第七十八話 会談
聖女と話をしてから数日後、会談の日程が知らされた。
「結構時間がかかったな」
「各教会の幹部たちが集まるから調整に時間がかかったのだろう。シズクもギリギリになるようだしな」
「残念だったな」
「…別に」
照れくさそうに顔を逸らされてしまった。からかいたくなるが、後が怖いので止めておこう。
「しかし、どんな会談になるんだろうな」
聖女があの様子だと、俺達の希望通りにはいかないだろうな。その時は切り札を使わないと。
右手の甲についた聖印に目を向ける。煩くなるだろうが、これでかなり相手の優位性を削げると思いたい。
「考えても仕方がない。ただ、私はツバキ姉さんのために動かせてもらう」
シェリルは覚悟を決めた目をしている。
「ところでシェリルにとってそのツバキさんはどんな人だったんだ?」
「そうだな。厳しくも優しい人だな。修行はビシバシとしてくるが、上手くいくと抱き着いてよく撫でてくれたな。休日は色んな所に連れて行ってくれたり美味しい物を作ってくれたな。夜もよく一緒に寝てくれたな」
本当に仲が良いんだな。だけど一つ疑問がある。
「ちなみにそれだとシズクさんは何をしてくれたんだ?」
「……」
「シェリル?」
シェリルは顎に手を当てて固まっている。
「何だろうな? 料理はツバキ姉さんがメインでたまに私が手伝っていた。掃除は私の仕事だったな。遊んでくれるのもツバキ姉さんだったし。…まあ構ってもらえていた気はするな。ぐうたらしているイメージと忙しくてどこかに行っているイメージが強いな。だけど母親代わりという思いは変わらないがな」
そう言って笑っていた。シェリルにとって二人の存在は特別なんだと実感した。
そして、そんなシェリルに甘えるコタロウ達を見ると、同じ思いを抱かれているんだろうなと思ってしまった。
「ところでシェリル。シズクさんとツバキさんは何が好物だ? 隠れ家に呼ぶなら豪華に行きたいからな」
「美味しければ何でも好きだな。だがシズクは貴様と同じ渡り人だから、直接食べたい物を聞いた方が良いかもしれんな」
俺達は会談が終わった後の事を考えながら、平和な時間を過ごしていった。
そして会談の日はあっという間に来たのだった。
普通の道は教会関係者の場所で一杯なので、俺達は魔法の絨毯に乗ってサクスム家の屋敷を目指す。
「しかし、シズクさんは時間ギリギリに着く感じなのか。事前に会えたら良かったのにな」
「仕方がない。シズクはロクサーヌ教の巫女として、枯れた大地の再生のために世界を回っているからな。忙しさは他の巫女の比ではない」
話をしながらふと下を見ると、馬車には教会のマークが書かれている。豪華な装飾が施されているのはエルメシア教、ゴツゴツして力を感じさせるのがボルボガ教、清らかさがあるのがヴィーネ教、遊び心が施されているのがフート教、余計な装飾をしていないのがロクサーヌ教、気品があるのがトルメイク教、無駄がない造りがロイド教らしい。
それぞれの性格が出ているのかもしれないな。見る分にはトルメイク教とフート教が好みかな。ただ実際に乗るなら、ヴィーネ教かロクサーヌ教がいいな。
そしてサクスム家の屋敷に着くと、七台の馬車が止まっていた。そしてオルセンさんと一人の老紳士が出迎えていた。俺達も魔法の絨毯でその場に降りた。
「これはジュンさんも丁度いいタイミングでしたな。そして始めて見るアイテムですね。空を飛べるとは何とも素晴らしいですね」
シモンさんがいつも通りに話しかけてくれたが、他の教会の面々は驚きの表情を浮かべていた。いや、エルメシア教だけは憎悪の表情だな。
「ありがとうございますシモンさん。今日はよろしくお願いしますね」
それから俺は他の人達の方を向く。
「初めまして皆さま。冒険者のジュンと申します。こちらはシェリル・ベル・コタロウ・リッカ・ムギ・メアとなります。どうぞよろしくお願いいたします」
俺の言葉に続いて全員で頭を下げる。
それに対する枢機卿や巫女達の反応は様々だ。
エルメシア教は以前俺と揉めたブレンズ枢機卿と聖女と巫女だ。誰もが嫌悪の表情で友好的な素振りは一切ない。反対にシモンさんはいつも通り孫でも見るような目をしている。メアに対してもそれは変わらなかった。
ボルボガ教の枢機卿は筋骨隆々の年配の男性で、巫女は勝気な雰囲気の女性だ。二人とも俺達をジッと見ている。俺達が本当に邪竜を倒したのか疑問に思っているのかもしれない。ヴィーネ教の枢機卿は品があるお婆さんだった。枢機卿は男と思っていたので驚いたが、ナイスバディの巫女と共にベル達を微笑ましく見ている。
フート教の枢機卿は若い男性で目が開いているのか分からないくらい細い。常に微笑んでいるような顔で何を考えているのか分からない。巫女の方は少し幼い感じだが、見て分かるくらいベル達に興味を持っているが、俺とシェリルにたいして怯えたような表情をしている。トルメイク教の枢機卿は厳しそうなおじさんだ。表情からは何も読めない。巫女の方は枢機卿を気にしており、俺達には関心がなさそうだ。ロイド教は三十代くらいの男性の枢機卿と若い女性の巫女だ。俺達に興味を持っているようだが、玩具や実験材料に見られているような気がする。エルメシア教よりもヤバいかもしれない。
「それでは皆様、中にお入りください」
観察している間に老紳士から声をかけられて屋敷の中に連れて行かれる。案内された部屋は会議室のような場所だった。俺達は下座に座り会談が始まるのを待つ。部屋の中にはサクスム家の兵士と各教会の護衛の兵士も控えている。
「待たせてしまったね。それでは始めましょうか」
扉が開いたかと思うとウォーレン様がツバキさんを連れて部屋へと入ってきた。
「さて、まずは今回の件を確認させてもらう」
「その前に一言話させていただきたい」
ブレンズ枢機卿がウォーレン様の発言を遮り立ち上がる。
「構わないが何だ?」
「いえ、この会談に相応しくない者がおりますので退席をお願いしたいのですよ」
そう言ってブレンズ枢機卿は俺達を見る。
「この会談は立場がある者達の話し合いの場。下賤な者が混じっていては場をかき乱されてしまいます。ジュウとシェリンでしたかな? このような無能な者を混ぜてはいけませんよ」
そう言いながら笑い出す。つられるようにエルメシア教の巫女と聖女も口元を隠すが笑っているのが分かる。
おしてシモンさんが反論しようと手を挙げてくれたが、先に俺が発言する。
「ウォーレン様。私もブレンズ枢機卿の意見に賛成です」
周囲がざわつく。ウォーレン様も“お前何言っているんだ?”と目で訴えてくる。
「このような場で人の名前を間違える者など無能以外何者でもありません。簡単な名前すら間違えるのですから、重要な事に関しても間違っている可能性があります。そのような下賤で無能な者は相応しくないでしょう」
瞬間、ブレンズ枢機卿の顔が赤くなった。
「貴様は私をバカにしているのか!」
「本当の事を言われたら怒鳴る。これでは建設的な意見の出し合いが出来ませんね」
「何だと!?」
拳を振るわせて、今にも掴みかかってきそうな勢いだ。
それでも俺はまだ口を止めない。
「それとも先程の間違いはわざとですか? 立場ある者がそのような悪意を振りまくのもどうかと思いますがね。他者の事よりも自分の事を顧みては?」
「おのれ!」
「そこまでだ」
ウォーレン様が間に入る。
「ブレンズ枢機卿。ジュン達はギルドの代表として参加してもらっている。偉業を果たして今注目されている存在だからな。彼等がこの会談に参加するのは大きな意味を持つのだ」
「ならばギルドマスターが来るべきでしょう!」
「彼女はエルメシア教の幹部でもあるからダメだ。この件についてはセルシオが正式な手順を踏んでいる。異議を唱えるならば、私はエルメシア教の申し立てを却下させてもらうぞ」
セルシオさん。裏で色々動いてくれていたのか。後でお礼に行かないとな。
「それからジュンもあまり喧嘩を売るような発言は控えてくれ」
「申し訳ありません」
ブレンズ枢機卿も黙った事で、ウォーレン様から今回の経緯を説明される。その内容は以前聞いたものと変わりがなかった。話が終わると、ブレンズ枢機卿が立ち上がり全体に話しかけるように口を開いた。
「今回は聖王国とエルメシア教の優秀な者達の手によって未然に事件は防がれました。しかし、少しでも遅れていたらどんな酷い事件が起こったか見当もつきません。此度の事件の犯人は全てを自白して、リア教全体として行ったと話しております。ならばリア教を邪教と認定して攻め入るのは不自然な事ではないでしょう。聡明な皆様ならば賛同してくれるでしょうな」
辺りが一度静まり返る。各々考えを纏めているのかもしれない。
「まあこれが本当なら邪教認定の上に討伐に動きても問題は無いだろうな」
「そうだねー。倒さない方が危険だからね」
ボルボガ教の二人が意見を出すと他の枢機卿達も意見を出し始めた。
「私達も概ね同じ考えですね。ただし真実ならですが」
「私も真実ならば仕方がない部分はあると思っている。だが、今回の件はエルメシア教は早計すぎる。他国のリア教の者達にも手を出して混乱や被害を拡大している」
ヴィーネ教の枢機卿はエルメシア教の調査に懐疑的なようだ。そしてシモンさんはエルメシア教の行動に怒りを覚えているようだった。
「しかしそれは仕方がないのでは? 迅速な行動をしなければ自国の被害が増える事もありますからな」
トルメイク教の枢機卿の意見にブレンズ枢機卿は笑顔を見せる。
「さすがサンボル殿ですな。クリア殿やシモン殿とは目の付け所が違います。サンボル殿の言う通り、私達が集会を開けなかったのはそれが理由ですよ。迅速な行動をとらないと被害が大きくなる可能性がありますからな」
勝ち誇った顔が胸糞悪い。
「それならもう終わりでいいんじゃないか。事後報告としてこうして枢機卿と巫女達、それに聖女様も集まったんだ。起きた事は戻せんしな。その女が死んで終わりならそれでいいじゃないか。時間が勿体ない」
発言したのはロイド教の枢機卿だ。シェリルが立ち上がり睨みつける。
「ふざけているのか」
「本気だよ。考えてもみろ。リア教はほとんど壊滅状態だ。幹部もその女を除いて全員捕らえられて処刑待ちだ。どのみちもう元には戻らねえよ。それなら話し合いなんてやるだけ無駄だ。無実だとしても消える運命だよ」
シェリルは殴りたい気持ちを必死で抑えている。それはツバキさんも同じ様だ。
「ふざけているのか」
声の主はシモンさんだ。一瞬で部屋の中が静まり返った。ふざけた態度のロイド教の枢機卿も冷や汗を流している。
「人の命が関わっているのだぞ。そんな意見を通すつもりなら…」
部屋の中に緊張が走った。そんな空気の中でウォーレン様が口を開いた。
「シモン殿。少し落ち着きなさい。それからバーグレン殿も自らの立場に相応しい言動を取るべきだ」
「「失礼しました」」
そのままウォーレン様が口を開いた。
「ブレンズ枢機卿。一つ確認したいのだが、エルメシア教はリア教が邪竜を操っていると話していたな。それは何か証拠があるのだろうか? いや確信があるからこそ大々的に話したのであろう」
「自白した者が喋っておりました。説得力がありましたので広めたまでです」
「何と言っていたのだ?」
「色々としか言えませんな。しかしリア教の施設の一つに邪竜の研究所があるのを見つけました。これ以上は機密事項もありますので喋れませんな」
色々って便利な言葉だよな。何一つ説得力を感じないんだが。
「ウォーレン殿。私からもよろしいですか」
シェリルが手を挙げて口を開く。
「研究所を見つけたという事はある程度の情報は知っているのだろう。今回はそこも効かれることは事前に知らされていたため、大司教が最低限の知識がないわけじゃないよな」
「勿論ですよシェリル殿。ただ機密事項は答えられませんがな」
「そんな事まで聞くつもりはない。だが、姿形くらいは答えられるだろう。研究所に邪竜の姿が記されていないはずが無いだろうし、機密というものではないだろう。それに細かく言う必要はない。特徴だけでいい」
ブレンズ枢機卿が不機嫌な表情に変わる。
「今更な事ですな。竜の姿で体全体が黒く、黒い靄を纏っている。他に特徴らしい特徴は無かったと思うが」
「それは神に誓えるか? 後出しで忘れていたとは言わせんぞ」
「…それは」
シェリルに気圧されたようにブレンズ枢機卿は声が小さくなっていく。
「誓えないのか?」
役者が違うな。
ブレンズ枢機卿が焦る中、巫女が口を挟んできた。
「無礼ですよ」
「私は質問しているだけだが」
「身の程を弁えなさい。ここには選ばれた者達による話し合いの場なのですよ。貴女のような者が場を掻き回して良いと思っているのですか?」
「掻き回されるならその程度の者しかいないのだろう。それに私は別に難しい事を聞いていないだろう。自分の発言に自信があればすぐに誓えるはずだしな」
見下してくる巫女を嘲笑うかのように余裕で躱す。
「それでブレンズ枢機卿はどうなのだ。言い忘れていたことがあれば、発言した方が良いのでは?」
「ふん。いちいちエルメシア様に誓っていたら議論が進まんだろう。私の言った容姿と違う所があれば答えろ」
開き直ったような態度にシェリルは呆れている。
「邪竜は体中に人や魔物の顔が浮かび上がっている。これ程特徴的な部分を忘れるとは思えないがな」
「私が受けた報告には書いてありませんでしたな。それに貴女の言っている事が嘘の可能性もあるのでは? ギルドで邪竜を見た者達からもそんな報告は受けていませんが」
自信満々に話す枢機卿だが、俺の発言に凍り付いた。
「いやあるぞ。見るか?」
「は?」
「邪竜の死体の背中にいくつか残っているぞ」
コタロウの聖魔法と俺の幻魔法で大抵は消えたのだが、残っている部分もあったのだ。じっくり見ないと分からないので俺達以外は知らないだろう。
「邪竜を出すなら外に聖魔法の結界を起動できるようにしている」
ウォーレン様は邪竜の死体を出す可能性を考えていたようで準備をしていたようだ。
「…別に出さなくていいですよ。貴方達が本当の事を言っていると一応認めてあげましょう。しかし、だから何だと言うのですか? 人は誰でも間違える事はありますし、些細な事でしょう」
「いや。この場においては些細な事ではありませんね」
発言したのはフート教の司教だ。
「エア枢機卿。理由をお尋ねしても」
明らかにブレンズ枢機卿は怒っている。だがエア枢機卿はそんな怒りもどこ吹く風だ。
「簡単ですよ。そこまで分かりやすい部分を見落としてたならば、他にも見落としがあるかもしれない。見落としていた部分を見つける事で答えが全然変わる事がありますからね。部下が報告しなかったとしても、間違いだとしてもどのみち問題ですけどね。これだとエルメシア教が杜撰な調査でリア教を邪教認定したのではと思ってしまうのですよ」
「それは理論の飛躍じゃないのかね」
ここで次はクリア枢機卿が口を開いた。
「そうでしょうか? 一つの宗派を邪教と認定するなら間違いがあってはなりません。そこに関わる大勢の人間の命が奪われることもあるのですから。そのため、発言の一つ一つには信憑性が大切になると思いますよ」
情勢が少しだけいい方向に傾きかている。そんな時に「ダンッ」と杖で床を強く叩く音が聞こえた。音の主は聖女だった。
聖女は隣の巫女に耳打ちして、巫女が代弁する。
「話がずれておりませんか。今回はリア教の邪教認定について話し合う場です。邪竜の情報についての粗を探す場ではありませんよ」
「リア教についての証言はエルメシア教だけなのですよ。その証言の中に邪竜があった。そこに間違いあれば全体の信用にも関わると思いますがね」
再び聖女は巫女に耳打ちする。
「小さい事を気にして大局を見落とすのは愚かな事ですよ。大事なのは情報の齟齬ではなく、リア教が邪教かどうかです。そして今回の件は国王も聖女様も認めた事なのですよ。私達が信用できないと言うのですか」
国王の名前まで出てくると下手な事は言えなくなる。フート教もヴィーネ教も渋い顔をしながら静かになってしまう。
だがそんな時に部屋の扉が勢いよく開いた。
「信用? 出来るわけないじゃない。そもそも自分の口で話したらどうなの。いちいち時間がかかって面倒なのよ」
「「シズク」」
現れた女性がシズクさんのようだ。シェリルとツバキさんの表情が明るくなった。
「災難だったわねツバキ。それにシェリルも。さっさとこんな茶番終わらせて皆でお茶でもしましょう」
聖女や枢機卿達など眼中に無いようだった。
「おい無礼者が! 我が国や聖女様を愚弄する気か!」
「は? 国や聖女が何をできるの? 私は自分の思った道を進む。今は親友を助けるために動くだけよ。邪魔をするなら誰が相手でも容赦しないわ」
放たれる圧力は半端な者ではない。
「力で脅す気ですか?」
巫女がシズクさんに話しかける。
「国や聖女としての地位で脅していたのはアンタ達でしょ。次そんな手段を取るようなら私は容赦しないわよ」
笑顔で話すシズクさんに聖女は表情を歪ませる。
そして話し合いはまだ続く。




