第七十九話 聖なる者
「そうそう。エルメシア教が提出した証拠を見せてもらったわ。それで確認に行ったのだけれどいくつか質問があるから答えて頂戴」
シズクさんの言葉にブレンズ枢機卿が立ち上がった。
「確認に行っただと。そんな事できるはずがないだろ!」
「私は巫女でもあるけどS級冒険者なのよ。殆ど制限なく行動できるの。危険な地域も問題ないしね。それに元々土壌の改善とかで各地を回っていたからね。協力してくれる人も多いのよ」
皆の視線がシズクさんに集まる。
「まず実行犯として捕まったのはベンズ枢機卿ね。ただ、彼って一年も前に間者容疑でリア教から追放されているらしいじゃない。それから彼は聖王国の街で暮らしていたらしいわよ。住民たちが目撃しているわ。その街の近辺にはリア教の人が住んでいないようだけど、そんな彼がリア教と協力して動いたのは考えにくくない?」
ブレンズ枢機卿はゆっくりと返答をする。
「遠距離通信のアイテムを持っていたのだろう。それに本人が自白したのが何よりの証拠ではないのかね」
「アンタバカでしょ。自白が嘘の可能性だってあるじゃない。誰かを貶めるための捨て駒や取引でもした可能性だってあるでしょ。私が聞きたいのはこの一年間でリア教と繋がっていた物的な証拠を知りたいの」
「それは先程も言った通り遠距離通信のアイテムを持っていたのだろう」
「じゃあ推測だけで証拠は無いのね。じゃあ次の質問にいくわよ」
こんな感じでシズクさんは、水から集めた証言や証拠を提出しながら質問を続けていく。ブレンズ枢機卿も巫女もきちんとした返答は出来ずに追い詰められていった。
「これで私の質問は終わりだけど、アンタ達殆ど答えられていなかったわね。アンタ達の調査に疑問が残るわ。ねぇシモン。ロクサーヌ教は正式に反対を表明するけど良いわよね」
「もちろんです。しかしシズク様はさすがですな」
「私は好きにやっているだけよ。むしろ私の後始末を殆どシモンがやってくれているから感謝しているわよ」
二人の仲は良いようだった。そして、シズクさんが足で集めてきた証拠とエルメシア教の穴を突いたことで形勢はいい感じに流れてきている。
だけどエルメシア教の余裕のある顔がどうしても気になるな。
「私も発言させてもらいます」
ここに来て聖女が口を開いた。それと同時に右手の甲に聖印が現れ、部屋の中に緊張と驚愕が入り乱れる。
「シズクさん。貴女の疑問に対して返答が出来ずに申し訳なく思います。ですが、私達が間違っていればエルメシア様はお言葉をくださるのです。その声が無い事が何よりに証拠だとは思いませんか。エルメシア様は我々が正しく生きる事を望んで声をかけてくれるのですよ」
聖女の圧力は凄まじいようだ。シズクさんも表情を歪ませる。だけどそれで怯むことは無い。
「貴方達は口を開くたびにエルメシア様ばかりね。私はロクサーヌ教の信念を気に入っているから巫女も引き受けているし入信もしたわ。でもね、全てをロクサーヌ様の言いなりになろうなんて思っちゃいない。自分で考え自分で行動する。それが人としての生き方よ。操り人形の人生は面白いのかしら?」
聖女とシズクさんが睨み合う。
「貴女は噂通りの人ですね。ですが、私はここではっきりと宣誓いたします。リア教は邪教です。エルメシア教の聖女の名において討伐すべき存在と認定いたします」
「させないわよ」
「貴女がそう言っても無駄ですよ。私の意見に賛同する方は挙手をお願いいたします」
するとロクサーヌ教以外だとヴィーネ教とフート教以外の面々が手を挙げた。
俺達とウォーレン様はこの場合は数に入れないので、教会で見ても三対四で負けている。この結果はシズクさんには理解できないものだ。
「どういう事かしら? 私の方が筋が通っていると思うのだけれど」
その疑問に答えたのはサンボル枢機卿だった。
「決まっている。我々は神に仕える者。神の意思がエルメシア教の行為を正しいと認識しているのであれば、我らには異を唱える事は出来ん」
「神がいつ肯定したのよ」
「聖女の言葉は神の言葉と同義とされている。まあロクサーヌ教はそれを認めていなかったがな。むしろフート教とヴィーネ教が賛成に回ってない事に疑問を感じるのだが」
その言葉の正しさは聖女の不機嫌な表情を見れば納得できる。
そしてエア枢機卿が微笑を崩すことなく口を開いた。
「風が吹いていないのですよ」
「何を言っている?」
「フート教では正しき者に風が吹くとされています。ですが聖女様の宣誓からはそれを感じられませんでした。ならばシズク殿の言葉の方が説得力がありますからね」
「私達も似たような理由ですよ。シズクの言葉は澄み切っていた。反対にエルメシア教の言葉は濁っていた。ならばそれがヴィーネ様のお導きなのでしょう」
この言葉に聖女は怒りを覚えていた。
「その言葉はエルメシア教に対する冒涜ですよ。エルメシア教は唯一、神と対話でき神に認められた教会なのですよ。私達を冒涜するという事はエルメシア様を批判するという事と同義です」
聖女の圧力が増していく。そのせいで枢機卿や巫女達は苦悶の表情を浮かべる。シモンさんとシズクさんは冒険者としても一流の為か屈することは無いが、それでも気分が良い物ではないらしい。
俺達はタマモのお陰か知らないが何ともないが、ウォーレン様もものともしていなかった。
「プリスシラ殿。貴女の行為は威嚇以外何物でもない。キチンとした言葉で議論するべきだ」
「…私は神に認められた者です。私の言葉はエルメシア様の言葉になります。そんな大役を任せられている私が他の者と同じ立場でいいはずがありません」
傲慢だな。元は普通のエルフだったかもしれないけど、完全に立場に酔っていやがるな。
唯一無二の聖女と言うのが、彼女の態度を増長させているのだろう。話し合う気も無いようだしここは使わせて貰うか。
だが俺よりも早くシェリルが動いていた。
「ならば同じ立場の者がいれば問題ないな」
シェリルは右手の甲に聖印を浮かび上がらせる。
その時の部屋の中は混乱に陥った。今まで何があろうと黙って動かなかったツバキさんまでもがシェリルの側に寄ってきた。シズクさんとツバキさんは、驚きよりもシェリルの将来を思ってか複雑な表情をしていた。
それ以外の面々は時間が止まったかのように固まっていた。そして最初に動いたのはブレンズ枢機卿だ。
「偽物だ! 聖女様はエルメシア様に認められたプリスシラ様一人だけだ! 聖女は語るとは重罪だぞ」
「嘘ではない。私はダンジョンでタマモ殿に出会ったのだ。そこで彼女から聖印を授かった」
タマモの名前にざわついた。
「確かにタマモ様の印ですな」
「ええ。そうだとすると彼女が聖女と言うのは本当かもしれませんね」
「シモン殿、クリア殿。何を言っておられるのですか!」
ブレンズ枢機卿の咆哮にもシモンさんは冷静に答えている。
「タマモ様は神々の中でも特に力を持った神。その力は私達が信仰している神々よりも上。祀る事でご利益を賜れるが、それと同時にタマモ様は怒りやすく人々に災いをもたらすこともある。勝手にタマモ様の印を刻んで聖女と名乗ろうものなら、すぐに罰が下されるだろう」
誰もがその言葉を否定できずにいる。ブレンズ枢機卿も何か反論を考えているようだが、何も言えないようだった。
「これでお前達の聖女の優位性は崩れたな。私は勿論シズクの意見が正しいと感じた。聖女の言葉に従った、ボルボガ教・トルメイク教・ロイド教はもう一度自分達の意見を出してほしい」
そう言った時に聖女が口を開いた。
「まだ私は貴女を聖女と認めていません。そもそも穢れた魔物を従えている者が聖女のはずがないでしょう。私は個人で光竜を従えているのですよ。貴女とは格が違うのです!」
自分のアイデンティティを奪われそうになったからか聖女は必死だった。だけどその行動は自分を高める事ではなく、他者を乏しめるという行為だ。
「穢れた魔物などどこにいるのだ? 意味が分からんのだが」
「貴女もその男と同じ事を言うのですね。聖なる獣たちは経典に記されているのです。それ以外は魔物でしょう」
「その話は今関係あるのか?」
呆れた顔をしているシェリルだが、激高している聖女はそんなの見えていないようだ。
「あります。聖女は神に認められた存在なのですよ。それに相応しい振る舞いがあるのです」
「生憎タマモ殿はそんな振る舞いは求めていなかったな」
シェリルと聖女の貫禄の差が露になっていく。聖女の威光でエルメシア教に追従していた三つの教会も、俺達側に流れ始めている雰囲気がある。
だがここで思わぬことが起きた。聖女の持っている杖が光り出したのだ。
部屋が光で一杯になる。そして光が消えると同時に、忘れられない存在がそこにいた。




