12.シンガーフロッグ
3005年05月15日
ルーナたちは森へ来ていた。今日はフェルナンドさんも一緒で、お弁当も持って来た。ルーナの右手には虫取り網が握られている。これはおばあちゃんが作った特別製の虫取り網で、かなり頑丈にできている。頑丈だが、高級素材を惜しげもなく使っていて軽いので、ルーナでも扱える。腰には小さなナイフまで装備してきている。今日はルーナも戦うのだ。
今日のターゲットは『シンガーフロッグ』という魔獣だ。おばあちゃんがいたら出てこないんじゃないの?と思ったが、いつもは少しだけ威圧をしながら歩いていたらしく、今は逆に気配を消すようにしているそうだ。
シンガーフロッグは、大人の手のひら程の大きさで、湿気の多い場所に好んで生息するカエル型の魔物だ。毒を持った魔物で、それ以外の攻撃力はほとんどない。だが、体がぬめぬめしていて物理的に攻撃しても滑りやすく、魔力抵抗が高いので魔術も通りにくい。
そして、鳴き声にそれぞれ個性があって面白い。高い声で美しく鳴く個体もいれば、バリトンボイスの個体もいる。美しく鳴く個体は好事家に高く売れるそうだ。
「よし、この辺にしよう。良さげなのを捕まえたら籠の中に入れておくれ。」
足元が泥濘んだ場所まで来ると、おばあちゃんがそう言って立ち止まった。すでに何匹か周りにいるのが声で分かる。おばあちゃんはアイテムバッグから折りたたみの籠を取り出した。
「ふふ、できるだけ可愛い声のを探しましょうね。」
「ふふ、頑張る!」
ルーナは虫取り網を構えて一匹のシンガーフロッグに狙いを定める。石の上でぼーっとしている個体だ。虫取り網を素早く振り下ろすと簡単に捕まった。
「げごおおおお!」
これは違う、可愛くない。可愛くない声の個体は討伐する。安全に討伐経験を積ませるのに丁度いいと、おばあちゃんにナイフを持たされたのだ。因みに、毒も何度もくらえば耐性がつくようで、どうせすぐに死ぬような毒じゃないから大丈夫だ、今のうちに慣れておいた方がいい、と言われた。うちのおばあちゃんは結構スパルタだと思う。フェルナンドさんもこれには苦笑いしていた。
網の隙間からナイフで刺してみたが、ぬるっとして刃が滑る。シンガーフロッグが毒を吐いた瞬間に、口の中に突き刺して一匹倒した。少し毒がかかったが、本当に直ぐに死ぬような毒ではないようだ。というか⋯私毒で殺されかけたから、多少の耐性はあるのかも?
そんな感じで捕まえたり倒したりしてると、いつの間にかお昼になっていた。集中していたせいか、いつもより時間が経つのが早い。
ルーナはお昼までに、二回ほど毒消しポーションをもらって飲んでいた。弱い毒だが、時間が経てば回るようで、途中で気分が悪くなったのだ。
少し乾いたところまで移動して、女将さんに作ってもらったお弁当を食べることにした。サンドイッチに唐揚げ、オムレツと茹でたブロッコリーみたいな野菜など、彩り良く入っていて美味しそうだ。
そして食事中でも器用に、おばあちゃんとフェルナンドさんは襲ってくる魔物を魔術で瞬殺している。ルーナたちの周囲半径5mだけならば平和な世界なんだけどな⋯。その外で、戦い?いや、惨殺が繰り広げられている。一方的だ。フェルナンドさんは風魔術でスパッと、おばあちゃんは土魔術で眉間を一発。あ、シンガーフロッグはご丁寧に捕獲してる⋯。魔術師ってみんなこうなの?ルーナは外の光景から目を逸らして、オムレツを口に運んだ。
食べ終わった後はシンガーフロッグのオーディションを開催する。籠に入った可愛い鳴き声のシンガーフロッグの中から、さらに選ばれし一匹を選ぶのだ。第一次審査で、それぞれ聞き比べて厳選した三匹まで絞れた。
一匹は高い声の小鳥のような鳴き声、一匹は小さな子供の声のような鳴き声、最後の一匹は子猫のような鳴き声だ。どれも捨て難い。
「どれにする?」
「せーので一匹指さしてみましょう。」
「わかった。」
「行きますよ、せーのっ!」
オーディションに勝ち残ったのは子猫のような鳴き声のシンガーフロッグだ。おめでとう!今回は声帯を素材として使う予定なので、声帯をきれいに切り取って持ち帰る。籠に入っていた残りのシンガーフロッグは面倒なので全部逃がした。
これから宿に帰り、早速この素材を使って調合の予定だ。
宿に帰ると、フェルナンドさんをルーナたちの部屋によんで調合を始めた。とは言ってもルーナは今回見ているだけしかできない。二人はとーっても楽しそうだが、ルーナは見ていても何がどうなっているのか分からず、途中で飽きてきたのでベッドでごろごろし始めた。
「今日実は、お昼前に見つけたシンガーフロッグの声が、うちの母そっくりでして⋯、俺、殺せませんでしたよ。見た目はシンガーフロッグなんですけど、どうしても攻撃できませんね。」
「ははっ、私もそのシンガーフロッグに会ったが、見逃したよ。あれは倒しづらいね。憎たらしいやつの声なら躊躇わないんだがね。」
そんな話を聞いていたら眠っていて、調合を終えたおばあちゃんに起こされたときには、もうお風呂の時間になっていた。
いつも通り、お風呂に入った後は夕食だ。今日もファビエラさん以外の全員が揃っている。今日のメニューは、昨日のステーキの余りを使ったビーフシチューと、パン、サラダ、ポテトだ。大人たちにはおばあちゃんが買ってきたワインもある。ビーフシチューのお肉は煮込まれてホロホロだ。濃厚なソースと一緒に口に運ぶと、噛まなくても崩れて幸せな味が広がる。
「今日も美味しいね。」
「ああ、ここの食事は何を食べても美味しいからね。」
「ワインもうめぇ⋯な?」
プッ!
クスッ!
ジェイドがそう言った瞬間、皆が吹き出して笑いに肩を震わせる。
「あ?⋯なんだ?この声?⋯⋯お前らなんかしたのか?」
子猫のような可愛らしい声のジェイドに、皆笑いが堪えられず、涙目になっている。
実は今朝、休みの日の朝が遅いジェイドが起きてくる前に、ある作戦会議が行われていた。初めは、ジェイドたちが帝都に出発する前、ルーナを揶揄って拗ねさせたジェイドに、ルーナとフェルナンドさんでいつもの仕返しをしよう、という作戦だった。
ルーナとフェルナンドさんで作戦を考えていると、おばあちゃんがそれに乗ってきた。さらにそこに女将さんまでが、「あら、楽しそうね。私も手伝うわ。」と言って、薬を入れたワインのグラスをジェイドに配る役を買って出てくれた。
ジェイドのグラスに入れた薬は、可愛い声になる薬。森で手に入れてきた、子猫のような鳴き声のシンガーフロッグの声帯を素材に使って作った薬だ。
「おいっ!なんなんだこれは?」
ぶはっ!喋らないでぇぇぇぇ
「落ち着きなよ、子猫ちゃん。クスッ」
「フェルナンド!てめぇ!おいばあさんもグルなのか!?」
子猫ちゃんの声で威嚇するジェイド。
「ふっ、全員グルだよ、子猫ちゃん。」
「全員って⋯、女将もか!?」
「ふふふ、配ったのは私よ?子猫ちゃん。」
ジェイドがあたふたしていて余計に面白い。
「語尾ににゃーってつけてみて!子猫ちゃん。」
「てめぇはネズミの仲間だろ!生意気だハムタリアン!」
ぷぷっ、どうやらジェイドは猫としての自覚が出てきたみたいだね。
その日、ジェイドの声が元に戻ることはなかった。




