17.誘拐犯の正体
3005年07月05日
今日は図書館に行った。今は勇者と魔王の本は写し終わり、『プロスペールの起こり』という本を書き写している。この辺りにあった小さな町や村の住民を、プロスペールの場所にあった大きめの町に集めて開拓し、今の大きな城塞都市にするまでの記録だ。
初めの頃は、中々進まない開拓の様子が書いてあるだけの記録だったが、数年では終わらず、途中で記録者が代わった。二人目の記録者は、たまに感想や愚痴なども記録に書いており、まるで日記のようだ。その当時の生活を覗いているような気分になれて面白い。
お昼過ぎになるとおばあちゃんが迎えに来て、帰りに水路沿いの屋台でホットドッグを買って食べた。
ゔっ⋯
「おばあちゃんこれ⋯。」
「ああ、いまいちだね。たまにはこういう日もあるさ。」
腸詰肉と独特な風味のソースの相性が最悪だった。食べると甘い香りが鼻から抜けるようなソースに、ツンとした薬のような香りの香草が入った腸詰肉。たぶん好きな人は好きなのだろうが、ルーナにはちょっと食べ慣れない味だ。
宿までの道中で、二人で果実水を買ってお口直しをした。
宿に帰るとやることもなかったので、おばあちゃんと夕食の下ごしらえを手伝った。今日のメインは餃子だ。ルーナは餃子の皮に具を詰める係をした。ルーナにもできるお手伝いがあって良かった。
具の種類は三種類で、チーズと香草が入った物が一番美味しそうだ。スタンダードな肉と野菜だけの物もある。もう一種類はちょっとルーナには辛そうだな⋯、スタンダードの具に、刻んだ青唐辛子が混ざっている。
その後は、お手伝いした餃子が出来上がるのを楽しみにしながら、お風呂でゆっくりと湯船に浸かった。
ふあぁ⋯⋯今日も平和だ。
街では誘拐事件が起こっているが、ルーナの周りでは特に何もなく平和だ。ルーナは自分が誘拐されそうになったことも知らずに、そんな風に考えていた。
お風呂から出ると、ジェイドとフェルナンドさんが帰ってきていたので、皆で夕食を食べた。やはりチーズと香草が入った餃子が一番美味しい。
スタンダードな餃子も美味しいけど、どうしてもご飯が欲しくなるよね⋯。
餃子を食べながら、ジェイドに帝都での話を聞く。一緒に聞き込みに行ったので気になっていたのだ。
「誘拐犯見つかったー?」
「全然見つかんねーよ。やべぇやつが関わってるのがわかっただけだ。」
「ふーん、まだ見つからないのかぁ。早く見つかるといいね。」
ジェイドたちは、帝都近くの森で死体の埋め場所を探していたようだ。幸い埋め場所はすぐに見つかったものの、周囲に犯人に繋がるようなものは何もなく、範囲を広げて森周辺の調査をすることになったそうだ。
しかし、一日中森を探し回っても何も見つからなかったようで、徒労に終わったと不機嫌そうにぼやいている。
誘拐犯がこの街で彷徨いているなんて怖いなぁと思いつつも、ルーナはどこか他人事のような気で聞いていた。
「ふっ、おチビも他人事じゃねぇぞ、おチビみたいなやつが一番狙われるからな。」
ジェイドは冷笑を浮かべ、わざと脅すような口調で言った。
「私みたいって?」
自分が狙われるなんて思っていなかったルーナは首を傾げる。
「攫われても憲兵が動かなそうなやつだ。」
たしかに、旅の途中でこの街に泊まっているだけの子供が攫われても動かないだろうな。憲兵より怖いおばあちゃんが動くと思うけど⋯。
「ジェイド、ルーナちゃんをあまり怖がらせては可哀想だよ。」
優しいフェルナンドさんが、少し困ったような笑顔でジェイドを窘めてくれた。
「わかった、気をつける。」
怖いことを言われたが、一応心配してくれているのだろうと思い、そう返事をしてひとつ頷く。
「ふっ、私の目を盗んでルーナを誘拐しようだなんてやつは生かしてはおかないよ。」
だよね。おばあちゃんが許すはずないよね⋯。
ルーナは何も知らずに自分のことを狙ってくる犯人の方が、よっぽど可哀想だなと思った。
皆と話をしていると、満腹なこともあり眠くなってきたので、おばあちゃんと部屋に戻り、いつも通り魔術の練習をして眠った。
◆◆◆◆◆
おチビたちが部屋に戻って暫くすると、マーリンが食堂に戻ってきた。おチビは寝る時間が早いのでいつもの事だ。
「ちょっとお前たちに話と見せたい物がある。部屋に来てくれないかい?」
見せたいものってなんだ?態々おチビが寝てから呼ぶってことは、おチビには見せたくない物なのだろう。
「なんだ?おチビには見せられない物か?」
「いいですが、何でしょう。」
ジェイドとフェルナンドは急にそんなことを言われて訝しげな面持ちだ。
「ああ。ルーナには見せたくない物だ。」
マーリンはそう言うと、先に二階の部屋へと戻って行ったので、俺たちも黙ってついて行くことにした。
部屋に入ると、おチビがベッドで眠っている。起きないから気にしなくて大丈夫だそうだ。まあ座れと言われたので、部屋にあった椅子に腰掛ける。
「で、なんなんだ?」
「まあ、待て。」
マーリンはそう言ってアイテムバッグから酒を取り出し、三人分グラスに注いだ。
そして、酒の入ったグラスをジェイドとフェルナンドの前に起き、自分も一口酒を飲むと話し始める。
「お前らが帝都に行ったその日の話なんだが、この宿に侵入してきたやつがいてな。」
「あ?」
「え?母からは⋯聞いてませんよ?そんなこと。」
想定外のことに、耳を疑う。おチビも女将もそんなことがあった素振りは全く見せなかった。フェルナンドも驚いているようで、表情が固まっている。
「女将とルーナにはまだ言っていないからね。女将に言うかどうかは勝手にしておくれ。」
言外に、おチビには言うなということだろう。俺も5歳の子供に言う必要はないと思う。
「ああ。」
「分かりました。⋯それで、何があったのですか?」
実家の宿で起こったことだ。フェルナンドは気が気でない様子で話の先を促す。
「ここから先は話すより見せた方が早い。私が見たものを見せてやるよ。記憶幻影。」
「なっ!」
「!!」
マーリンがそう言って魔術を発動させると、急に周りの景色が変わった。俺たちは反射的に椅子から腰を浮かす。
「安心しろ、ただの幻術さ。これは三日前の晩、侵入者が部屋に入ってきた時に見た記憶だよ。」
いやいやおかしい!俺が今まで見たことのある幻術は、せいぜいちょっとよく見れば幻術だと気づく。こんな精度の高いものではなかったはずだ。幻術だと聞かされても、まるで俺たちが三日前のこの部屋に転移してきたような感覚だ。見た目や音、空気感まで全て先程までとは違う部屋だ。どうやったらこの幻術から抜け出せるのか見当もつかない。前から思っていたが、このばばあはいったい何者なんだ?
俺は再度椅子に腰掛けると、動揺と恐怖を紛らわせるために、自分の前に置かれたグラスを手に取り酒を呷った。精一杯いつも通りの振りをする。
「⋯すごい精度ですね。ここまでのものは初めてで⋯驚いてしましました。」
そう言ったフェルナンドの声は少し震えていた。こいつでもどうにもできないのだろう。
「いいかい?続けるよ。」
普段と変わらぬ調子でマーリンがそう言った後、部屋の扉がゆっくりと開いた。扉からは黒い靄のような人影が現れた。この時点ではマーリンが視認していないのだろう、魔力で見ている記憶だと思われる。俺たちはそこにいない第三者の目線で部屋の中の様子を見ている。
人影がベッドの上の二人に近づくと、睡眠の魔術をかけた。だがマーリンには全く効かなかったのか、幻術で見ている光景が歪むことはない。
まじでなんなんだこのばばあ!?
そして人影が布団をめくり、ルーナに手を伸ばした瞬間、殺気が飛んで人影の姿が顕になった。
「こいつ!」
「まさかっ!」
現れたのは黒いローブを着た少し小柄な男で、被ったフードの隙間から、橙色の髪がのぞいている。俺たちもよく知っている男だ。
「オルランドじゃねぇか⋯」
「オルランドさんが何故⋯?」
『うちの孫に何する気だい?』
目の前の光景は進んでゆく。オルランドはかなり動揺した様子で、悪意を持って部屋に侵入し、ルーナに手を出そうとしたのも明白だ。
『な、なんで起きてるんですか!?』
俺もそう思う。俺は心の中でオルランドに頷き同感する。
『お前が知る必要はないね。』
いつの間にかオルランドが死んでいたが、もうこれくらいじゃ驚かない。
「まあ、こういうことがあった。」
マーリンがそう言うと、周りの景色がすっと元の部屋の様子に戻る。俺はやっと解放された気分で肩の力を抜く。
「はぁ、なるほど⋯。」
「まさかオルランドさんがこんなことをするとは思いませんでした⋯。たぶん彼が誘拐犯なのですよね?」
「ああ、そうだと思うよ。誘拐以外でルーナを狙う理由がないからね。」
まさかこんな身近に誘拐犯がいたとも、自分の泊まる宿に侵入されておチビが狙われるとも考えていなかった。おチビはすやすやと気持ちよさそうに眠っている。いい気なものだ、後でちょっと揶揄ってやろう。
「それで、死体はどうした?」
「マジックバッグに入ってるよ、ほれ。」
そう言うとマーリンは、マジックバッグから取り出した死体を部屋の床に転がした。
「眉間に一発か⋯。転移の魔導具らしきもんは持ってねぇな⋯。」
俺たちは簡単に死体と持ち物を調べた。特に変わった物は持っていない。
「本当にオルランドさんだね⋯。この死体、俺が預かっても良いですか?」
「ああ、構わないよ。初めからそのつもりだ。」
「ありがとうございます。」
フェルナンドはお礼を言うと、自分のマジックバッグに死体をしまった。フェルナンドも容量は小さいが、マジックバッグを持っている。死体を手に持って運ばなくていいのはありがたい。
「どっと疲れたな。」
「そうだね。続きは明日にしてもう寝よう。とりあえず明日ギルドに報告して、死体を持って行こうか。」
俺たちはマーリンにお礼を言うと、自分たちの部屋に戻った。
本当に疲れた。俺はそこそこ強くなったと自負していたが、まだまだ上がいると身をもって思い知らされた。
今日はゆっくり風呂にでも浸かってから寝よう⋯。




