東への道行き
南地方から東地方に向かうため、中央に向かって足を進めていました。
どこからどこに行くにしても各地方を行き来するためには中央経由がやっぱり一番安全です。
特に今の私は雷魔法がほぼ使えない状態なので、とにかく安全に。
腕輪がなくても一応使えますが、それでもかなり不安定になるのでできれば魔法を使わざるをえない状況には陥りたくないものです。
とはいえ、そんな事態に陥りそうな雰囲気はこれっぽっちもありませんが。
空は雲ひとつない青空、涼やかな風が適度に吹く穏やかな気候。
変なものの気配もなく、ただひたすら平和なだけの一本道。
警戒を心の隅っこに置きつつ、すたこらさっさと東に向かいます。
見えてきた橋の上に誰かが立っていました。
そこで流れる川をぼんやりと眺めていたらしいその人は、こちらの気配に気づいて顔を上げました。
見覚えのある方でした。
「おや、奇遇ですね」
顔を上げてこちらの姿を見て、そして柔らかな笑みを浮かべたその人は謎の北地方アンチのモノクロさんでした。
二度あることは三度あると言いますが、ここまで偶然が重なるのは何なのでしょうかね。
「……なんか、よく会いますね?」
「ふふ、そうですね」
人懐こい笑顔を浮かべたまま、モノクロさんはこちらに歩み寄ってきました。
今日は別にこの人との約束を破って北に行こうとは一切思っていないのですが、こう何度も偶然が重なると何というか、ちょっと怖いです。
というかこれ、本当に偶然なんですかね。
近寄ってきたモノクロさんの顔を見上げました、悪意などなさそうな顔をしていました。
「あの後、調子はどうですか?」
「……火属性魔法は、以前よりも少し制御できるようになってきました。とはいえ、まだまだですが」
「そうですか……まだ本調子ではないのですね。それでも少しはよくなったのならよかった」
そう言って、どこか安堵したような顔をされました。
その顔、その姿をよく見ました。
数ヶ月前に西地方を出た後、そして東地方を出た後以外にこの人と遭遇した覚えはありません、今回も含めると彼の顔を見たのは三回だけ。
知人といえばおそらくそうなのでしょう、けれども別に約束も何もしていないのに何故こうも遭遇するのでしょうか?
今更過ぎますが、なんかすごく怪しくありませんかこの人。
そもそも北地方の過激なアンチということで私の中ではすでに変人枠にカテゴライズされているのですが、そこを抜きにしても。
「どうかされましたか?」
やや心配そうな、悪意などなさそうな顔で見つめ返されました。
「い、いえ、何でもありません。……ええとそれじゃあ、私はここら辺で」
特に話すようなことも説得されるようなこともないので普通に立ち去ろうとしました。
今回は特に怪しさを感じ取られなかったのか、モノクロさんは普通に「ええ、また」と返してくれました。
『また』なんだ、とはいえこう何度も偶然が重なればそう言いたくなる気もわかります、と思っていたら後ろから声が。
「そういえば、次は何処に?」
「東です。魔法道具がぶっ壊れてしまったので代わりのものを作ってもらうために」
前回と違って何の罪悪感もわだかまりもなしにそう答えて、ささっと退散しようとしたのですが、後ろから「お待ちください」とやや硬めの声が聞こえてきたので振り返りました。
「はい、なんでしょうか?」
先ほどの言葉に怒られポイントはなかったはずなのですが。
振り返ると笑顔を消したモノクロさんがこちらを真っ直ぐ見ていました、そういえばこの人、今日は初めからフードしてないですね。
「魔法道具が壊れた、とは?」
「少し色々ありましてね。負荷をかけすぎたせいで壊れてしまいまして」
「どちらが?」
「雷属性のが」
正直に答えると、何故か深々と溜息を吐かれてしまいました。
「……つまりあなたは今、何かに襲われても抵抗する術がないと?」
「全くない、ってわけではないのでご安心くださいな。魔法道具がなくても多少魔法は使えますし、いざとなったら火属性の方でなんとかします」
多分なんとかならないんだろうな、どうにかなったとしても共倒れる可能性が高いのだろうな、と思いましたが見栄を張ってそう言い切りました。
「ま、大丈夫ですよ。中央行きの道ってどこもすごく安全ですし、思い返してみると中央を経由する道で何かに襲われたことって一回もないですし」
そう言ってニコリとスマイルを浮かべて「それでは失礼します」とスマートに立ち去りました。
後ろからまた溜息が聞こえてきました、その直後に足音も。
「どうかしました?」
何故か私の横に並んで歩き始めたモノクロさんにそう問うと、彼は「心配なので町が見えるまでご一緒します」と。
「え……いえ悪いですよ。そこまでしてもらわなくても」
「ワタシがそうしたいのでそうさせてください」
食い気味にそう言われて、思わず押し黙ってしまいました。
そこまで心配されるほどの間抜けではないつもりでいるのですが、何故こうなってしまったのでしょうか。
「……色々あったと言っていましたが何があれば魔法道具が壊れるようなことに?」
そんなことを聞かれたので、私は南地方で起こった穢れ鳥騒動の話を軽く説明しました。
「……と、いうような感じでして。大事には至らなかったですしギルドの人達のおかげで無事解決できましたが、この時にちょっと無理をさせてしまった結果、腕輪が壊れてしまったんです」
おおよそのことを話し終えると、モノクロさんはまるで苦虫を数十匹くらい噛み潰してしまったかのような顔をしていました。
「…………色々と言いたいことはありますが、まず一つ。自分の身を蔑ろにしないでください」
「はあ、ないがしろに……した覚えはありませんが?」
そんなつもりはなかったのでそう答えると、彼は急に立ち止まって私の腕を掴みました。
結構強い力でした、簡単には振り解けなそうなほどの。
「していますよ……!! 何故真っ先に逃げなかったんですか。危険な場所に勝手に立ち入っていた愚かな子供なんて見捨てて、逃げればよかったんです」
「いやそれは人としてやっちゃ駄目なことですから」
流石に上級魔法を三つも使える魔法使いが無力な子供を二人も見殺しにしてあの場を立ち去るのは『無し』です。
それはきっととても当たり前のこと、それに何故でしょうか。
それだけは絶対に、もう二度とやってはいけないとそう思ったのです。
どうしてそう思ったのかは自分でもよくわかりませんが、とにかくあの場から一人で逃げるのはあり得ません。
けれども彼は全く納得していなそうな顔で、こちらの腕を掴む力をさらに強めました。
「やっちゃ駄目? 自分の身をいの一番に大事にして何が駄目だというのですか」
「小さな子供を見捨てて逃げるのは、とても悪いことだと思うんです。それはきっと、絶対にやってはいけないこと」
「悪いこと?」
「ええ、あの時一人で逃げるのは、多分自主的に他者に危害を加えるよりもよほど悪いことだったと思いますよ。……何やら誤解されているような気がしますが、私は正義感からあの子達を逃して足止めに徹したわけではありません。ただ、悪い人になりたくなかっただけなんです。……実際、逃げていたらどうなっていたことやら、恥知らずと後ろ指をさされて、蔑みの目を向けられていたでしょう。そうなるくらいなら死──」
「黙れ!!」
急に叫ばれたので言葉が止まりました。
何故、私は今急に怒鳴られたのでしょうか、意味わかりません。
掴まれっぱなしの腕が痛いです、というか冷たいです。
まるで氷の塊でも押し付けられたかのような、そんな冷たさを。
「もういい、それ以上は何も言わないでください、聞きたくもない。……二度と、もう二度とそんなことは言わないでください。あなたはどうしてそういうふうに自分のことを蔑ろにして、当たり前のように切り捨てるんですか……本当に、腹が立ちますよ」
「えと……その、ごめんなさい」
心の底からではなく、怒られたから反射的に謝罪の言葉が出てきました。
どうして、この人は私なんかにそこまで、と全く心当たりのないその理由を考えようと思ったところで、ぱきりと変な音が。
音が聞こえた方に目を向けました、私の腕、というか私の腕を掴んでいるモノクロさんの手から氷柱状の氷の棘が。
「うわっ」
「っ!!? も、申し訳ございません!!」
モノクロさんはパッと私の腕から手を離しました。
反射的に腕を引っ込めてしまいました。目視で確認すると服の表面がちょっと凍っているように見えますが、それ以上は何も。
氷の棘のせいでこっちの腕がズタズタに、ということになっていなくてひとまず安堵しましたが、モノクロさんの手は無事でしょうか。
チラリと確認すると平気そうでした、もう片方の手で手早く氷の棘をむしり取って、その辺に投げ捨てています。
「ああもう何度も何度も……本当に申し訳ない、お怪我はありませんか?」
心底こちらを心配している顔でそう言われたので首を縦に振りました。
「ちょっと冷たいですけど、それだけです。怪我するほどでは」
「…………本当ですか?」
「本当ですよ」
疑り深い目で見られたのでそう答えました、この程度なら別に平気です。
私も人のことを言えた立場ではありませんが、おそらくこの人は魔法を暴発させやすい体質なのでしょう。
私のように魔法を使おうとして暴走するのではなくて、多分無意識で、というか感情が昂ると自然と魔法が出てきてしまうタイプ。
人並外れた魔力を持つ方はよくそうなってしまうのだと聞いたことがあります。
きっとさぞ苦労してきたのでしょう、私なんかよりもずっと。
なんて思っていたら再度「本当に大丈夫ですか」と聞かれたので、もう一度首を縦に振りました。
「……それなら、よかった」
彼が浮かべた安堵の表情に大げさだなと思いましたが、きっと彼はこういうことを何度も経験していて、無傷では済まなかったこともあったのだろうと思いました。
それなら、ここまで心配するのも仕方がないのかもしれません。
それで、なんの話をしていたんんでしたっけ?
確か、死んだほうがマシみたいなことを言おうとしたところで怒鳴られて、みたいな流れだったはず。
よし、さりげなく話題を変えてしまいましょう。
他の話題って何を。
「そ、そういえば、最近各地方で穢れ鳥による被害が起こっているそうですが、あなたは大丈夫ですか? その、巻き込まれたりとか……」
とりあえず関連性のある話から適当な話題を。
「私はこの前南で初めて見たんですけど、なんかもう一目見ただけで『これはよくない』っていうのがわかるんですよね、あの鳥。何度鳴神ってもあんまり効きませんし、あのくらいの大きさの鳥だと多くても三発入れれば普通は飛べなくなる程度まで弱らせられるんですけどね……二十発くらいでようやく、って感じでした。なんなのでしょうね、あの防御力の高さというか頑丈さは」
「……穢れは魔法を打ち消してしまうので、穢れを纏ったものに魔法は通じにくいんです。だからといって接近戦で物理攻撃を仕掛けると仕掛けた側に穢れが移る。だから穢れたモノは厄介なのですよ」
お話にのってもらうことに成功しました。
話題をいい感じに逸らすことができたっぽいので、あとはそれを続けるだけです。
「ははあ、なるほど。そういえばそんな話を少しだけ聞いたことがあるような……本当に厄介なんですね、穢れっていうのは。いのりさんはその穢れを打ち消す浄化の力を持っているということですが、そういう方ってあんまりいないのですかね」
「いのりさん?」
しまった、うっかり誰も彼もが知っているわけではなさそうな人の話を普通に出してしまいました。
「あ、えっと……知り合いです。今は『曙光』っていう組織にいて……私が南に行く前にあそこで起こっていた穢れ鳥の事件を解決したすごい方なんです」
「ああ、あの噂の『英雄』のことですか。お知り合いだったのですね」
「ええ、西にいた頃に……その、同じところでお世話になっていたというかなんというか」
残念ながら記憶喪失仲間、だなんて気軽に言えるほどの間柄ではないのですが、それでも一応知人です。
私と彼女じゃ人間性が違いすぎて、どんなに頑張っても知り合い以上の何かにはなれないでしょうけど。
争いは同じ程度でしか、とは言いますが、争い以外のその他諸々もきっとそうなのです。
「まあ、そんな感じでちょっと知ってる方ってだけで……そういえば彼女、いずれこの国を救う『英雄』になるのでは、とまで噂されているみたいなんですよね。……今更ですけどあんなすごい人と顔見知りっていうだけで結構すごいことなのかもしれません。サインとか貰っとくべきだったでしょうか」
なんて軽口を叩いてみると、何故かやや呆れたような顔をされてしまいました。
サインもらっておけばよかったは余計な一言だったかもしれません、だって烏滸がましいにも程があります。
「……買い被りすぎでは? 結局その『英雄』の取りこぼしのせいであなたは酷い目に遭ったのでしょう? 『英雄』といっても所詮ただの人間、大したことはありませんよ」
「え、えぇ……?」
私に対する呆れがくるかと思いきや、まさかのいのりさんへの辛口トークを炸裂されてしまいました。
「というかあなたが大変な思いをしたのもあなたの魔法道具が壊れたのも元を辿ればあの『英雄』の不始末のせいです。そう思うと腹が立ってきました」
「流石に逆恨みがすぎますよ。というか恨むというか怒るのであればそもそもの元凶っぽい『禍時』とかいう変な人達の方にすべきです。よく知らないのですが、なんでも穢れ鳥を使って国中に穢れを撒き散らす迷惑な人達だそうで」
そう説得してみるとモノクロさんは苦々しい顔になって「それはそうかもしれませんね」と小さな声で。
「そうです、悪いのは悪いことを自主的にやった輩共なんです……だからそいつらのやらかしをどうにかしようと人達を悪くいうのはよくないです」
「そうですね。そういえば──」
そこから先はよく聞き取れませんでした。
聞き返すべきかと思いましたが、決めかねていた時にモノクロさんが何かに気付いたような様子で顔を上げました。
「ああ、こんなところで立ち話をしていたら日が暮れてしまいます。……先を急ぎましょうか」
「あ、そうですね」
まだお昼を過ぎたばかりの時間ですが、あまりのんびりしすぎると確かに日が暮れてしまうかもしれません。
というわけでそこから先は歩きながら他愛のない話を。
基本的に私ばかりが話していたような気がします。
西で食べた和菓子の美味しさと花々の美しさ、東で偶然目撃した珍しいきのこと肥え太った羊、南で見聞きした外つ国の珍しい品物と占い師さんから受けた忠告、他にもいろいろと。
西地方でいのりさんと並んで観戦することになった春一番ぶっとびレースの話をしている最中で、彼が「おや」と小さく声を上げました。
彼の視線の先を見ると、中央の町並みが遠くの方に。
「町が見えてきましたね、名残惜しいですがワタシはこの辺りで」
そう一礼したモノクロさんに、ずっと聞くかどうか迷っていたことを聞くことにしました。
二度あることは三度あるとは言いますが四度目があるとは限らないのですから。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「はい、なんでしょうか」
「どこかで、ずっと前にどこかで会ったことありますか? その、前って言うのは私が西から北に行こうとしてたあの時、あの時よりも前に……」
何故か度々遭遇しますし、赤の他人相手であるにも関わらず彼は私のことを慮ってくれています。
私が危険な地に行かないように説得したり、危険な目にあった話をしたら真っ先に逃げなかったことを怒ったり。
全然知らない人同士のはずなのです、それなのに何故彼はここまで私のことを心配してくれるのでしょうか。
実は記憶喪失になる私のことを知っているのではと思ったことはありましたが、毎度その考えは否定していました。
だって知り合いだったというのなら、何故彼はそれを口にしないのでしょうか。
元々知り合いだったのならはじめから「久しぶり」とでも言って声をかけてくれればよかったはずなのです。
けど、彼はそうしなかった。
もしも彼が『前』の私を知っているのであれば何かそうしなければならない理由があったのでしょうか、ですがその理由ってなんですか?
彼はおそらく善意から私に関わってくれています、であれば、彼が『前』の私のことを知っている場合、それを黙っているのは不自然です。
彼がなんらかの悪意をもって私に接している、記憶のない私を、彼からすると愚かな行動をしている私をみて嗤っているというのもないでしょう。そうであったらいくら私でも流石にその悪意に気付いています。
ではやはり『前』の私と彼になんの関係もないのかでしょうか、でもそれなら何故彼はここまで私のことを気にかけるのでしょうか。
彼の回答がどちらであるのか、もしも『前』にあったことがあるのなら何故そのことに言及しないのか、やや緊張しつつ彼の顔を見上げます。
私の顔を見て、彼はうっすらと笑いました。
「さあ、どうでしょうか?」
肯定とも否定とも取れない回答を彼がした直後、突如冷たい突風が吹き荒れました。
その風のせいで思わず目を瞑って、数秒後。
「あ……」
目を開いたその時には、彼の姿は綺麗さっぱり消え去ってしまっていました。




