第八十話 女神降臨
「騒がしいようですね」
俺は覚えているこの声を。
「プリスシラ。貴女は私が選んだ聖女なのですよ。取り乱してはいけませんよ」
その笑顔もよく覚えている。貼り付けただけの偽物の笑顔を。
「それにしても聖女がもう一人いるとは思いませんでした。まさかタマモが聖印を授けるとは」
キレイな佇まいをしているが、内面は私欲にまみれている。憎たらしいこの女神を忘れることはない。
だが俺とは違い、周囲はエルメシアの出現に慌てて頭を下げる。
俺は動いたつもりは無かったが、誰かが俺の頭を下げさせていた。
「皆さん頭を上げて下さい。そのままでは大切なお話が出来ないじゃありませんか」
優しい声を発するエルメシアに思考が怒りに染まりそうだ。だって憎い相手がそこにいるんだから。
「キュ」
キュ?
いつの間にかベルが俺の肩に乗っていた。反対側にはムギが。頭にはメアが。足下にはコタロウとリッカが。
それを見て落ち着きを取り戻した。それによく見るとエルメシアは本人がいるわけじゃない。映像の様な物が映し出されているだけだ。
「サンキューな。俺は大丈夫だ」
しばらくベルは俺の事を見ていたが、笑顔を見せてテーブルの上に座る。コタロウ達も続くように同じ行動をとる。
落ち着きを取り戻した俺は改めてエルメシアに目を向ける。
直接的な事は言わないが、エルメシアの言動はリア教を邪教認定させようと動いている節がある。それに伴い、プリスシラだけが本物と聖女と言うような態度だ。
さすがに女神が出てきたことによってヴィーネ教もフート教も口を挟めない。シモンさんですら気圧されている。
ただシズクさんはシェリルの前に立って女神を睨みつけている。シェリルを偽物の聖女と言っているようだから癇に障っているのだろう。
「そんなわけですから。プリスシラは自信を持って進んで良いのですよ。貴方達の進む道は光に照らされているのです」
「つまりエルメシア様はリア教が邪教と言いたいのでしょうか」
「私の口からはそんな事を言えません。ただ私は私の信徒の行動を否定せずに見守るだけです」
シズクさんの質問にもハッキリとしない返答だ。
旗色が悪い。俺は自分がどう動くべきか考えた。聖者だと名乗っても女神がいるならこの状況を覆す事は出来ない。それならツバキさんを攫う方向で動くべきか?
そう思っていると俺の頭にタマモの声が流れてきた。
『おーい。聞こえておるか? 聞こえていたら返事をせんか』
テレパシーだろうか? とりあえず俺も声に出さずに返事をしてみる。
『聞こえているぞ』
『おお良かった良かった。ところで今面白い事になっておるな。エルメシアの幻影が降りて来ておるな』
『ああ。お陰で旗色が悪い』
『ならば今から儂が向かおう。ところでお主は土に関するアイテムを何か持っていないか?』
タマモが何をしたいのか分からないが、俺は自分の持っているアイテムを確認する。
『う~ん。“砂塵の槍”、“豊穣の鍬”、“豊穣の雫”辺りが関係あるかな』
『十分じゃ。“豊穣の鍬”と“豊穣の雫”を出すんじゃ』
言われるがままに二つのアイテムをテーブルの上に出す。
「貴方は何をしているのですか?」
エルメシアが俺の行動を不審そうに見ていた。それはウォーレン様や他の教会関係者も同じだ。
だけど俺の行動の理由はすぐに分かる事になった。
俺の出したアイテムが聖女の杖のように光り出したのだ。
そして光が収まると、二人の美女がそこにはいた。一人はタマモだがもう一人はいったい誰だ?
「バカな」
誰よりもエルメシアが驚愕の表情をしていた。そして美女が口を開いた。
「人の世界に来たのは何時ぶりかしら」
「おい。それよりも自己紹介でもせぬか。この場は儂よりもお主が適任じゃろ」
「そうだったわね~。つい珍しくて忘れていたわ。皆さん初めまして、土の女神のロクサーヌよ。こっちは親友のタマモちゃん。宜しくね」
多分この場にいる枢機卿と巫女は今日の事を忘れることは無いだろう。二人目の聖女がいたと思ったら、会談の場にエルメシアが現れた。さらにそれだけにはとどまらず、土の女神ロクサーヌとタマモまで目の前にいるのだ。
もう頭を下げる行動も吹っ飛んで固まるしかないだろう。
「あら? 動かないけど大丈夫かしら」
「そのうち動くじゃろ。それよりもエルメシア久しぶりじゃのう。相変わらず人の世界でちやほやされておるみたいじゃな」
「…本当に久しぶりですね。貴女が人に聖印を授けるとは思いませんでしたよ」
タマモとエルメシアが睨み合いながら話をしている中、ロクサーヌさんはベル達を可愛がっていた。
タマモをマイペースと思ったが、ロクサーヌさんも負けず劣らずだな。
「ところでエルメシアよ。お主は勝手にリアの信徒を壊滅させようとしているようじゃな。干渉しすぎではないか?」
「何を言っているんですか? 私は命じたことはありませんよ。私は信徒達の道を照らし、間違った際は正しい道に戻れるようにするだけです。大事なのは正解だけを選ばせるのではなく、間違っても元の道に戻る努力をすることですから」
その瞬間、突然の地震が屋敷を襲った。タマモがすぐに床に手をつくと地震が収まったが、あのまま続いていたらこの屋敷も倒壊したかもしれない。
「おいロクサーヌよ」
「ごめんなさいね。……ねぇエルメシアちゃん」
先程まで優しく柔和な雰囲気だったロクサーヌさんから怒気が漏れだした。
「私は忘れて無いわよ。貴女の信徒が私の信徒達に何をしたか。間違ったら元の道に戻す? 失われた命は戻せないのよ」
「あ、あれは信徒の暴走で」
「暴走するくらい助長させたのは誰かしら」
静かだが重い怒りを感じる。エルメシアは完全にロクサーヌさんにのまれている。
「エルメシアよ。儂は人の世界をお主以上に自由に行き来できるのだぞ。此度の件は調べさせてもらおう。そしてお主の信徒達の関わりが見られた時はロクサーヌに報告するからの♪」
エルメシアの顔が青くなっているが何かあったのだろうか。
「エルメシアちゃん。今ならまだリアちゃんの信徒も生きているのでしょう。少なくない犠牲者がいるようだけど、償いの仕方は分かっているわよね。矛の納め方を間違わないようにね」
ロクサーヌさんの言葉にエルメシアは悔しさを滲ませている。そして、ロクサーヌさんはそんなエルメシアではなく、シモンさんやシズクさんに目を向けた。
「初めましてシモン、シズク。貴方達の事は見ていたわ。シモンは子供達のためにいつも頑張っていたわね。シズクは世界を回って飢餓で苦しんでいる人達のために土壌を改善し農業技術を伝えてくれていたわね。貴方達が私の信徒でいてくれることはとっても嬉しいわ。これからも頑張ってね」
「「ありがとうございます」」
シモンさんは感激のあまりに涙を流していた。シズクさんもエルメシアの時とは態度が全然違っていた。
そしてロクサーヌさんは今度は俺の方を見て微笑んできた。
『貴方がジュンくんね。タマモちゃんから話は聞いているわ』
『あ、どうも』
『緊張しなくていいわよ。ところでお願いがあるのだけれど』
『何でしょうか?』
『貴方の隠れ家に私も入れてくれないかしら。タマモちゃんから話を聞いて私も興味があるのよ』
『構いませんよ』
『ありがとう。何かお礼はするからね』
そこで会話は途切れた。そして再びロクサーヌさんはエルメシアに向き直った。
「考える時間はあげたけど、エルメシアちゃんはどうするの?」
エルメシアは無表情で淡々と話し出した。
「プリシスラ。他教の女神がここまで言うのですから、私達の目の届かないところで善からぬ事を画策した輩がいるかもしれません。私も信徒を信じすぎた面がありますね。謝罪いたします」
そう言ってエルメシアは頭を下げた。枢機卿と巫女達はその光景に驚きを隠せないでいるが俺は見えていた。
エルメシアの憤怒の表情を。反省してないぞコイツは。
「今を持ってリア教の人々を、実行犯を除いて解放いたします。また、調査には私も協力いたします。そこでリア教の関わりが無かった場合は、壊してしまった教会や像の復元をこちらで行います。亡くなった人々の親族にも十分なお金を渡しましょう。これで、どうでしょうか?」
女神が謝ったことで、この内容で良いんじゃないかという雰囲気になるが、俺はここで異を唱える。
「ダメですね。リア教の関わりが無かった場合ではなく、最初のベンズ枢機卿の事件の主犯で無かった場合にしましょう。誰でもやられたらやり返すでしょうから、リア教の関わりがゼロな事は無いでしょうから。そして、ベンズ枢機卿の事件の黒幕がリア教だったら、エルメシア教は完全に被害者でしょうからね」
(ちっ)
小さいが確かに舌打ちが聞こえた。でもまだまだ続くけどな。
「それと、教会や像の復元はリア教が指定する人達にやらせてくださいね。エルメシア教はそこで発生する費用を負担してください」
「それは何故でしょうか? エルメシア教を信用してないのですか」
はい。信用していません。とはここで言えないのがもどかしいな。
「違う理由ですよ。建築技法や材料にもこだわりがあると思ったからです。大事な物には他の人達が知らない技術が使われている事もありますからね。それに今回リア教はエルメシア教に攻められましたからね。また同じことが起きないとは言えません。その際に造りを知られているのはリア教にとって不利になります」
エルメシアは微笑みを崩さないが怒りが伝わってくる。その光景をタマモとロクサーヌさんは面白そうに見ていた。
「では一つ尋ねます。貴方の言い分ですと、エルメシア教は建築に関わる内訳も知らずに、お金だけを出す必要があると思いますがいかがでしょうか?」
「そうですね。その方が良いと思いますよ」
「つまり水増し請求されても分かりませんね」
「ええ。そこは自分達の罰だと思って受け入れてください」
俺の言葉に聖女がついにキレだした。
「貴方は何様ですか! 枢機卿や巫女でもない貴方がエルメシア様にそんな口をきいて良いと思っているのですか!」
「枢機卿ではないけど俺も聖者だぞ」
そう言って右手の甲の聖印を光らせた。
「……そんな。勇者様まで他にいるのですか」
聖女はふらつき力無くイスにもたれかかる。
あれ? 今聖者じゃなくて勇者って言わなかったか?
タマモを見るとあっけらかんに話してきた。
「言っておらんかったか? 聖者と勇者は同じじゃぞ」
聞いてない。まあいいや、話を続けよう。
「それと亡くなった人の親族だけでなく、働けなくなった人々へも十分なお金を支払ってください。ただし、これらはエルメシア教及び聖王国に黒幕がいた場合です。他の教会や国が犯人ならそこに賠償してもらいましょう。なので調査には全ての教会から人を派遣してはどうでしょうか?」
「…分かりました。そのようにいたしましょう」
「それでは詳しい内容は皆さんで詰めてもらってもいいですか? キチンと文書にしないと問題が出ると思いますから」
「そうね。それじゃあシズクもここからは参加してね。リア教の代表は貴女しかいないんだから」
「分かっておる。妾もここからは口を出せるようじゃしな」
話が纏まってくると、女神達は全員その場からいなくなっていた。




