19.勇者のおかげ
3005年08月06日
今日は図書館の日だ。今は、二百年程前の勇者の冒険譚を書き写している。
この勇者の時代は、魔王との関係が良好で討伐する必要がなかったらしく、世界中を旅して回っていたようだ。
ルーナたち人間が住むのは中央大陸だ。その海を隔てて西には竜の大陸があるらしい。
竜の大陸にはドワーフも住んでいるそうで、たまたま中央大陸に来ていたドワーフが、この勇者を気に入って、竜の大陸まで連れて行ってくれたそうだ。
へぇ、この世界って竜もいるんだ!優しい竜なら会ってみたい。
ところで⋯、この良好な関係だった魔王って、おばあちゃんたちが倒した魔王ってことになるんだよね。
おばあちゃんたちが倒した魔王は千年以上君臨していたと言っていた。どうして討伐することになったのだろうか?後でおばあちゃんに聞いてみよう。
昼過ぎになると、おばあちゃんが迎えに来た。今日は中央広場の近くにある『金糸雀亭』というちょっと高そうな店に行ってみることになった。金糸雀亭ではパスタが食べられるのだ。
この国でもパスタは広まっているのだが、あまり家庭で出てくるものではない。乾燥麺を作れる技術があればもっと広まるのかもしれないが、今はパンが主流だ。パン屋でパンを買ってくる方が楽だもんね。
金糸雀亭の店内は、美しい絵画が壁に並ぶ、落ち着いた高級感のある雰囲気で、ルーナ以外に子供の姿はない。ルーナがここにいるのは場違いな気がするが、パスタを食べるためには仕方がない。気にするのをやめ、早速パスタを選ぶ。
ルーナが選んだのはキノコのクリームパスタだ。テーブルに運ばれてくると、キノコの芳醇な香りが漂ってくる。見たことのない黄色のキノコが乗っているが、美味しそうだ。
濃厚なクリームと絡めてフォークで巻いて⋯
「おや、随分器用だねぇ。」
「⋯図書館で読んだ本に、たまたま食べ方が書かれた本があったんだよ。」
ルーナの心臓がドキッと跳ねた。表情で悟られないようフォークで巻いているパスタに視線を向けたままさらりと答えた。
「そうかい。」
危ねー!食べ慣れてるのバレるところだった!図書館通いしてて助かったー。これからは不都合は全部本で読んだで何とかしよう。
口に入れると、ジュワッと黄色いキノコから旨味の凝縮されたエキスが溢れてきた。歯ごたえもコリコリしていて美味しい。
「おばあちゃん!この黄色いキノコ美味しい!」
「ああ、それはストロールマッシュルームだね。たまに森で散歩してるよ。一応魔物の一種だね。今度会いに行ってみるかい?」
「え?会いに行くって?危険じゃないの?」
「温厚で知性が高い魔物でね、こちらから危害を加えなければ攻撃もしてこない。たまに枝分かれしたいらない部分をくれたりするよ。森で遭難した時はストロールマッシュルームに会えれば出口を教えてくれるから探すといいさ。お礼に魔力のこもった水でも撒いてやれば喜ぶ。」
へぇ、そんな魔物もいるんだねぇ。
この世界の魔物は人間と共存している魔物も多いのかもしれない。ハムタリアンとか⋯。
「そうなんだね、今度会ってみたい!」
「ああ、今度連れて行ってやるよ。」
ルーナとおばあちゃんは、大満足で金糸雀亭を出た。
今日は薬の納品のために薬師ギルドに寄る。低級ポーションの納品だけなのですぐ終わるそうだ。ルーナは登録に来た時にも座った壁際のベンチに座って待つことにした。
すると、納品が終わったおばあちゃんのところに、アーネストさんが知らない男性を連れてやってきた。黒髪の、四十代くらいの男性だ。
「マーリンさん、今から少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
アーネストさんが、おばあちゃんに問いかけた。相変わらず真面目そうだ。男性は斜め後ろに控えている。
「ああ、なんだい?今日は孫も連れてきているんだが、構わないかい?」
そう言っておばあちゃんがルーナに視線を向けた。なんだろう?
アーネストさんは確認をとるように男性に視線を向けると、男性が頷いて答えた。
「ええ、構いません。私はプロスペール冒険者ギルドのギルド長をしているグレゴリオです。本日は私からあなたに伺いたいことがあって参りました。お時間頂いても?」
「ああ、孫が一緒でいいなら構わないよ。孫に聞かせられないような話なら日を改めておくれ。」
「承知いたしました。」
冒険者ギルドのギルド長さんがおばあちゃんになんの用事だろう?
ルーナとおばあちゃんは薬師ギルドの来客室に案内された。アーネストさんはお茶を配ると出ていってしまったので、部屋にいるのはルーナたちとグレゴリオさんだけだ。
「では、お孫さんに聞かせられない部分は省きますので、単刀直入にお伺いさせて頂きます。」
「ああ、なんだい?」
私には聞かせたくない話があるんだね。
「マーリンさん、転移の魔導具はご存知ですよね?」
「ああ、知ってるよ。」
ああ、誘拐犯関連ね。自分には関係ないとばかりにルーナはゆっくりとお茶を飲む。
このお茶美味しい!!薬草茶かな?さすが薬師ギルド!
ルーナがお茶に感動している間も二人の会話は進む。
「では、この街にある可能性が高いこともご存知ですか?」
「なんとなくだがね。それがどうしたんだい?」
「やはりご存知でしたか。それが困ったことに、中々見つからないのですよ。マーリンさん、心当たりはありませんか?」
「さあね。」
「そうですか⋯。今、本来の持ち主も探しているようで、街で最近アイテムバッグ持ちを探している余所者が多数いると報告が来ています。持ち主本人がそのうち来るかもしれません。あなたたちも身の安全にはご注意を。」
「ああ、重々気をつけるよ。あんたたちもね。」
「ええ、今日はお時間頂き有難うございました。」
「ああ、失礼するよ。ほれ、ルーナ、行くよ。」
聞き流している間に話は終わったらしい。ルーナたちは薬師ギルドを後にした。
まだ帰るには時間が早いので、中央通りを南門に向かってぷらぷら散歩する。
「ねぇおばあちゃん、今、二百年前の竜の大陸に行った勇者の冒険譚を書き写してるんだけど、その時にいた魔王って、おばあちゃんたちが倒した魔王だよね?」
図書館で気になったことを思い出したので聞いてみる。
「ああ、そうだね。」
「その勇者の時は、魔王と人間は戦わなくても良かったんだって。」
「ああ、お互いの領域を侵さなければ戦う必要なんてないからねぇ。」
ふむふむ、今も戦ってないしね。
「なんでおばあちゃんの時は戦ったの?」
そう尋ねると、嫌なものを思い出したようにおばあちゃんが顔を歪めた。
「私らの時も、初めは魔王と戦うつもりなんてなかったんだよ。」
そう言って大きなため息をつくと、おばあちゃんは語り始めた。
当時、魔王との関係は良好で、おばあちゃんたちは召喚された勇者と共に、冒険者として活動をしていた。勇者だからといって何をするわけでもなく、少しづつ冒険者として力をつけながら、平和に楽しく暮らしていたそうだ。
だが、三人召喚された勇者のうちの一人、帝国の勇者カインは、『勇者とは魔王を滅ぼすためにあり、魔王や魔族は悪なのだ。そして、自分はその選ばれし勇者なのだから民のために戦わなくてはならない。』という、独りよがりな思想と熱い正義感を持った男だった。
カインはその思想の基に、魔王の討伐を目指した。止める者もいたが、カインは見た目も良くカリスマ性があり、帝国内での人気はうなぎ登り、さらには帝国もこの機に他国に権勢を見せつけようと、勇者カインを後押しした。
人間の国で一番の大国である帝国が、魔王討伐に動いたことで、魔王と人間は対立することとなった。
そうして、シルヴィア王国の勇者、レナトルシア連合王国の勇者も、魔王と戦わざるを得なくなったそうだ。
勇者カイン!原因お前かよ!こいつ迷惑すぎるでしょ!
「うわぁ⋯、とんだ迷惑だねぇ。」
「だろう?」
聞いただけでため息が出るような話だ。
「まぁ、その魔王の心臓があったお陰でルーナが助かったんだ。そこだけはあいつに感謝しよう。それと、その二百年前の勇者にもね。」
「ん?どうして勇者も?」
二百年前の勇者とはなんの関係があるのだろう?
ルーナは首を横に傾けた。
「万能薬の素材の一つが『竜王の鱗』だからだ。」
「それってもしかして⋯」
「その勇者が旅を終えて、落ち着き先に選んだのがシルヴィア王国でね。その勇者の娘が、私たちが魔王討伐の旅に出る前に、何かに役立ててくれと言って託してくれたのさ。」
「こっちの勇者様には心の底から感謝するよ!」
おおおおお!勇者様!有難うございます!
ルーナは心の中で、この勇者に手を合わせて感謝の祈りを捧げた。
「おばあちゃんにもね!」
「ふふ、どういたしまして。」
ルーナたちはお土産にクッキーを買って宿に帰った。
夕食の時間になると、ジェイドとフェルナンドさんも帰ってきて、皆でごはんを食べる。今日はファビエラさんも宿にいるようで、女将さんが二階に一人分持っていった。ファビエラさんは相変わらずだ。
「ねぇ、フェルナンドさんってどうやってファビエラさんと話せるようになったの?」
「それ俺も気になる。」
フェルナンドさんが顎を指で摘んで考えている。
「ファビエラさんは父さんが連れてきたんだけど、初めから俺と母さんの方が気を許せたみたいだね。特に何もしてないよ。」
「全然参考にならねーな。」
ルーナは激しく首を縦に振ってジェイドに同意する。
やっぱり癒しのオーラが足りないのか?
今日の夕食は熊肉のワイン煮込みとサラダとパンだ。昨日ジェイドとフェルナンドさんが狩ってきた大熊のお肉らしい。トロトロになるまで煮込まれていて美味しい。
大熊と言えば、先月大熊の討伐に行くつもりが、おばあちゃんの洗礼を受けることになった二人だが、あれからたまにおばあちゃんに威圧をかけられているらしい。おばあちゃんは、ピンポイントに狙ってかけることもできるようで、街の中でも気を抜けないと嘆いていた。
夕食を終えると今日も魔術の練習をして、魔力を使い切って気絶する。
「おばあちゃんそろそろ切れる。おやすみなさい⋯。」
「ああ、おやすみ。」




