13.宿の主人
3005年06月30日
もう少しでルーナたちがティモロ町を出てから二ヶ月が経つ。ここ最近は、森と図書館以外にも、ティアとノエルと遊んだり、ジェイドたちと南門の近くの市場に出掛けたりもするようになった。
ルーナにずっと付きっきりだったおばあちゃんも、ジェイドかフェルナンドさんと一緒にいるか、ティアかノエルの家なら、任せて宿で薬師の仕事をしているようになった。
因みにおばあちゃんは、今はもうCランクで、前までは貯蓄していた分で暮らしていたお金も、薬師としての仕事だけで贅沢をしなければ暮らせるような稼ぎになっている。Bランクまでは上げておこうかね、と言っていた。お金はいくらあっても困らないからね。
そして今日はノエルの家にいる。ノエルの家は、中央広場から二分くらいの場所にある洋服店だ。一階部分が店舗で、二階が仕立てや作業をするフロアになっている。三階部分がノエルたちの生活スペースだ。ルーナたちが泊まっている宿からも近い。
今は一階でルーナの夏用の新しい服を、ティアとノエルに見繕ってもらっている。ちゃんとお金はおばあちゃんから預かってきたよ。
「ルーナはやっぱり青系の服が良く似合うよ。」
「白もいいんじゃない?髪がきれいに見えるわ!」
さっきからルーナは二人に任せきりだ。ティアとノエルは次々と服を持ってくるのだ。いったい何着試着させるつもりだろう?とりあえずこれもいいんじゃない?でカウンターに置かれた服の山がもう既に三つある。
三つくらいすぐだと思うかもしれないが、この中で上下の組み合わせを変えながら試着して、いつの間にか候補をまた新しく持ってくるのだ。ルーナは今途方に暮れている。
結局四時間かけて厳選した十二着を買った。森まで歩くのとはまた違った疲労感がある。
少し遅いお昼ご飯をノエルの家でいただいて、今はお茶を飲みながら休憩中だ。
「さすがに疲れたわね。」
「うん、もう動きたくない⋯。」
「ちょっと夢中になりすぎたね⋯。」
ティアとノエルもさすがに疲れたようで、上半身がテーブルの上でぐでーっと伸びている。ルーナも同じ体勢だ。
「ねえ、ノエルって来年から学校に通うの?9歳から入れるんだよね?」
ふと思い出したので聞いてみた。
「うん、そのつもりだよ。将来お店を継ぐのに文字や計算も覚えないといけないからね。店で働くまでの三年間通うんだ。父さんが人脈作りのためにも行けってさ。」
ノエルはお店を継ぐんだね。私の服を選ぶのもすごく楽しそうだったし天職なんだろうな。
「そっかー、学校いいなぁ。図書館に行く時によく学校の生徒を見かけるけど、ノエルも来年からあの中に入るんだね!」
「うん、そうだね。図書館で会えるかもしれないね。」
「うん!」
図書館で会えるのも楽しみだな。休憩スペースでしか喋れないけど、学術地区なら外のベンチでもいいしね。
「ティアも9歳になったら行くの?」
「私も行くわ。騎士クラスに入るつもりよ。卒業したら冒険者になるの!ルーナは何になるの?」
うわー似合う!
「ティアは将来かっこいい女冒険者かぁ、私はおばあちゃんみたいな魔術師になる予定だよ!今も毎日練習中なんだ!」
「もう練習してるの?早いね。」
「ならルーナも一緒に冒険者にならない?私と組むの!」
ああ、普通に成長できるなら一緒に組めるのにな⋯。ちょっと寂しいな。
「んー、今も旅の途中だし、それまでこの街にはいられないと思う⋯。」
「じゃあ、会えたときに一緒に組めばいいわ!」
「⋯うん!」
ルーナは心の内を悟られないよう笑顔を作って返事をした。ティアとノエルと会えなくなる日が来るのは嫌だなぁ⋯。
それからお喋りを続けていると、夕方になる前におばあちゃんが迎えに来た。おばあちゃんは納品と新しい依頼の受注のために、薬師ギルドに行っていたらしい。
「なんだい、やけに疲れてるね。」
「ちょっとね⋯。服決めるのに四時間かかったからかな。」
体の疲れもあるが、ルーナが仲良くなった人達と会えなくなる日が来ると思うと陰鬱な気持ちになった。
「そりゃ随分とかかったね。」
「ティアとノエルが沢山選んでくれたからね⋯。可愛いのが買えたよ。」
「そうかい。なら良かったよ。」
今はおばあちゃんが一緒にいてくれることだけが、ルーナに心強さを感じさせてくれる。おばあちゃんがいれば大丈夫だ。
宿に帰ると珍しくファビエラさんが食堂にいた。宿で暮らしていてわかってきたことなのだが、だいたい午前中に寝て夕食前に起きているようだ。学術地区にはたまにしか行っておらず、定期的に研究結果を提出する時だけ、こうやって昼間に活動しているみたいだ。まだなんの研究をしているのかは不明だ。
「ヒェェ!」
ファビエラさんには相変わらず姿を見る度に悲鳴をあげて逃げられる。最近はその反応にも慣れてきた。
「こんにちは、ファビエラさん。」
一方的に挨拶だけして二階の自分たちの部屋に行く。今日はジェイドとフェルナンドさんは依頼で出かけて、まだ帰ってきていないようだ。
部屋に戻ると、おばあちゃんと今日買った服をクローゼットに片付けて、服の選別をする。新しく服を入れた分、着古した物をクローゼットから出してゆく。
新しい服と並べると結構ボロボロな物もあるなぁ。森に行って木の枝に引っ掛けたり、転んだりしたからな⋯。
こういった物は、ルーナのお裁縫の練習台になる。前世では普段、ボタンを付け直すくらいしか裁縫なんてしなかったから、腕前は⋯お察しの通りだ。頑張って将来的には人前で着れる服を作れるくらいになりたい。
ゆっくり湯船に浸かって疲れを癒し、夕食のために食堂に行くと、ジェイドとフェルナンドさんが帰ってきた。40代くらいの知らない男性が二人一緒だ。宿の新しいお客さんかな?
「あらおかえり。今日はこっちに泊まるの?」
ルーナが声をかける前に、女将さんが出迎えた。どうやら新しいお客さんではないようだ。
「そうするよ、こいつにも部屋を用意してくれ。」
細身のくすんだ金色の髪の男性が、もう一人の薄紫色のボサボサ髪の男性を指して言う。
「じゃあ奥から二番目の部屋ね。お夕飯も食べるわよね?」
「ああ、二人分追加してもらっても大丈夫?」
「それくらいなら大丈夫よ。荷物を置いてきてちょうだい。」
女将さんが優しい笑顔でそう言う。二人は親しそうだ。
「ありがとう。ところであちらの方たちは新しいお客さん?」
男性も気になっていたようで、ルーナたちのことを聞いている。
「ええ、うちに二ヶ月くらい前から泊まってくれてるマーリンさんとルーナちゃんよ。ちゃんと挨拶してね。マーリンさん、ルーナちゃん、この人はうちの旦那です。もう一人は旦那の友人のレオナルドさんよ。」
旦那さんだったのか!そう言われれば⋯爽やかな印象の細い目がフェルナンドさんとそっくりだ!
「初めまして、一応この宿の主人のアイザックだ。妻に任せきりであまり帰っては来ないがよろしく。こっちのレオナルドは俺の友人だ。変人だが気にしないでくれ。」
「天才研究者のレオナルドだ。俺は研究と酒にしか興味が無い。ああ、こいつの嫁の料理には興味があるな。」
うーむ、涼しげなイケオジだがアイザックさんからは癒し効果は出ていないようだ。あれは女将さんからの遺伝だね。レオナルドさんは⋯たしかに変わってるな。身なりにも興味が無いようで、髪もボサボサだし髭も伸びている。
「二ヶ月前から世話になってるマーリンだ。よろしく頼むよ。こっちは孫のルーナだ。」
「ルーナです。よろしくお願いします。」
そう挨拶をしたが、すでにレオナルドさんはルーナたちの方を見ていない。本当に興味が無いらしい。
「広場でばったり会ってね、たまには家でご飯でも食べたら?って誘ったんだ。父さんも研究ばかりでなかなか帰って来ないからね。」
フェルナンドさんは少し困り顔だ。
「フェルナンドさんのお父さんも研究者なんだね。」
「うん。いつもは学術地区の研究室で寝泊まりしてるみたいで、たまには帰ってきてって言ってるんだけどね。俺たちは荷物を片付けてから食べるから、ルーナちゃんたちは先に食べてていいよ。」
そう言われたのでルーナとおばあちゃんは先に夕食を食べ始めることにした。




