第四十三話 夢か現か
キーノを倒すと、魔力を使い果たしたコタロウはその場に倒れる。
「コタロウ」
「ベア」
シェリルとリッカがコタロウへと向かう。俺も向かいたいが生憎と俺も動くことが難しい。
ベルはそんな俺を気にかけて側に控えてくれている。
「悪いなベル。お前もコタロウの事が心配なのに」
「キュキュ」
気にするなと言いたげに俺の肩に乗ってきた。そしてシェリルがコタロウを抱き上げて戻ってくると、キーノの作ったこの空間が崩れて元の場所に戻る。
「ジュン。隠れ家に戻るぞ」
「…すまん。今は無理みたいだ」
シェリルに言われて隠れ家の入り口を開こうとするが、魔力が上手く使えず入り口を開けない。
「そうか。そうするとこれが役に立つな」
シェリルはこの前手に入れたばかりの"ミラージュハウス"を取り出した。
俺達の周囲を霧が包み、気が付くと知らない家の中にいた。
「…微妙だと思って申し訳なかったな」
「持っていて助かったな」
シェリルは最初にコタロウをソファーに寝かせると、今度は俺に肩を貸してくれた。シェリルも疲れているのに申し訳ない気分になる。
「私は寝れそうな部屋を探してくる」
「ベアベア」
シェリルが動こうとすると、リッカがそれを止めて自分が代わりに動き出す。
「シェリルも休んでいようぜ」
「そうだな。リッカの厚意に甘えさせてもらおう」
するとリッカは部屋を見つけたようで、俺達に声をかける。
「あそこの部屋か。ジュンは少し待っていろ」
「面倒をかけるな」
シェリルは先程と同じくコタロウを部屋へと運んでいった。そして次に俺に肩を貸してくれる。
案内された部屋にはベッドが二つ置いてあった。さすがに普通のサイズでしかないが、俺とシェリルが別々に寝ればベル達は問題ないから大丈夫だろう。
俺達はベッドに倒れるように横になると。そのまますぐに眠っていた。
そう眠ったはずだ。だから今俺が見ているのは夢のはずだ。
俺が全てを壊しているのは夢に過ぎないはずだ。いつもの隠れ家の中でシェリルやベル達、タカミの街の人々、キーノを殴って笑うはずがない。
『本当にそうか?』
狂ったように笑っている俺が問いかけてきた。
そうだろう。隠れ家の中にこんなに人は入れたことがないからな。
『無意識に許可したんじゃないか?』
そうだとしても、ダンジョンの中に街の人々がいるはずがない。それにキーノは消えただろ。
『そっちが夢だったんじゃないか?』
いい加減にしろ!バカな問答には付き合いきれない。そろそろ休ませろ。
『ならお前はずっと休んでろ。俺に暴れさせろ』
やだね。さっき暴れただろ。そしてコタロウまで壊そうとしただろ。
俺は俺に対して睨みつける。
『わがままだな。力を貸さなきゃお前達は死んでいたんだぞ』
わがままで結構。それが人間だからな。
『お前は本当に自分が人間だと思っているのか?』
違うなら教えろ。もったいぶるなよ。
『構わねえよ。お前は×××××だ。それも×××のな』
は?何て言った?おい、おい。
『まだ聞こえねえか。まあいい、忘れるなよ。俺はお前なんだ。俺を取り込まないと、お前は俺に取り込まれるからな。その時はお前の大事な家族はいなくなるかもな』
そこで俺は目が覚めた。
最悪の目覚めだ。体が痛いし怠いし気持ちが悪い。
「水だ」
シェリルが既に起きており、表情の優れない俺に水を渡してきた。
「ありがとう。……どこから持ってきたんだ?」
「私のアイテムボックスに入れている物だ。一通りの食料や簡単な武器くらい入れているに決まっているだろ」
「それもそうか。ところでコタロウはどうだ?」
俺はまだ眠っているコタロウに目を向ける。側には心配そうなベルトリッカもいる。
「ずっと眠っている。呼吸は安定しているから大丈夫だとは思うが」
「そうか。しかし昨日のコタロウの力は何だったんだろうな」
「キースが最初に言っていただろ。"神獣"と。もしかしたら本当にそうなのかもしれん」
神獣ねぇ。普段のコタロウを見ているとそうは思えないけどな。
「もしコタロウが神獣だとすると何かを不味い事はあるのか」
「神獣は神の使いでもあるし、神そのものでもある。教会が黙っていないだろう」
「そうか。……コタロウが神ならコタロウ教か?エルメシア教より入信したいな」
俺の言葉にシェリルは軽く笑った。
「そうだな。それなら私も入信するだろうな。ちなみに御利益は何なる?」
「"家内安全"や悠々自適"とかじゃないか」
「確かにコタロウにはピッタリだな」
俺達は互いに笑ってしまった。
「さてと、俺の方は隠れ家の入口を開くぐらいには力が戻ったみたいだ。向こうの方が月光樹の力もあるし移動しないか?」
「ああ。しばらくはそちらで休もう」
俺達はゆっくりと移動を開始する。コタロウは昨日に引き続きシェリルが抱えてくれている。
そして俺達は隠れ家に戻ると、部屋ではなく初めに海へと向かった。
「どうしてこっちにしたんだ?」
「セラピードルフィン達に協力してもらおうと思って。シェリル達もまだダメージが抜けていないだろう」
俺達がソファーが置いてあるデッキに出ると、数体のセラピードルフィンが近づいてきた。俺はセラピードルフィン達に声をかける。
「すまない。皆の力を借りたい。“癒しの波動”を俺達に使ってくれないか」
頼み込むと一体のセラピードルフィンがどこかへ消えたが、残りのセラピードルフィン達から心地よい空気が流れる。
俺達はソファーに座って目を瞑るのだが、瞑る前には大勢のセラピードルフィンが近づいてくるのが見えていた。
そして俺は再び夢の中へと入る。今回の夢には狂った俺は出てこなかった。その代わり生前の俺がいつも通りに働く姿があった。
毎朝同じ時間に起きて会社に向かう。周りと軋轢を生まないように常に自分を殺している。食事も一人で食べる事が殆どだ、自炊は面倒だから総菜を買ってくることが多い。
休みの日はどこかに出かける事もせずに家でゴロゴロした生活を送っていた。
充実した生活とは言えないが、これはこれで俺は満足していた。死ぬことがなければ俺はこの生活を続けていたと思う。そんな生活が自分勝手な理由で壊されたかと思うとムカついてくる。
そう思うとエルメシアの姿が見えてきた。現実ではない事は分かっている。でも一発ぐらい殴らないと気が済まない。俺はエルメシアに向かって足を踏み出していた。
しかしそんな時だった。俺の事を誰かが引っ張った。
「キュキュ」
その正体はベルだった。ベルは俺の事を違う場所に連れて行こうとしている。ベルが指し示す先には“満腹亭”だ。三兄弟やいつものオッサン達だけではなく、シェリル・コタロウ・リッカもいる。それだけじゃなく“歴戦の斧”や“大樹の祝福”、サイラスさんや孤児院の関係者もいた。
「キュー♪」
気が付くとエルメシアの姿は消えていた。俺はベルに引き寄せられるように“満腹亭”へと向かう事にした。その時、ハッキリと俺の声が聞こえた。
『もう少しだったんだがな』
俺は聞かなかった事にして、ベルを肩に乗せながら皆が待っているる場所へ向かった。
………
……
…
「重い」
目を覚ました俺の顔にはベルが張り付いていた。しかもご丁寧に涎を垂らしている。
「ふふ。仲が良いな貴様等は」
シェリルは既に起きていたようで俺とベルを笑って見ていた。心なしか寝る前よりも表情が良くなっている気がする。そしてシェリルの膝の上に寝かされているコタロウも薄っすら笑みを浮かべている。
「しかし彼等は凄いな。大分楽になったぞ」
「そうだよな。本当にありがたいよ。お礼をしないとな」
俺は通販で大量に魚を購入した。正直ポイントがかなり消えてしまったが仕方がない事だ。恩には形で返さないといけないからな。
魚を投げるとセラピードルフィン達はパクパク食べては嬉しそうに声を上げる。これで恩を返せたとは思ってないから、定期的に魚を購入しようと心に決めた。
「…たぬ」
するとコタロウの目が覚めた。コタロウは立ち上がろうとしたらしいが、そこまでは回復していないらしい。
「コタロウ大丈夫か?」
「…たぬ?」
まだボーっとしているようだ。だけどコタロウの目が覚めた事で俺たち全員ホッとしていた。そして俺達はセラピードルフィンにお礼を言ってからいつもの部屋へと戻る。
「たぬぬ」
コタロウをベッドに寝かせようとするが、皆と一緒にいたいようで首を横に振る。なのでリビングのソファーに座らせて俺達は隣に座る。
「コタロウありがとうな。助かったよ」
俺はコタロウの頭に手を置いてワシャワヤと撫でる。コタロウはくすぐったそうにするが表情が緩んでいる。ベルとリッカもコタロウに近づいては撫でたりお喋りをしている。
少しずついつもの雰囲気に戻ってきたことに俺とシェリルは安堵する。
「ところでアイツは何だったんだろうな。ドロップアイテムも変な物だったし」
俺はドロップアイテムである水晶玉を出してみた。
“囚われた魂”
何者かの魂が封印されている。解放する方法は魂によって異なる。
「キーノの魂でも入っているのか?」
「いや、キーノは確かに消滅したはずだ。あの黒い靄こそがアイツの魂だと思うぞ。…考えても仕方が無いから仕舞っておけ」
「そうだな」
アイテムは仕舞って俺達はとにかく回復に努める事にした。
その夜は一つのベッドで皆で寝ることになった。俺とシェリルは別々のベッドで寝ようとしたのだが、コタロウは俺達を掴むと離す様子が無かったのだ。
よほど皆と一緒にいたいのだろう。ベッドは広さもあるので俺達はコタロウを挟むような形で寝ることになった。ちなみにベルとリッカが気を利かせて卵もしっかり持って来てくれた。皆でくっついて寝るのは少々暑かったが俺も安心してしまった。
そして俺達は十日間ほど隠れ家でゆっくり過ごすことにした。三日目俺とコタロウ以外は完全に動けるようになり、俺も四日目、コタロウも五日目には完全に動けるようになった。
そうすると少しずつ訓練も始まっていく。コタロウにあの時の力を出せるか聞いてみると、張り切って庭で使おうとしたのだが上手くいかなかった。どうやら俺と同じようだ。コタロウは残念そうにしていたが、皆で声をかけ海やプールで遊んでいる内に元気になってくれた。
そして翌日から探索を開始しようと決めた日の夜。コタロウからとんでもないお願いをされた。それは皆で温泉に入りたいという物だった。
それを聞いたシェリルの反応だが実にあっさりしていた。
「まあ構わんぞ。それなら行くか」
「たぬ♪」
え!?
そのままシェリルはコタロウと一緒に歩き出す。俺は本当に良いのかと思いその場で固まってしまう。
「貴様は何をしているんだ早く行くぞ」
シェリルに促されて俺は動き出した。そして気が付いたら本当に皆で温泉に入っていた。
横にはシェリルが座っており、目の前ではベル達がバシャバシャと泳いでいる。
「今更だけどシェリルは良かったのか?」
「別に私達しかいないのだから気になどしない。…貴様にはもう見られてしまったしな」
そう言ってジロリと見てくる。
プールの出来事の話だよな。あれは不可抗力じゃないか。
そんな事を考えていると、俺の顔にお湯が飛んできた。
「キュキュキュ♪」
「たぬぬー♪」
「ベアベア♪」
犯人であるベル達は大笑いしている。
「お前らな」
ベル達は笑いながら泳いで俺から距離を取った。
「フフフ。貴様に構ってもらいたいのだろう」
「だとしても他にもやり方はあると思うけどな。…ほらお前ら。体を洗うからこっち来いよ」
呼びかけると再びバシャバシャと泳いで戻ってきた。そんなベル達を抱えると洗い場へと運んでいく。タオルを巻いたシェリルも一緒だ。
そしてベル達を座らせるとシェリルと一緒に洗い出す。
「キューキュー♪」
「たーぬー♪」
「ベーアー♪」
全員が気持ちよさそうな声を出してまったりとしいている。そして洗い終わりお湯を掛けると全身を振るわせて水を飛ばしてきた。
「好きだよなそれ」
遊ぶベル達をタオルで拭いていると、シェリルから声をかけられる。
「次は貴様が座れ。キーノとの戦いで頑張ったご褒美だ」
俺は座らせられるとそのまま背中を洗われた。ちなみにベルは俺の髪を洗い、コタロウとリッカは俺の足をそれぞれ洗っている。何だろうこの状態は?なんか夢の中にいるようだな。
そのまま俺は全員に洗われ続ける。ただ、シェリルは普通に洗うのだが、ベル達は悪戯をしたくなるようで、たまにくすぐってくるから質が悪い。ただそれが楽しいと思ってしまう自分がいるんだよな。
「中々がっしりしているのだな」
「そうか?」
「ああ。見かけより鍛えられている気がするぞ」
「キュキュ」
シェリルの言葉に頭の上のベルが胸を張る。まあベルの言う通りにトレーニングを続けていたから間違いではないな。
「フフフ」
そんな様子を見てシェリルは微笑んでいた。
「面白いか?」
「面白いというか楽しいな。貴様の背中を流すのも何だか懐かしく感じるしな」
小さい頃に父親の背中でも流していたのだろうか?よく分からないが機嫌がいいから良しとしよう。
その後も温泉を堪能しながら楽しい時間を過ごすのだった。そしてこの日以降。皆で温泉に入るのが当たり前になったのだった。




