18.マーリンからの洗礼
3005年07月06日
朝食後、宿を出たジェイドとフェルナンドは冒険者ギルドへと向かっている。
「あー行きたくねぇ。」
「ジェイドはギルド長室に行く度、毎回言ってるね。」
気の進まなそうな足取りのジェイドに、フェルナンドは諦め混じりで小さく笑う。
「⋯はぁぁ。俺、行かなくてもいいだろ?」
「ジェイドは俺一人に押し付ける気かな?」
いつまでも駄々をこねるジェイドからは、ため息の度に生気が抜けている感じがする。
冒険者ギルドに到着した二人は、カウンターへ向かうとギルド長への取り次ぎを頼んだ。
「ジェイド、ただ会って昨日のことを話すだけだよ。ふふ、顔がアンデッドみたいだね。」
「うるせぇ。」
気力の抜けきったようなジェイドは、言葉数も少なめだ。
取り次ぎを頼んだ職員が戻ってくると、二階のギルド長室へと案内された。職員の女性も、後ろをゾンビのように歩くジェイドを見て苦笑している。
「入れ。」
ギルド長室の前に着くと、ノックをする前に中から入室を許可する声が響いた。
「失礼します。」
フェルナンドはそう声をかけると、ジェイドゾンビを引き連れて中へと入る。プロスペールのギルド長室は、整理整頓が行き届いたすっきりとした部屋で、自然と背筋が伸びるような緊張感がある。同じギルド長室でも性格が出ているなと思う。
因みに帝都のギルド長室は、余計な物も多い雑多な雰囲気の部屋で、扉を開けるとコーヒーの香りが漂ってくる。
「座れ。」
着席を促され、ジェイドとフェルナンドは来客用の椅子に座る。ギルド長は執務机に座ったままだ。
プロスペールのギルド長はグレゴリオという元Sランク冒険者で、無駄を嫌う合理主義の男だ。親しみやすさは皆無で、苦手な冒険者も多い。
「要件は?」
一瞬だけこちらに向いてそう尋ねると、すぐに机の上の書類に視線を戻す。
「昨晩、家の実家の宿に泊まっているご婦人から、誘拐の実行犯らしき冒険者の男の死体を預かりました。なので今日はその報告と、死体の受け渡しに来ました。」
フェルナンドはなるべく簡潔に要件を伝えた。
コトッと手にしていたペンを置くと、グレゴリオは顔を上げ、こちらに向き直した。どうやら興味を引いたようだ。
「詳しく聞きたい。」
フェルナンドは昨晩見たこと、聞いたことを全て話した。幻術でその光景を見せてもらったと言うと、やはりグレゴリオでも驚いたようだ。
「オルランドの死体は検死室に預けておいてくれ。」
「分かりました。今後の調査は続けますか?勇者様の方は総ギルド長が自ら調べると言っていましたが。」
フェルナンドも昨晩マーリンに幻術をかけられて、己の力のなさを実感していた。勇者が関わっているこの件に、今の実力でこれ以上関わるのは不安だ。
「この件にはもう手を出さなくていい。何かあればこちらから頼む。君たちでは勇者と相対するには力不足だろう?」
グレゴリオは灰色の目をフェルナンドに向けてそう問いかける。視線が合うと、心の中を見透かされているような気分で落ち着かない。
「はい⋯。」
「Aランク冒険者を無駄に消費する気はないからね。転移の魔導具は他の者に探させる。」
ああ、グレゴリオが使い捨ててもいいと思う、有象無象の冒険者に任せるということだね⋯。俺もこういうところが苦手だな。
ギルド長室を出ると、ジェイドから安堵のため息が零れる。
「結局ジェイドは一言も話さなかったね。ふふ、部屋の置物かと思ったよ。」
フェルナンドはいつもの穏やかな笑顔でジェイドの体をツンツンと指でつつきながら揶揄った。
「あいつと同じ空間にいると体がゾワゾワするから苦手なんだよ。やめろ!」
どうやらジェイドはやっと生気を取り戻したようで、いつものふてぶてしさも戻っている。
「なんでだろうねゾワゾワするの、あの肌にまとわりつく感じ、俺もわかるよ。総ギルド長やマーリンさんからは感じないんだけどね。あの二人はもっとゴゴゴゴゴ!って感じかな?」
「あー思い出しただけで鳥肌立ってきた。」
ジェイドは顔を顰めて自分の二の腕を擦っている。フェルナンドにもその感覚が分かるのだが、最近そういった感覚が強くなったように感じる。きっと自分たちの実力が上がってきたことで感じられるようになった感覚なのだと思う。
「今日はこれからどうする?」
朝一でギルドに来たので、まだこれからでも依頼を受けられる。
「近場の依頼でも受けるか。」
「いい依頼があるといいね。」
二人はギルドの掲示板へと向かう。掲示板にはギルドで募集中の依頼書が張り出されており、その中から自分たちが受けたいものを選んでカウンターに持っていく。
「これでいいだろ。」
「大熊の素材採取、日帰りで行けるしいいね。」
大熊はその名の通り大きな熊の魔物だ。素材として使える部分が多く、毛皮や爪、内臓までほとんど捨てるところがない。勿論肉も食べられる。
ジェイドが掲示板から剥ぎ取った依頼書を、カウンターに持っていき、受理してもらう。大熊の依頼はほぼ毎日出ているので、今まで何度も受けている依頼だ。カウンターの職員に、「大熊ですね、いつも通りお願いしまーす!」と即座に受理され、ギルドを出発した。
「ふふ、今日はマーリンさんたちいるかな?」
「あー⋯、いたら大熊も逃げちまうかもな。」
「ちょっと奥までいかないと出てこないかもしれないね。」
「忘れてたわ。」
二人が噂をしていると、森に近づくにつれて、ゴゴゴゴゴと何かに押しつぶされるような圧がかかってくる。
「いるな。すげぇ圧だな。」
「ふふ、すぐ分かるね。今日、ギルド長に俺たちじゃ力不足だって言われたけど、マーリンさんを知ってたお陰で素直に納得できたよ。こんなのと戦えるかって言われちゃうとね⋯。」
「俺もだ。他のSランクもグレゴリオくらいだと思ってたら、無理して勇者と戦って死んでたかもな。だいたいこんなのグレゴリオでも無理だろ。」
「これを感じられるようになると嫌でも格差を感じるね。ルーナちゃんや新人冒険者たちはこれが分からないから平然としてるけど、俺ちょっと足が震えてきた。」
ジェイドもフェルナンドも強ばった顔で、圧の発生源に近づくほど徐々に歩みが遅くなってゆく。
そして、マーリンの姿を目視できる距離になると、ほとんど足が上がらなくなってきた。
「なあ、なんか、強まってきて、ねぇか?」
そう言ったジェイドの息が乱れてきている。
「俺たちに、気づいて、わざと、やってる、ね。」
同じくフェルナンドも苦しそうに息を乱している。
そしてとうとう二人の足は完全に止まり、その場で崩れ落ちると急にすっと押し潰すような圧が弱まった。
ゲホッ!ゲホッ!ゼー、ゼー
ゲフッ!ゼー、ゲフッ!
「あぁ゛、死ぬかと思った。」
「俺も、視界が、点滅してたよ⋯気を失い、そうだった⋯」
暫く休んで息を整えると、ジェイドとフェルナンドはマーリンの元へ向かった。
「おいばあさん、殺す気か!?」
近づいてくるなりいきなりそんなことを言い放ったジェイド見て、ルーナがキョトンとしている。
そして、マーリンの方を見ると何かを納得し、悟ったような顔になった。
「なーに、やっと殻を破ったばかりの雛鳥に大人の世界を教えてやろうと思ってな。」
マーリンは悪戯っぽい笑みを浮かべて愉しそうだ。
「手厳しい洗礼です。ここまで辿り着くことすらできませんでしたからね。」
苦笑いを浮かべたフェルナンドの額からは汗が流れている。
「おばあちゃん何したの?」
この中で唯一何も知らないルーナは、たった今強敵と戦ってきたばかりのように疲弊した二人を見て、不思議そうに首を傾げている。
「ちょこっと威圧して揶揄ってやっただけさ。」
ちょこっとね⋯。
この日からジェイドとフェルナンドは、度々マーリンからの愛のこもった指導を受けるようになる。
◆◆◆◆◆
ジェイドとフェルナンドさんが大熊狩りに森の奥へ向かった後、ルーナはおばあちゃんと薬草採取を続けていた。
「おばあちゃん、二人とも死にそうな顔してたよ。」
「あいつらが弱すぎるだけさ、あんなんじゃ私が何もしなくてもすぐに死ぬね。」
なるほど、おばあちゃんも二人のことが気に入ってるから死なせたくないのかな。
「ふーん、おばあちゃんジェイドたちのこと鍛えてあげるの?」
「ああ、暇つぶしにあいつらを鍛えるのも面白いかもしれないねぇ。」
悪そうな笑みを浮かべ、何かを企んでいる様子だ。
何を企んでるのだろう?
そして、洗礼を受けたジェイドたちを見て、大変だねぇ、と傍観していたルーナにも火の粉が降り注ぐ。
「ルーナも体力がついて余裕が出てきたようだね。この辺りは弱い魔物が多くて丁度いい。この街にいる間に鍛えるよ。死にそうになったら助けてやるから頑張りな。」
え?私まだ5歳なんだけど?まだ早くない?
帰り道、おばあちゃんが威圧と気配を抑えると、魔物が寄ってくるようになった。勿論、危なそうな魔物はおばあちゃんが排除している。
襲ってきたのは魔栗鼠。可愛いリスの魔物だ。ルーナは採取用の小さなナイフで応戦する。中々動きが素早く、ルーナの攻撃が当たらない。だが、魔栗鼠の攻撃も、体当たりか尻尾の振り下ろしだけなので、ダメージが少なく決着がつかない。
当たらないなぁ⋯、何か動きを止める方法があれば⋯うーん。
「あ、そういえば一つだけあったね!」
ルーナは自分の右手に魔力を集めると、周りを思いっきりライトの魔術で光らせた。そして、魔栗鼠の動きが止まった隙をついて、ナイフで突き刺し倒した。
「やるじゃないか。魔術の大きさを調節できるとさらに良くなるね。」
「うん!次は調節してみる!けど、今日はもう疲れたよおばあちゃん⋯。」
魔栗鼠を追い回し、思いっきり魔術を使ったせいで、ルーナはこの一戦だけでクタクタだ。
「まあ今日はいいだろう。」
その後はおばあちゃんに威圧を放ってもらい、いつもの道を歩いて帰った。
◆◆◆◆◆
余裕のはずの大熊狩りが、マーリンの洗礼があったせいで死にかけることになった。
俺たちのこの状態を見たギルド職員が、やっぱり森に強い魔物でも出たのか、何があったんだ?と詰め寄ってきて大変だった。
ギルドへの報告を終えて、疲労困憊で夕食の時間に宿に帰ると、何故かおチビまでヘロヘロになっていた。一体何があった?
「あら、今日はみんな疲れてるわね、どうしたの?」
「「「⋯⋯⋯⋯⋯。」」」
「ふっ、ちょっと鍛えてやっただけさ。」
いつもならおチビもやられたのかと揶揄うところだが、そんな気力もない。
夕食を食べ終えるとどっと眠気が襲ってきて、三人はそれぞれ部屋へと戻って行った。
◆◆◆◆◆
勇者カインはイラついた気分のままに、部屋にあったイスを蹴り飛ばす。
ドンッ!バギッ!
「クソッ!オルランドはどこ行きやがった!!」
プロスペールに高く売れそうな子供がいると連絡を受けて四日経つ。あれから一向に転移して来る気配がない。高く売れそうなガキはどうした?
カインは、一度プロスペールの様子を見に行こうと、姿を隠すためのローブを羽織る。そして、転移の魔道具に魔力を流して起動させる。
⋯⋯⋯⋯⋯。
「なんだ?何が起きてる!!」
転移の魔導具が発動しない。
「どういうことだ?⋯⋯⋯⋯まさか、誰かアイテムバッグに入れてやがるな?誰だ?」
オルランドはアイテムバッグを持っていなかった。誰だか分からないがこれはまずい。すぐにカインは自分の方の転移の魔導具もアイテムバッグにしまった。
アイテムバッグには生物を入れられないため、転移の魔導具でも中に入れられてしまうと転移できない。
「クッソ、誰だよ?オルランドは捕まったのか?」
転移の魔導具は二つで一つだ。片方だけ持っていても使えない。転移の魔導具だけでも回収したいが、プロスペールのどこにある?アイテムバッグ持ちなんてそんなにいないはずだ。
「チッ、面倒くせぇ。行って探すしかねぇな。」




