第4話 「ノルウェー・ロフォーテン諸島」
駿はベッドの中で目を覚ました。
いつもと少しだけ違う静けさ。
寝起きの髪をかき上げながら、
ゆっくりと身体を起こす。
まだ少し眠そうな目で、
カーテンを少し開けて、外を見る。
そこには、霧に包まれた港があった。
赤い屋根の家々。
小さな漁船。
静かな水面。
(寄港地に着いたのか)
船の揺れもほとんど感じない。
世界が眠ったまま止まっているような朝だった。
駿は少しだけ目を細めた。
そして
無言のままシャワールームへ
消えていった。
しばらくして、
駿は髪を拭きながら部屋へ戻る。
その時、
テーブルの上に置いたスマホが震えた。
蓮
“どうする?”
駿は窓の外へ目を向ける。
静かな港。
赤い屋根の家々。
ゆっくりと動く漁船。
少し考えて返信した。
“朝メシだな”
すぐに返事が来る。
“じゃあ出る”
駿は思わず笑った。
“俺まだシャワー出たとこだ”
“そっち行く”
“分かった”
スマホを置く。
窓の外では、
朝の光が静かな海を照らしていた。
慌ただしさはない。
急ぐ理由もない。
駿はゆっくりと服を選ぶ。
数分後。
コンコン。
ドアがノックされた。
駿
「開いてる」
ドアが開く。
蓮は部屋へ入るなり窓の外を見る。
「静かだな」
駿も窓の外へ視線を向ける。
「あぁ」
昨日とはまるで違う朝だった。
しばらくして
駿がスマホを手に取る。
「ルームサービスにするか?」
蓮は窓の外から視線を駿に向ける。
「それでいい」
駿はルームサービスメニューを開き、二人分の朝食を注文した。
コンコン。
スタッフがワゴンを押して入ってきた。
慣れた手つきで朝食を並べていく。
コーヒー。
焼きたてのパン。
卵料理。
果物。
「ごゆっくりどうぞ」
スタッフが部屋を出ていく。
二人は向かい合って座り、
コーヒーを一口飲んだ。
窓の外には静かな港。
小さな漁船が波に合わせて揺れている。
しばらく眺めていた蓮が、
ふっと笑った。
「リズムを取ってるみたいだな」
駿
「ん?」
蓮は窓の外を指す。
「ほら」
揺れる漁船。
上下にゆっくりと揺れている。
駿は少し眺めてから、
小さく頷いた。
「音を重ねたくなるな」
二人は顔を見合わせる。
そして、
小さく笑った。
窓の外では、
変わらず漁船が波に合わせて揺れていた。
まるで
誰にも聞こえない音楽を奏でているように。
ゆっくりとした朝を過ごしたあと。
駿はコーヒーカップを置いた。
「下りてみるか」
蓮も立ち上がる。
「そうだな」
二人は船を下りた。
すでに多くの乗客たちは
寄港地へ向かっていた。
賑やかな声が遠くから聞こえてくる。
だが、
少し歩けばその声も
風の中へ溶けていった。
岩山に囲まれた小さな村。
赤や黄色の家々が静かに並ぶ。
細い階段の道は、
まるで迷路のようだった。
角を曲がるたびに景色が変わる。
海。
漁船。
小さな港。
花の咲く庭。
思わず足を止めたくなる光景が、
次々と現れる。
島々は橋で結ばれていた。
遠くには雪の残る山々。
その麓には穏やかな海が広がっている。
時間が止まってしまったかのような村を、
二人はゆっくりと歩いた。
ただ風の音を聞きながら歩く。
駿
「静かだな」
蓮は海を見ながら頷く。
それだけだった。
けれど不思議と、
その言葉だけで十分だった。
二人は橋を渡り、
別の島へ足を延ばしてみた。
小さな店先。
木箱に並べられた魚。
その隣には手作りらしい看板。
少し眺めて、
また歩き出す。
風が吹く。
潮の香り。
どこかでカモメが鳴いた。
しばらくして。
駿は足を止めた。
海が見渡せる場所だった。
何隻かの漁船。
静かな港。
その向こうに連なる島々。
二人は並んで景色を見ていた。
しばらく歩くと
二人の目に小さな看板が入った。
“Bistro”
手作り感を思わせる
温かみのある木製の看板だった。
駿
「いいな」
蓮
「あぁ」
二人は少し遅めの
ランチを摂ることにした。
二人がドアを開ける。
チリン。
地元のおばあちゃんが
「いらっしゃい」
二人を迎えてくれる。
店の奥では
夫婦らしき二人が忙しそうに動いている。
木のテーブルと椅子
窓側の席に座ると
おばあちゃんが
メニューを持って来てくれる。
「今日のおすすめはシーフードスープだよ」
駿はにっこり笑って
「じゃあ、それで」
しばらくして
大きな器が運ばれてくる。
白い湯気。
魚。
エビ。
貝。
じゃがいも。
駿
「……うまそうだな」
蓮
「あぁ」
そして一口。
駿
「うまい」
蓮
「うまいな」
二人が黙々と食べている時
ばあちゃんがニコニコしながら
「パンも食べな」
と追加で持って来てくれた。
二人は少し笑うと店の奥を見る。
夫婦らしき二人が、
ニコニコしながらこちらを見ていた。
しばらくして
二人は店を出た。
蓮
「いい店だったな」
駿
「あったかい感じのな」
駿と蓮は再び歩き出す。
橋を渡る
そして振り返る。
さっきいた村が小さく見える。
また歩く。
今度は違う景色が広がる。
白い砂浜に透明な海。
水面は鏡のように空を映していた。
静かな景色。
澄んだ空気。
二人はしばらく足を止める。
蓮
「同じようで違うんだな」
駿は海を眺めたまま答える。
「……音も同じかもしれないな」
蓮は小さく笑った。
「だから、いいのか」
二人はまた橋を渡る。
今度は美しいビーチが続いていた。
白い砂浜。
透明な海。
その先、
少しだけ高台になった場所に
一軒のカフェが見える。
二人はドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
窓際の席へ案内される。
海が見渡せる席だった。
二人はコーヒーを注文する。
しばらくは何も話さなかった。
海を見ていた。
橋を見ていた。
行き交う人々を見ていた。
気付けば
店内の客も少しずつ入れ替わっている。
それなのに。
窓の外の景色はほとんど変わらなかった。
蓮が聞く。
「……何時だ?」
駿もスマホを見る。
「八時過ぎ」
蓮は窓の外を見る。
まだ明るい。
夕方のような
柔らかな光が海を照らしている。
「白夜か」
駿も少し笑う。
「あぁ」
窓の外では、
海が静かに光を映していた。
沈みそうで沈まない太陽。
終わりかけの夕暮れが、
いつまでも続いているようだった。
二人はしばらく
コーヒーを飲みながら海を眺めていた。
店を出る。
風は少し冷たくなっていた。
橋を渡る。
海が光る。
静かな村。
静かな港。
駿
「……帰るか」
蓮も頷く。
二人は港へ続く道を歩いていく。
遠くに停泊中のクルーズ船が見えた。
夕暮れのような光を浴びながら。
まるで時間だけが
置いていかれたような景色だった。
そして
二人は船に戻った。
駿はスマホの時計を見て
「じゃあディナーの時に」
蓮
「あぁ」
それぞれの船室に入っていく。
船室に戻るとジャケットを椅子に掛けた。
夜のはずなのに、
まだ空は淡い青色を残している。
しばらくして、
シャワーの水音が響き始めた。
一方その頃。
蓮も船室へ戻っていた。
窓の外を見る。
遠くに見える島々。
ゆっくりと流れる時間。
「不思議な場所だったな」
誰に言うでもなくそう呟くと
シャツのボタンを外しながら
シャワールームへ消えていった。
シャワーを浴び終える。
駿は髪をタオルで拭きながら、
クローゼットを開けた。
昼間とは違う服を選ぶ。
白いシャツに、黒のジャケット。
袖を通し、鏡の前で襟元を整える。
窓の外を見る。
夜なのに、まだ淡い光が残っている。
一方、蓮もシャワーを終えていた。
髪を軽く拭きながら、シャツに袖を通す。
深い色のシャツ。
その上にジャケットを羽織る。
最後に鏡を見て、
襟元を整えた。
スマホを見る。
駿からメッセージが届いていた。
「そろそろ行くか」
蓮は短く返す。
「あぁ」
しばらくして。
船内の廊下。
二人はそれぞれの船室から出てきた。
駿が蓮を見る。
蓮も駿を見る。
ほんの一瞬。
「行くか」
「あぁ」
二人は並んで歩き出した。
エレベーターに乗り込む。
表示が上へ上へと変わっていく。
扉が開く。
そこは船の上層階。
大きな窓の向こうに、
白夜の海が広がっていた。
淡い青色の空。
遠くに浮かぶ島々。
夜とは思えないほど、
静かに景色が残っている。
二人は足を止めることなく、
レストランへ向かって歩いていく。
廊下の先には、
柔らかな灯りが漏れていた。
駿
「夜は肉がいいな」
蓮は少し笑う。
「同じこと思ってた」
駿もニヤッと笑った。
「決まりだな」
二人はステーキハウスへ入っていく。
案内されたのは
海に面したデッキ席だった。
夜のはずなのに、
空にはまだ光が残っている。
白夜の柔らかな夕暮れ。
海は穏やかだった。
船の灯りが水面に映る。
スタッフがメニューを置く。
駿は開いた瞬間、
少しだけ笑う。
「全部うまそうだな」
蓮もメニューを見る。
「あぁ」
そして数秒後。
駿
「リブアイ」
蓮
「同じで」
駿
「考えろよ」
蓮
「めんどくせぇー」
スタッフは慣れた様子で
注文を書き留めていく。
やがて運ばれてくる鉄板。
ジュウゥゥゥ―――
鉄板の上で焼かれるリブアイ。
表面は香ばしく焼き上がり、
切り口からは肉汁がじんわりと滲んでいる。
香ばしい香りが、二人の前に広がった。
駿
「……うまそう」
蓮
「あぁ」
ナイフを入れる。
柔らかな肉から、
さらに肉汁が溢れ出す。
駿は一口食べる。
「……うまい」
蓮も一口。
「うまいな」
二人は顔を見合わせる。
駿
「やっぱ肉だな」
蓮
「だな」
白夜の淡い光が残る海を眺めながら、
二人はゆっくりと食事を楽しんだ。
第4話 「ノルウェー・ロフォーテン諸島」 完。
お読みいただきありがとうございます。
次回、第5話「音楽イベント」です。
お楽しみに。




