第5話 「音楽イベント」
白い船体。
外周デッキ。
青い海。
潮風。
朝の光が眩しい。
スポーツウェア姿の二人が
走っている。
駿は時計回り。
蓮は反対回り。
それぞれのペース。
それぞれのリズム。
潮風を受けて、
駿の髪が軽く揺れる。
蓮の髪も風になびく。
一周ごとに、
二人の距離が近づいていく。
そして。
互いの姿を見つけた瞬間。
ほんの僅かに、
二人の口角が上がった。
言葉はない。
ただ、視線が重なる。
そして――
パンッ。
ハイタッチ。
手のひらが触れた瞬間、
二人は何事もなかったように
そのまま走り抜けていく。
駿は前を向く。
蓮も前を向く。
けれど。
すれ違ったあと、
駿の口元には小さな笑みが残っていた。
蓮も同じように、
ほんの少しだけ笑っている。
また、それぞれのリズムへ戻る。
一周。
また一周。
何度でも交差する。
そして、その一瞬だけ。
パンッ。
また、それぞれ走り出す。
———
シャワーを浴び
朝食を済ませたあと
二人は船室を出る。
今日は音楽イベントの日。
ピアノ
ヴィオラ
チェロ
トランペット
フルート
ヴァイオリン
感性や表現力を楽しむイベント。
二人もこのイベントに参加する。
会場へ近付くにつれ
様々な楽器の音が聞こえてくる。
ピアノ。
フルート。
トランペット。
弦楽器のチューニング。
扉を開く。
広い会場。
既に多くの演奏家たちが集まっていた。
楽器を抱えた参加者たち。
談笑する者。
音を確かめる者。
それぞれが思い思いの時間を過ごしている。
その中へ
駿と蓮が入っていく。
何人かの演奏家が顔を上げた。
「あれ……」
「先日の……」
「今朝走ってた……」
小さなざわめき。
何人かの演奏家たち
(ヴァイオリニストだったのか⁈)
だが二人は気付かない。
駿は自分のケースを開く。
静かに楽器を取り出す。
蓮も隣でケースを開いた。
その瞬間。
控室の空気が少しだけ変わる。
ヴァイオリンを手にした途端、
別人に見えた。
演奏家たちの視線が集まる。
だが当の本人たちは
肩にヴァイオリンを乗せる。
駿と蓮
チラッと一瞬お互いを見る。
“A”
音が響く。
どちらかが微かにペグを回す。
もう一度。
“A”
今度は二つの音が重なる。
数秒。
それで終わり。
肩からヴァイオリンを下ろす。
二人、テーブルの上の
ミネラルウォーターを飲む。
控室にいた演奏家たちは思わず顔を見合わせた
(今ので終わり?)
(会話なし?)
(確認だけ?)
その時
司会者が入って来た。
「本日はご参加ありがとうございます!」
「間もなくですので、もう少しお待ちください」
———
しばらくして
ステージ上に司会者が現れる。
「本日は音楽を通じて
感性と表現を楽しむ交流イベントです」
「乗客の皆様も一緒に楽しみましょう」
「では、演奏家の皆さまどうぞ」
ステージ上に
演奏家たちが並ぶ。
豪華な顔ぶれ。
歓声が上がる。
乗客たちが拍手する。
演奏家たちが着席すると
司会者が会場を見渡した。
「皆さま、準備はよろしいでしょうか?」
客席から拍手が上がる。
「本日は技術を競うのではなく
感性や表現力を楽しむイベント」
「演奏家の皆さまには、
自由な発想で表現していただきます」
「どんな音が生まれるのか、
ぜひお楽しみください」
「最初のテーマは――夏の海」
演奏開始。
フルートが波を描く。
ピアノが光を散らす。
トランペットが風を吹かせる。
チェロが深い潮の流れを作る。
駿のヴァイオリンが青い空を広げる。
ヴィオラが白い雲を起こす。
蓮のヴァイオリンが水しぶきをあげる。
他の参加者たちが
それぞれの海を演奏する。
二人とも楽しそうに演奏している。
短い即興演奏が終わる。
客席から拍手が上がる。
そして
司会者
「夏の海が目に浮かぶような素敵な演奏でしたね」
「プロの方の演奏は素晴らしいですね」
「では、次は少し難しくして見ましょうか」
客席、喜ぶように拍手が湧く。
「次のテーマは――旅です」
演奏開始。
静かなピアノが鳴る。
まるで朝。
旅立ちの準備をしているような音。
フルートが続く。
期待と不安を乗せた風が吹く。
トランペットが遠くを指し示す。
まだ見ぬ景色へ誘うように。
チェロが大地を支える。
一歩一歩進む足取りのようだった。
ヴィオラがその上を流れていく。
出会い。
別れ。
旅の途中に生まれる物語のように。
駿のヴァイオリンが高く伸びる。
空の向こうへ。
まだ見たことのない世界へ。
蓮のヴァイオリンが応える。
その音は自由だった。
風に乗り。
海を越え。
どこまでも進んでいく。
二つの音が重なる。
追いかけるように。
寄り添うように。
そして。
短い旅は終わる。
静寂。
次の瞬間。
会場から大きな拍手が湧き上がった。
司会者も拍手している。
「本当に素晴らしい演奏でした」
「では次は少し趣向を変えてみましょう」
演奏家たちが顔を上げる。
司会者
「次は景色ではなく感情です」
客席
少しざわつく。
演奏家たち
顔を見合わせる
駿と蓮
無表情。
司会者
「感情を音で表現してください」
「では最初の感情は――憧れです」
客席から拍手。
演奏開始。
フルートが遠くへ伸びる。
ピアノが躊躇いを散らす。
チェロが静かに支える。
トランペットが切なさを運ぶ。
まだ届かない。
でも目を離せない。
そんな音。
駿のヴァイオリンが高く空へ手を伸ばすように響く。
蓮のヴァイオリンがそれを追いかける。
余韻が残る。
静寂。
そして拍手。
司会者
「では次の感情です」
少し間を置く。
「怒りです」
客席から、どよめきが上がる。
演奏家たち小さな声で
「怒り?」
駿と蓮
一瞬だけ視線がぶつかる。
そしてふっと笑う。
演奏が始まる。
トランペットが鋭く鳴る。
チェロがうねる。
ピアノが叩きつけるように響く。
駿のヴァイオリンが火花を散らす。
蓮のヴァイオリンが応戦する。
客席から歓声が上がる。
そして
司会者
「それでは最後の感情です」
客席が静かになる。
「安心です」
空気が一気に変わる。
演奏開始。
穏やかなピアノ。
優しいフルート。
チェロの温かな響き。
張り詰めていた空気がほどけていく。
駿のヴァイオリンが静かに寄り添う。
蓮のヴァイオリンがそれを包む。
まるで長い旅の終わり。
ようやく帰る場所を見つけたような音。
そして
周囲の演奏家たちが気付く。
「あれ?」
「今…」
二人の音が、先ほどまでとは違っていた。
本気の片鱗が見えた。
大きな拍手が響く。
司会者
「ありがとうございました!」
客席から惜しみない拍手が送られる。
演奏家たちが立ち上がる。
駿と蓮もヴァイオリンを手に
ステージを後にした。
しばらくして。
会場のレイアウトが変わる。
ステージ中央。
高めのスツールが並べられる。
マイクスタンド。
柔らかな照明。
客席も少し近い距離に移動している。
トークイベント
司会者がステージへ現れる。
「皆さま、お待たせいたしました」
「ここからは演奏家の皆さまにお話を伺っていきたいと思います」
客席
拍手が起こる。
そして。
先ほどの演奏家たちが
再びステージへ現れる。
ピアニスト。
チェリスト。
フルート奏者。
トランペット奏者。
ヴィオラ奏者。
そして。
駿と蓮。
客席から拍手が広がる。
司会者
「ではまず皆さまに――」
「皆さまはこの数日間、様々な寄港地を巡られました」
「もしその景色を音で表現するとしたら、どんな音になりますか?」
客席
おおおおおー!
青い海と空、白い家の港町。
フルート奏者
「高い音ですね」
司会者
「高い音ですか」
フルート奏者
「突き抜ける感じの」
ピアニスト
「私は光かな」
客席も頷きながら聞いている。
そして。
司会者
「では小さな島々での漁村を音で表現するなら?」
フルート奏者
「風かな」
ピアニスト
「安らぎ」
チェリスト
「静寂」
蓮、少し考えて
「静かな音だな」
司会者
「静かな音?」
蓮
「あぁ」
「派手じゃない」
「でもずっと聴いていられる」
駿
チラッと蓮を見る。
ふっと笑いながら言う。
「分かる」
司会者
「なるほどー」
「さすがは、演奏家の皆さん
音への表現力が違いますね」
「では、客席から演奏家の皆さんへの質問ありますか」
客席から手が上がる。
「もし今の旅を一曲にするとしたら題名は?」
「白夜」
「風の航路」
「まだ見ぬ港」
司会者
「聴いてみたい題名が並びますね」
もうひとつ
客席からの質問。
「船の中で一番好きな場所は?」
トランペット奏者
「ラウンジです」
ヴィオラ奏者
「デッキですね」
ピアニスト
「ショッピングエリアです」
フルート奏者
「あっ!私も好きです」
ピアニストとフルート奏者が
顔を見合わせて笑う。
客席も笑う。
司会者
「駿さんは一番好きな場所ありますか」
駿
「え?なに?」
司会者
「聞いてなかったんですか⁈」
駿、少し笑いながら
「聞いてなかったです」
客席
爆笑。
他の演奏家も笑う。
司会者も笑う。
蓮、吹き出す。
司会者は少し笑いながら聞く。
「では駿さん。改めて聞きます。駿さんは船の中で一番好きな場所は?」
駿
「……」
少し考える。
「デッキ」
蓮
「ざっくりだな」
駿
「海が見えるから」
司会者
「なるほど」
「では蓮さんは?」
「船内で一番好きな場所はありますか?」
さっきの駿の流れで、
会場はすっかり和やかになっている。
蓮
少し考える。
「インフィニティ・ウォーク」
客席
おおおおおーーー!
司会者
「理由を伺っても?」
蓮
「風が気持ちいいからな」
「それに走れる」
司会者
「なるほど」
その時。
駿が笑いながら
「ハイタッチするためだろ」
客席から何故か歓声が飛ぶ。
蓮
「違う」
司会者
「駿さんとハイタッチされるんですか?」
蓮
少し間を置く。
「たまたまだ」
駿
「何回もやっただろ」
蓮
「走ってたら向こうから来るんだ」
客席
爆笑。
司会者
「仲が良いんですね」
駿と蓮、同時に。
「違う」
会場が笑いに包まれる。
司会者が
少し空気を切り替える。
司会者
「ありがとうございました」
「本当に楽しいお話を聞かせていただきました」
客席から拍手。
司会者が微笑む。
「そして皆さま」
「本日の夜十九時から、この船のメインシアターにてコンサートが開催されます」
客席から拍手。
「本日ご参加いただいた演奏家の皆さまも出演されます」
「もちろん――」
司会者が
駿と蓮の方を見る。
「お二人の演奏も予定されています」
客席から大きな拍手が起こる。
司会者
「私も楽しみにしております」
客席から再び拍手が起こる。
駿
「ありがとうございます」
蓮
軽く頷く。
駿と蓮
そして演奏家たちがステージを下りる。
客席ではまだ拍手が続いている。
その中。
「…なぁ…あの二人って…」
「バスケ、一緒にした二人だよな?」
「本人にコンサート行ったか聞いちゃったよ」
———
そしてラウンジ。
大きな窓の向こうには海が広がっていた。
白夜の光はまだ残っている。
船は静かに進み、
水面には長く伸びた航跡が見えていた。
ラウンジには、
ゆったりとした音楽が流れている。
コーヒーの香り。
カップの触れ合う音。
行き交う乗客たちの話し声。
先ほどのイベントとは違う、
穏やかな時間が流れていた。
二人は窓際の席に座っている。
しばらく何も話さず、
それぞれコーヒーを飲んでいた。
その時。
通り過ぎた乗客が、
ちらりと二人を見る。
少し離れた席からも、
小さな声が聞こえてくる。
「さっきの二人……」
駿はカップを置く。
「見られてんな」
蓮はコーヒーを一口飲んでから、
窓の外へ目を向ける。
「そうみたいだな」
駿も一口飲む。
「面倒だな」
蓮
「今さらだろ」
駿は少し考えて、
ふっと笑った。
「まぁ、それもそうだな」
再び二人の間に静かな時間が戻る。
窓の外では、
夕日に染まった海がゆっくりと流れていた。
しばらくして。
駿
「そろそろ戻るか」
蓮
「あぁ」
二人はカップを置き、
ラウンジを後にした。
船室へ戻る途中。
「今夜のコンサート楽しみにしています」
乗客の声。
駿
「ありがとうございます」
蓮も軽く頭を下げる。
そしてそれぞれの船室へ入った。
⸻
静かな船室。
駿はジャケットを脱ぐ。
ベッドの上には
今夜のステージ衣装。
ブラックシャツ。
ブラックスーツ。
駿は窓の外を見た。
夕日に染まる海。
小さく息を吐く。
そしてシャツに袖を通した。
———
蓮も静かな船室にいた。
ブラックスーツを着る。
鏡の前で一度だけ襟元を確認する。
ヴァイオリンケースを手に取る。
準備は終わっていた。
⸻
やがて。
船内放送が流れる。
「まもなくメインシアターにてコンサートを開演いたします」
客席に向かう乗客たち。
楽器を手に歩き出す演奏家たち。
そして。
駿と蓮も船室を出た。
人の流れがメインシアターに向かう。
時々、期待に満ちた眼差しが送られる。
駿と蓮は足早に通り過ぎる。
そして
メインシアターの控室へ入って行く。
控室。
周囲には静かな緊張感が漂っていた。
誰もが本番を前に
楽器と向き合っている。
その中。
駿は椅子に腰掛ける。
蓮も隣に座る。
言葉はない。
駿
ヴァイオリンを肩に乗せる。
“A”
音が鳴る。
蓮も応える。
“A”
ほんのわずかな調整。
それだけ。
周囲の演奏家たちが顔を上げる。
昼間と同じ。
たった数音。
それだけなのに、
空気が変わる。
駿
「大丈夫そうだな」
蓮
「あぁ」
周りの演奏家たち
(本当に本番前?)
(何か違う)
コンサートが始まる。
———
客席。
照明が落ちる。
ざわめきが静まる。
ステージだけが光に包まれる。
司会者が現れる。
「皆さま、お待たせいたしました」
そして。
「本日のコンサートをお楽しみください」
拍手。
演奏家たちがステージへ向かう。
その中に、
駿と蓮の姿がある。
やがて、
照明が灯る。
静寂。
そして。
ピアノが鳴る。
柔らかな音が
会場を包み込む。
フルートが重なる。
チェロが支える。
ヴィオラが優しく寄り添う。
トランペットが風を運ぶ。
ヴァイオリンが歌い始める。
音が重なっていく。
昼間、
同じステージで笑っていた演奏家たち。
即興で海を描き、
旅を描き、
感情を描いた仲間たち。
その音が、
自然とひとつになっていく。
誰かが前へ出れば、
誰かが支える。
誰かが歌えば、
誰かが寄り添う。
音楽が会話をしているようだった。
客席にも、
自然と笑みが広がる。
心地よい。
楽しい。
その空気が、
音になって流れていく。
そして、数曲。
最後の音が消える。
いつまでも残る余韻。
静寂。
やがて――
大きな拍手が広がった。
演奏家たちがステージを下りる。
――十五分の休憩。
演奏家たちは控室を出て、
客席へ向かった。
客席の後方。
それぞれが静かに席につく。
「楽しみですね」
「えぇ」
「昼間とは全然違うんでしょうね」
昼間のイベント。
トークイベント。
一緒に笑った演奏家たち。
でも。
昼間、
ほんの少しだけ見えた。
“本気の片鱗”。
あれが、今から始まる。
客席の照明が落ちる。
場内アナウンスが流れる。
司会者。
「続いて――」
「本日のスペシャルステージです」
観客の拍手。
駿がステージに姿を現す。
拍手が続く中
少し遅れて蓮がステージに姿を現す。
そして
一歩、駿を通り過ぎて背中合わせになる二人。
一切、目を合わせない。
客席
(えっ?)
客席から見ている
演奏家たちも驚きを隠せない。
静寂。
蓮が構える。
駿が弓を置く。
そして。
最初の一音。
同時に鳴る。
だが、揃わない。
蓮、そこへ一気に踏み込む。
鋭く押し切るような音。
客席の空気が変わる。
駿の音が追う。
蓮、かわす。
音が衝突する。
二つの音が交差する。
その度に、二人の背中が僅かに触れる。
蓮、外へ放つ切り裂くように。
駿、内へ引き込み沈めるように。
観客、息を呑む。
色々な場所で見かけた二人。
でも。
本業はここ。
二人の音へ引きずり込まれていく。
次の瞬間、
空気が一気に変わる。
鋭く、
熱を帯びた音。
速い。
なのに、
一音も濁らない。
お互いに譲らないのに並んでいる。
そして並んだままラスト。
二人、同時に踏み込む。
音が重なり続ける。
二人なのに一つの存在感みたいに。
音が、ホールを満たす。
止まる。
静寂。
ほんの一瞬の無音。
そのあと——
一人立ち上がる。
拍手ひとつ。
それが爆発する。
鳴り止まない拍手が
波のように押し寄せてくる。
ステージ上の二人は前を向いて
息を整えるだけ。
客席
(凄い)
(お互い見ないままなんて)
(あの時の二人だよな?)
演奏家たち
(こんな演奏聴いたことない)
(昼間とはまるで違う)
(殺気立ってる)
(なのに――)
(音が離れない)
———
駿が構える。
客席は静かになる。
静寂。
一音目。
深く美しく歌うように
静かに響く余韻を引きずるように。
蓮が弓を置く。
蓮の音が余韻の上に乗る。
広げていく。
自由に舞うように。
駿の音が受け止める。
そして掴む。
次の瞬間
入れ替わる。
今度は
駿の音が前に出る。
高く遠くへと連れていくように
蓮の音が
熱く震わす。
二つの音が止まる。
……
次の瞬間
同時に
二つの音が交わらないまま
一気に駆け上がる。
まるで
お互いを挑発してるかのように
ぶつかり合う。
一歩も譲らない。
蓮の口角がわずかに上がる。
さらに加速。
弓が舞う。
客席は息を飲む。
もう、
どっちがどっちか分からない。
音が跳ねる。
駿の口角が微かに上がる。
駿の弓が、
真っ直ぐ蓮を貫く。
その瞬間——
空気が変わった。
二人の音が、
完全に重なる。
そのまま
旋律が一気に駆け抜ける。
駿と蓮、
同時に弓を振り抜いた。
最後の一音。
ホールへと
真っ直ぐ突き抜けていく。
静寂。
曲が終わったあとも
静かに余韻を聴いている客席。
誰もが、最後の余韻を聴いていた。
完全な静寂。
そして――
湧き上がる歓声
スタンディングオベーション。
鳴り止まない拍手。
二人は一礼してステージを下りた。
客席
「…なんか泣けてきちゃうわ」
「また…バスケ一緒にしてくれるかな」
「息するの忘れそうになった」
「先日のより凄い演奏だった」
———
控室
二人はミネラルウォーターを一気に飲み干してソファーに座り込む。
駿
「お前…あそこで加速すんなよな」
蓮、ニヤッと笑う。
「ついてくるのやっとだったのかよ」
駿
「そうじゃねぇーだろ」
蓮
「負け惜しみかよ」
駿
「誰が負けたって言った」
二人は言い合いながらヴァイオリンをしまうと控室を後にした。
そして
二人の船室のドアの前。
駿
「後でな」
蓮
「ディナーの時な」
お互いの船室に入って行く。
第5話 「音楽イベント」 完。
お読みいただきありがとうございます。
次回、第6話「イタリア・ベネチア」です。
お楽しみに。




