました。仕上がり次第、宿へお届けに上がります。」
「おう、頼む。」
「ふふ、仕上がりが楽しみだね。」
◆◆◆◆◆
今日の夕食は、オーク肉のソテーと、もらってきたストロールマッシュルームのバター焼き、パンとスープだ。
「今日、ストロールマッシュルームさんに会ってきたんだよ。」
皆で夕食を食べながら、ルーナが得意げに話をする。
「懐かしいな。昔俺らも会ったことあったな。」
「うん、あの時は助かったよ。」
ジェイドとフェルナンドさんは、昔を懐かしむように優しく笑っている。
「ふふ、自信満々で迷子になってたって言ってたよ。」
自信満々なジェイドを想像して揶揄うように言った。
「ああ、こいつがな。」
そう言ってジェイドが親指で隣にいるフェルナンドさんを指さす。
「え?」
「おや、ジェイドかと思ったよ。」
まさかのフェルナンドさん!?
「ふふ、あの時は絶対合ってると思ってたんだけどね。」
フェルナンドさんは悪びれる様子もなく笑っている。
「俺は途中で気づいて、おかしくねーか?って何度も聞いてんのによ、こいつ自信満々なんだ。俺が間違ってるのかと思うだろ?」
「クスッ、フェルナンドさんにもそんな一面があるんだね。」
フェルナンドさんは意外と頑固なのかもしれない。
「このストロールマッシュルームに感謝しないとね。」
「美味いな。今度お礼言いに行くか。」
今度行く時は四人で会いに行くことになった。
夕食後は、いつも通り魔術の練習だ。
「ベッドの上じゃできないが、そろそろ水魔術を教えようかね。次は水魔術で水を撒いてやるといい。」
「うん!」
桶を用意して、その上で水を出すことから始まったのだが、魔術はイメージも大事だそうで、前世での科学知識やアニメでのイメージがあるルーナは苦労しなかった。
「出たよ!」
「早いね、さすが私の孫だ。」
今日はひたすら水を出し続けた。光を出すより水を出す方が、質量があるせいか魔力を消費している気がする。いつもよりも早く魔力切れの状態になり、眠った。




