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第四十二話 覚醒

 カーテンが無くなりリング上が見えるようになった。そこまでは良かったんだ。

 だがそこではシェリルとベルが倒れて苦しんでいる姿がある。俺は一瞬現実が受け入れられなかった。


「たぬぬ」

「ベア」


 コタロウ達が泣き叫んで近づこうとしたところで俺は我に返った。

 急いでコタロウ達を引き留め、リング上で不気味な笑みを浮かべているキーノを睨みつける。するとキーノは不思議そうな顔をする。


「あれれ~?おかしいぞ~。ここは“お前がやったのか”とか言ってくる場面じゃないのか?」

「この状況でお前以外いるわけないだろ。バカかお前は。もしいたら、お前は他人の褌で相撲をとっている卑怯者だけどな」


 キーノは頭を掻きながら少しだけ不機嫌そうにする。


「言ってくれるね。俺っちをバカにしているんだろ」

「褒めると思っているのか?バカで合ってるじゃねえか」


 キーノの体がゆらりと動いたかと思うと姿が消えた。

 俺はとりあえず嵐舞を後ろに振るってみた。


「ぶっ!?」


 殴られたキーノは驚いていた。


「ワンパターンだよな。最初も俺の後ろに回っていたしな。ワンパターンばかりじゃ道化師失格だな」


 俺の言葉を聞いたキーノは一瞬固まった。そして大声で笑い出した。


「キャハハハハハハハ。弱くなったと思ったけど、やっぱり面白いよお前。お前はただじゃ殺さないよ。死を願っても殺してやらない。地獄を見せてあげるよ」


 キーノの姿が消える。そして俺は殴り飛ばされる。


「さあ甚振ってやるぜ。どうせお前程度には俺っちを捕らえられないだろ」


 何度も何度も俺は殴られる。だけどここで倒れるわけにはいかない。


「おいおい。その程度かよ。少しくらいあがいてくれないとつまらないだろ」


 俺を何度も殴ったからか、キーノは少しだけ機嫌が戻ったようだった。ただやられっぱなしは気に食わない。


「やっぱりお前は道化師失格だな。見る人を驚かせたり笑わせるのが仕事だろ。姿を消してどうするんだよ、この三流」

「……」


 キーノは姿を現した。そして怒りの表情と共に殺気を俺に向ける。


「俺っちを怒らせることだけは天才的だねアンタ」

「天才だなんて、そんなに褒めないでくれよ」

「…褒められていると思っているのかい?」

「そんな訳ないだろ。冗談も通じないとはバカだなお前。顔が悪いからメイクしていると思ったけど頭も悪いんだな。頭の悪さを隠すには喋らない方が良いと思うぞ」


 殺気がより一層強くなった。


「俺っちをここまでバカにするとはね。口が達者なようだけど“沈黙は金、雄弁は銀”という言葉を知っているかい?」

「知っているさ。だけど俺にとってお前は敵だ。お前も俺を殺そうと思っている。それなら怒らせようと関係ないだろ。黙っている方が損じゃないか。その程度の事も分からないのか?」


 そこまで言うとキーノは俺に襲い掛かってくる。単純にキーノは強い。真っすぐ俺に踏み込んできただけで、俺は動く事も出来ずに殴られる。そして俺の首を掴んできた。


「このまま折るのは簡単だけど、それじゃあ俺っちの気が済まない。あの女達と同じ悪夢を見せてやるよ」


 頭の中に嫌な映像が流れてくる。シェリル・ベル・コタロウ・リッカが血まみれで死んでいる映像だ。それだけじゃない。三兄弟やガンツさんやシモンさん。それにオッサン達や子供達もだ。そして全員が血塗れで俺を責め立ててくる。


「キャハハハハハ。どうだい俺っちの見せる悪夢は?お前にとって一番の悪夢を見せてあげているんだぜ。さあもっともっと苦しんでくれよ」


 …俺にとっての一番の悪夢がこれか。ハハハ。だからどうしたんだろうなコイツ。


「ギャア!?」


 俺は風鳥を手にしてキーノの腕を刺した。

 キーノは俺を睨む。


「何で動ける?」

「こんなの幻だろ。それにお前を放っておけば悪夢が現実になるんだよ。それだけは嫌なんでね」

「ちっ、あのリスや女も倒れた技を…貴様!」


 キーノは喋りながらシェリル達の方を見たから気づかれてしまった。まあここまで引っ張れただけで上出来だろう。


 俺に気を取られている間に、コタロウとリッカがシェリル達の介抱をしてくれていたのだ。だけど、いまだに良くなっている様子はない。


 ここからはキーノはシェリル達も狙ってくるだろう。俺はそれだけは全力で阻止しないと。俺は切り札を使用した。


 俺の手に握られていた球が弾ける。


「ギャアアアアアア!?」


 初めて聞くキーノの悲鳴。俺は何度も何度も攻撃をぶつけた。

 キーノは嘔吐しながら転がりまわる。


 だけどキーノは本物の強者だった。


「死ね」


 その言葉と同時に俺は体中に短剣がいくつも刺さっていた。血が止まらない。急いで月光水を取り出そうとするが体が動かず声も出ない。


 そして視線だけがシェリル達の方を向いている。


 ふらつきながらも怒りの形相で一歩一歩近づくキーノ。コタロウが必死に結界を張りながらシェリル達を回復させるが、間に合わないだろう。


 リッカが勇敢にも結界から出てキーノに攻撃を仕掛ける。だが、リッカの戦闘人形達は俺と同じく短剣を突き立てられて動かなくなる。


 そしてキーノはリッカを踏みつけて動けなくして短剣を握った。


 歪んだ笑みを浮かべて俺の方を見た気がする。


 動けよ俺の体!動かないと大事な家族が殺されるんだよ!


 ふざけんな!ふざけんな!ふざけんな!ふざけんな!


「あああああああああ!!」


 この感じは覚えている。賊と戦った時と同じだ。頭の中が赤く破壊の衝動に染められる。だけど今はそれに身を委ねよう。


「あああああ!!」


 吼えながら俺はキーノに向かっていた。体がとても軽く調子がいい。キーノがリッカに短剣を刺す前にたどり着けた。


 驚くキーノを殴り付ける。キーノは吹き飛ぶがフワリと着地した。


「お前……何だよそれは」


 キーノが何か言った気はするが耳に入ってこない。

 俺はリッカをコタロウの側に置くと、その周囲を魔力で包み込んだ。コタロウが不安そうに俺を見ていた。


「ああああああああ!!」


 空間内に嵐が巻き起こる。強烈な風と雨がこの空間を壊していく。客席もリングもカーテンもなくなり、段々と更地へと変わっていく。


「俺っちの物を壊してくれたね」


 キーノの姿が消えて目の前に現れた。だが俺は何もない横を殴り付ける。


「は!?」


 驚くキーノ。今度はいくつもの分身を作って攻撃を仕掛ける。俺の体からは強風が吹き荒れてキーノ達を吹き飛ばす。


 そして地面に向かって滝のような雨を降らせて地面を破壊する。


「ぐぁっ」


 そこにもキーノがいた。今の俺には手に取るようにキーノの動きが分かる。


 俺はキーノに向かって風のをいくつも放った。風の刃はキーノを切り刻むが、キーノは笑っていた。


「俺っちは切られた所でくっつくんだよ」


 言葉通り切れたパーツがくっつき始める。俺はまだくっついていないパーツを掴むと握り潰した。


「ギャ」


 悲鳴が上がる。傷は再生したようだが痛いらしい。

 ああ、楽しくなってきた。


 段々と意識が薄れてくるのが分かる。

 俺は何のために戦っていたんだっけか?……そうだ。楽しいからだ。壊すのが楽しいから戦っているんだ。


 目の前のコイツ。あれ?名前なんだったから?まあいいや。何か反抗してくるけど風と水で黙らせればいい。


 追尾してくる短剣、爆発するぬいぐるみ、刃が仕込まれているボール、毒蛇。色々してくるけど大丈夫だ。全部壊せる。


 ほら黒い風が吹き荒れる。風に触れた武器は粉々だ。…アイツは何を驚いているんだ?まだ終わっていないんだぞ。見ろよこの黒い水の波から逃げられるのか? アハハハ。溺れちゃっているよ。それにしてもまだ武器を隠していたんだな。壊れちゃったけど。


 楽しいな。タノシイナ。モット モット モット コワレチャエ。


 ナンデ オビエテ イルンダロ? オマエモ オナジコト シテタノニ?


 アレ? キゼツ シチャッタ。


 マアイイヤ アトハ コイツヲ コワスダケ

 

 ソレデオワリ "ゼンブ" オワリ



 三人称視点


 コタロウは弱い自分を恨んでいた。ジュンがキーノを挑発して時間を稼いでくれたのに、ベルとシェリルを回復させる事が出来なかった。


 そしてキーノに気がつかれた。コタロウは怖かった。大好きな人達が動かなくなっていく。守るべき弟分のリッカまで自分達を守るためにキーノに立ち向かって行った。


 そこまでしてくれたのに、自分の力では満足に治すこともできていなかった。


 そしてジュンが豹変した。この前と同じ状態になってしまった。ジュンはキーノを吹き飛ばしてくれた。お陰でリッカはケガをしているが、致命傷にはならずにすんだ。


 だけどコタロウはジュンがいなくなってしまう予感がしていた。再びジュンとキーノが戦い出した時、コタロウは涙を流していた。


 コタロウは欲張りなのだ。初めは家族を求めていた。そのためジュンとベルとの出会いは嬉しかった。だが、暮らしていくうちに母親も欲しくなっていた。そう思っているうちにシェリルが一緒に行動するようになった。コタロウは喜び甘えていた。


 その次は弟だ。兄がいるから今度は弟が欲しくなっていた。リッカが動いた時は本当に喜んだ。


 コタロウはそんな家族が大好きだった。だからこそ、そんな大事な家族がいなくなりそうな現状が嫌だった。


「たぬぬ。たぬー!!」


 悔しくてコタロウは力を求めた。動かない家族や壊れていく家族を見たくない。宝物を失いたくない。そんな思いが、コタロウの力を引き出したのだ。


 聖魔法の輝きが増していく。シェリルとベルの顔が穏やかになったかと思うと意識を取り戻した。


「ここは?」

「キュー」


 コタロウとリッカは喜んだ。だが安心は出来なかった。今度はジュンの雄叫びが大きくなっていたのだ。そして何度も何度もキーノを殴っていた。


 コタロウとリッカだけでなく、気がついたばかりの二人も同じ事を感じた。ジュンがキーノを倒せばジュンが壊れてしまうと。


 動き出そうにもシェリルもベルも万全ではない。距離があり間に合わない。だけど何故かコタロウはシェリル達の側におらず、ジュンとキーノの間に入り結界を張っていた。


「たぬぬ。たぬぬ。たぬ。たぬー!」


 コタロウの必死の呼び掛けにジュンは口を開いた。


「ナンダ ジャマ スルノカ? ナラ サキニ コワス」


 コタロウの声も今のジュンには届かなかった。そしてコタロウに向けて殴りかかった。


 逃げることの出来ないコタロウは目を瞑って泣いていた。


 そしてコタロウは全然衝撃が来ない事に疑問を感じて目を開ける。


 するとジュンが赤い涙を流しながら、殴ろうとしている手をもう片方の手で止めていた。


「ナンデ コワセナイ? ハナセ ハナセ ハナセ」


 必死に動かそうとしているが、もう片方の手がそれを許さない。ならば魔法をと思ったのだが、それすらも上手くいかない。


 そしてシェリル達もジュンの側へと駆け寄ってくる。


「クルナ クルナ クルナ クルナ」


 ジュンは全てを壊そうとするが、体が動こうとしない。


「ジュン!戻ってこい!」

「キュキュ!」

「たぬぬ!」

「ベア!」


 全員の呼び掛けにジュンは頭を抱える。


「ウルサイ ウルサイ ウルサイ」


 ジュンは苦しみ出す。その時、シェリルが何かを取り出した。


「これでも食ってろ」


 シェリルはジュンの口に何かを押し込んだ。


「うぉ!?不味い。え?何これ。おぇ」


 ジュンは何かを吐き出すと、いつもの雰囲気に戻っていた。地面には泥団子が転がっている。


「あれ?俺は」


 ジュンは何が起きたか思い出せないでいた。そして力を思い切り使ったため、体に力が入らない様子だ。


 そしてそんなタイミングでキーノが目覚めてしまった。


 気絶していたキーノも何が起きたのかは分かっていないが、全員殺すだけだと襲いかかる。


 ジュンもシェリルもベルも戦えない状態だ。そのため動いたのはコタロウだった。


「たぬー!」


 コタロウは光の矢を放った。キーノにとってはコタロウの攻撃など蚊に刺された程度にも感じないはずだった。


 だが今のコタロウは違う。光の矢は傷ついたキーノを吹き飛ばす力を持っていた。


「ぐぁ!?今度は狸かよ。何なんだコイツらは!」


 キーノは怒っていた。本当は甚振って、自分が楽しむはずだったのに、悉く邪魔される。自分は選ばれた存在なのに凡人のコイツらが邪魔をするのはあってはならないと理不尽に怒っていた。


 だがコタロウの方がもっと怒っていた。大切な家族を失いそうになった怒りはキーノの怒りとは比べ物にならない。


 キーノは姿を消した。奇襲を仕掛けるつもりだったのだ。しかしコタロウにはキーノの姿が見えている。正確にキーノを狙って魔法の矢を放ち続ける。


 そのコタロウの姿にはジュンもシェリルもベルも驚いていた。


 そしてコタロウが動いたと思うとコタロウは目の前から姿を消した。


「何!?」


 キーノの声が聞こえて視線を動かすと、キーノの背後にコタロウがおり動きを封じていた。


「たぬぬ!」


 コタロウの魔力がどんどん大きくなっていく。その魔力はベルとは正反対の物だった。


 キーノは直感的にくらってはいけないと感じたが体が動かず、恐怖で顔がひきつっていく。


「たぬぬ!」


 上から聖なる光が降り注ぐ。


「ギャー!」


 キーノの体から黒い塊が出てきてどんどん消えていく。


「嫌だ嫌だ嫌だ!死にたくない。俺はせっかく選ばれたんだぞ!俺は支配する立場になるのに何でこんなところで」


 そう言ってキーノは動かなくなった。ジュンとシェリルが確認したが確かに死んでいた。だけどその姿は只の人間のように思えた。


 そしてその死体も光となって消えていく。残ったのはドロップアイテムらしき、小さな水晶玉だけだった。

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