20.迷惑勇者の動き
3005年08月20日
「クソがっ!邪魔しやがって!」
勇者カインは今、帝都の屋敷にいる。西の国境付近の街からプロスペールに行く途中で、自分の屋敷がある帝都に寄ったのだがそれが間違いだった。確実に足止めされている。
予定では、屋敷に一泊して次の日にはプロスペールに向かうはずだった。それが、帝都の門でギルドカードを見せると、「勇者カイン様ですね、ジュドレウム子爵がお待ちです。」と言われて連れて行かれた。その日はジュドレウム子爵家で歓待を受け、それで終わると思っていたのだが⋯。
考えが甘かった。次の日も他の貴族からの歓待、その後もパーティーやお茶会に出席させられ、久しぶりに帝都に帰ってきたのだからと皇城にまで呼び出された。行くところがあると言うと、では馬車を用意しますと言われて自由に身動きがとれない。
アイテムバッグ持ちのやつは奴隷たちに調べさせた。そのまま奪ってこさせられれば手っ取り早かったのだが、アイテムバッグなんて持ってるやつは皆ある程度強い。強くなければそんな物持ってても奪われるだけだからだ。俺が直接取り返しに行かなければならないのに動けない。
勇者の肩書きが邪魔だ。
だいたいなんで俺が帝都に来るって知ってたんだ?
もしや⋯、ギルバートか⋯?だとしたら見張られてるな、厄介だ。
転移できりゃこんな苦労もしねーのに。
チッ、と舌打ちを鳴らすと持っていた酒の瓶を乱暴に放り投げた。
◆◆◆◆◆
今日は東側の森ではなく、西側の草原に来ている。ジェイドとフェルナンドさんも一緒だ。何をしているかと言うと、おばあちゃんに扱かれているのだ。
とは言っても、ルーナの相手は毒兎だ。爪と歯に毒があるウサギの魔物で、前世世界の実家で飼っていたふわふわの可愛らしいウサギとは全くの別物だ。筋肉が発達していて、大きさも猫くらい、とても可愛いとは思えない。
ルーナは今、二匹目の毒兎と戦っている。一匹目は何度か死にそうになりながらも倒せた。終わりかと思ったら、おばあちゃんが土の魔術で捕獲していた二匹目が送り込まれてきたのだ。
毒には耐性がついてきたのか、すぐに倒れることはない。おばあちゃんが言うには、「毒兎なら首が切り落とされたり、心臓を抉り取られたりはしないから大丈夫」だそうだ。そう、大きな傷を負うとすぐにおばあちゃんの魔術によって回復されるのだ。
そして、おばあちゃんはルーナの様子を見ながら、ジェイドとフェルナンドさんの相手をしている。
ジェイドが振り下ろした剣を、おばあちゃんが片手に持った短杖で易々と止める。
「嘘だろ!?」
そしてジェイドは腹に一撃軽く放たれた風魔術で遠くに吹き飛ばされた。
攻撃中の隙を狙ってフェルナンドさんも風の刃を放つが簡単にかき消される。
「あー届きませんか。」
それからおばあちゃんの土魔術がフェルナンドさんの足を絡め取り地面に引き摺り込む。
フェルナンドさんも風魔術で振り払おうとするが、おばあちゃんの魔術の方が動きが早くて正確だ。フェルナンドさんは膝まで地面に埋まった。
復活してきたジェイドが剣で切り込み、連撃を放つが全て止められる。
懐に潜ったおばあちゃんの掌底突きでまたもやジェイドが飛ばされた。
「ウグッッ!」
二人がかりでもまるで相手になっていない。こんな感じで手加減をされながら、ボロボロになるまで扱きは続いた。
そしてルーナもボロボロだ。
魔物もいる草原で、おばあちゃんの結界の中、今は三人並んで転がされている。おばあちゃんは調合用の素材を魔物から採取しているようだ。
「あのばあさんおかしいだろ⋯。俺自信なくすわ⋯。」
「俺も、手も足も出なかったよ⋯。」
ジェイドとフェルナンドさんは魂の抜けたような顔をしている。
「おい、おチビの毒耐性もおかしくねぇか?」
「死にそうになるとおばあちゃんが回復させるから、また何回もやられて耐性がついちゃったんだよ⋯。」
おかしいと言われても、ルーナだって好きでそうなったわけではない。ルーナに言われても困る。
「そうか、そうやって大人になる頃にはばばあみたいなのができあがるのか。」
「そうなのかもしれないね⋯。」
ジェイドとフェルナンドさんは腑に落ちたとばかりに納得している。
暫く寝転んで休んでいると、おばあちゃんが素材採取から戻ってきた。そろそろお昼の時間のようだ。三人は、起き上がれるくらいには回復したが、まだボロボロだ。
今日のお昼はサンドイッチで、朝女将さんが作って持たせてくれたものだ。四人の好みに合わせたものが彩り良く入っていた。心身が弱っているせいか、女将さんの優しさが身に染みる。
「なあ、どうやったらばあさんみたいに強くなれるんだ?」
「俺も知りたいです。」
「お前らは干渉力を上げることだね。どうせ今まで格上の相手となんかほとんど戦ったことがなかったんだろう?安全も大事だが、それでは今以上に干渉力を上げるのは難しいね。干渉力が弱いからいくら技術や筋力があろうと剣を止められるし、魔術を放っても簡単に消されるんだよ。」
ふむふむ、干渉力って大事なんだね。ジェイドとフェルナンドさんもいつになく真剣な顔で聞いている。
「どうやったら上がるんだ?」
「そりゃ、こうやって格上とギリギリの戦いをして、死にかけながら限界を超えていくのが一番の早道だね。最初のうちは筋トレや魔力上げをしているだけでも上がるが、お前らはもうそれじゃ上がらないだろう?」
「そうですね⋯、これ以上はどう頑張っても魔力量は上がりませんし、この辺りが自分の限界かなと思ってました。」
「ふっ、何を言っているんだい、やっとスタート地点だよ。魔術だって干渉力を上げればもっと少ない魔力で使えるようになる。」
なるほど、最大魔力量は変わらなくてもコストが減って、結果使える回数や威力が増えるってことか。だからおばあちゃんはあれだけ魔術を使ってもピンピンしてるんだね。
まだまだスタート地点にも立ててないルーナには先の話だけど、覚えておこう。
その後は、体力を歩けるくらいまで回復させてから、宿までどこにも寄らずに歩いて帰った。
「あら、今日も三人ともボロボロね。」
「「「⋯⋯⋯⋯。」」」
「ふっ、今日もちょっと鍛えてやっただけさ。」
それから三人は夕食の時間までそれぞれ部屋で休んだ。
◆◆◆◆◆
夕食の時間、今日はまた、アイザックさんとレオナルドさんが宿に来ていた。そしてまたファビエラさんが部屋から出され、怯えながら食事をしている。
「ああ、セリーナの料理を食べられる俺は幸せだ。」
「そう思うならもう少し家に帰ってきてちょうだい。」
前も同じようなやり取りを聞いたような⋯。これ毎回やってるのかな?今日も二人の間の空気は甘い。
「ところで今日は父さんたち、何か用でもあったの?自分から帰ってくるなんて珍しいね。」
「ちょっと最近、街で不審な動きがあってね、家族のことが心配になったから帰ってきただけだよ。」
そう言ってまたセリーナさんに視線を向け、優しく微笑んだ。
「ああ、街でアイテムバッグ持ちのやつを探し回ってるやつらか?」
ジェイドが言ってるのって、この間グレゴリオさんも気をつけろって言ってた人たちのことだよね?転移の魔導具が関係してるのかな⋯。
「そうだ。」
「そいつらがどうかしたのか?」
「その人たちは皆、ファビエラと同じ、隷属魔術をかけられた奴隷だったんだよ。」
レオナルドさん以外の皆の食事の手が止まった。
「それって、勇者カインは連合王国の奴隷の件にも関わってるってことで合ってるかな?」
いつもは優しいフェルナンドさんの目が険しくなった。
「その認識で間違ってないと思うよ。奴隷の件にもってことは、やはり噂で聞いた誘拐の件にも勇者が関わっていたようだね。」
そう言ったアイザックさんの口元が綺麗な弧を描いた。
「ああ、父さんたちはそれを確認しに来たんだね。」
「ふっ、家族が心配だったのは本当だよ。」
フェルナンドさんがやれやれといった感じで苦笑する。
「やっぱり攫ったガキ共の売り先は連合王国か。」
「どこまでも迷惑なやつだね。」
そう呟いたジェイドとおばあちゃんからは嫌悪感が滲んでいた。
「まあ、術を強化する何かを開発したわけではないということだ。我々に解除できない理由がわかってスッキリした。今日のこの魚の煮込みも素晴らしい!」
レオナルドさんだけは晴れ晴れとした様子だ。
たしかに、おばあちゃんクラスの魔術師が量産されることはないようで何よりだ。
「ところで、その噂になっている勇者カインが探している物はいったい誰が持っているのだろうね。まさかフェルナンドが持っているなんてことはないよね?」
鋭く探るような視線を向けてアイザックさんがフェルナンドさんに問いかける。
「俺は持ってないよ。」
「そうか、ならばいい。」
アイザックさんの肩から力が抜け、緊張感が解けた。
「ふふ、心配してくれてありがとう。」
「大事な一人息子に死なれたらセリーナが悲しむからね。」
フェルナンドさんのことも大事みたいだけど、結局一番は女将さんなんだよね、この人は。
ルーナはなんとなく勇者が探してるであろう転移の魔導具の在処に心当たりがある⋯。いつの間に手に入れたのかは不思議だが、どうやらジェイドも同じ人物を疑っているようで、さっきからその人物にチラチラと視線が行っている。
「なんだいジェイド、私の顔に何かついてるかい?」
「いや⋯⋯なんでもねぇ。」
他の誰が持つより安心できるしいいんじゃないかな。
ルーナはおばあちゃんと先に部屋に戻ると、いつもの日課になっている魔術の練習をして眠った。




