幕間①
居場所はどこに(三人称視点)
ベルは元々は普通の妖精リスだった。ほかの仲間と比べて違う所と言えば食欲旺盛なところぐらいだった。そして群れには優れたリーダーがいたため、ベルは平和な生活を送れていた。そしてベルはそんな仲間達との生活が大好きだった。
「キュキュ」
「キュー」
「キュキュー」
「「「キュキュ♪」」」
互いにふざけあったり遊んだりと、笑い声がよく響いていた。
敵が出てきても群れのリーダーが的確な指示を出して対処できていた。
食事は皆で分け合い、寝る時は身を寄せあう。仲間達との距離は近くて、一生こんな生活が続くのだろうと疑わなかった。
しかし、そんな思いは打ち砕かれた。
「ガォー!!」
強力な魔物がベル達の住む森を襲ったのだ。魔物は血で化粧をしたような姿の黒い虎だった。その黒い虎は恐ろしい気配をまき散らしながら森を破壊していく。
腕を一振りすれば森の魔物や木々が倒れていく。一声鳴けば大気が震えて恐怖で動けなくなる。一歩足を動かすだけで逃げている獲物に追い付いている。逃げる事はまずできない。
ベル達もリーダーの指示で応戦した。地の利を活かして惑わしたり攻撃を仕掛けたのだ。だがベル達の攻撃は焼け石に水だ。ダメージを与える事などできなかった。
そして黒い虎の大きな手が振るわれた。ベル達は吹き飛ばされて傷だらけだ。ベルはその時怒りを覚えた。自分の仲間が泣いている。自分達の森が壊される。それが許せなかった。
「キュー!!」
どうせ死ぬなら一矢報いてやろうと特攻を仕掛けた。そんなベルに黒い虎は無慈悲な一撃を繰り出す。ベルは火事場のバカ力でその攻撃を避けた。そして黒い虎に噛みついてやった。
その時初めてベルのある能力が発動した。その能力は“悪食”だ。どんな物でも食べてしまう能力で、ベルはその能力によって黒い虎の力を奪った。
ベルは体からは黒い力が溢れ出す。その力はベルに強大な力を与える反面、ベルの体を傷つけていた。
黒い虎はベルの方を見て狂気を含んだ不気味な笑みを浮かべた。ベルは痛む体を無視してその力を使った。力の正体は闇魔法だ。ただし少々異質なものである。“悪食”の能力が混ざっているのかベルの闇魔法は全てを飲み込んでいく。
黒い虎はなぜかベルの攻撃を避けなかった。そしてベルの強烈な一撃が黒い虎の命を奪う。黒い虎の体はどんどん崩れていく。そして黒い虎はベルに向かって「ありがとよ」と一声鳴いた。そして最初と変わらず、狂気的な不気味な笑みを浮かべて完全に消えたのだった。
ベルは黒い虎が完全に消えた事を確認すると周囲を見まわたした。
そこには倒れた木々やボロボロになった草花があった。ベルは涙を流した。森は自分達の家だった。勿論色んな魔物が生活しているため争いはあるが、それでも大好きな家なのだ。それが無残な姿に変わってしまった。
「キュキュー!!」
涙が地面に零れ落ちる。ベルは森を返せと強く願った。すると奇跡が起きる。
どんどん森が生き返っていくのだった。倒れた木は再び大地に根を張り起き上がり、朽ちた草花は新しい植物へと生まれ変わっていく。
ベルは喜んだ。だがそれと同時に体に激痛が走る。
「キュー!?」
ベルの体には二つの力が渦巻いていた。一つは黒い虎から奪った全てを飲み込む闇の力。もう一つは命を生み出す植物の力だ。相反する二つの力はベルの体を傷つけた。ベルはそのまま倒れてしまう。
仲間達はベルに駆け寄って声をかける。だがベルにその声は聞こえない。そしてベルの体からは徐々に黒い虎と同じ恐ろしい気配を感じられるようになった。
仲間達も含めて周囲の魔物はベルから距離を取った。先程の悪夢がまた繰り返されると思ったからだ。
「キュキュ?」
ベルは苦しみが治まってきたのか何とか立ち上がった。するとそこには怯えている仲間達がいた。
「キュキュキュ」
ベルが近寄り声をかけると、仲間はひれ伏して許しを請うように怯えていた。いや、仲間達だけではない、周囲の魔物全てが同じような状態だった。
自分に対して怯えていたのだとベルは理解してしまった。そして自分の中に黒い気持ちが芽吹いている事が分かった。
ベルは仲間達が大好きだった。皆との遊び、皆での食事、皆での睡眠。そのどれもが大事な宝物だ。ここにいたら自分がその宝物を壊してしまう。そう判断したベルは泣きながら森を出た。
仲間達はベルを追う事は出来なかった。そして自分達を助けてくれたベルに何もできなかったを悔やんだ。ベルに対して怯えてしまった自分達を恨んだ。だからベルの仲間達は、ベルがいつでも帰って来れるように森の住処を守り続ける事を誓った。
森を出たベルは当ても無く彷徨った。そして自分の中の黒い気持ちを抑えることに必死だった。しかし、同族が人に捕まっているのを目撃してベルは黒い気持ちに飲み込まれた。
体が勝手に動いて周りの物全てを食べたくなったことまでは覚えている。だがそこからの意識ははっきりしない。
暗く誰もいない孤独な空間。食べ物は無い。仲間もいない。ベルの心はそんな場所にいた。ひたすらお腹が減り喉が渇く。どれだけの時間いたのか分からない。ベルの意識は消えかけていった。
だがその時に知らない映像が流れ込んできた。それと同時に何故かとても楽しく懐かしさも感じてしまった。そして誰かが自分を優しく撫でた。
「大丈夫か?」
優しく自分を撫でてくれる手。そして美味しい果実が口元に運ばれた。そこで意識がハッキリした。
「キュ!?」
ベルは驚いてその場から離れた。その時に見えたのは数人の人間達だった。それは同族を捕まえていた人間とは違った。お礼を言う事は出来なかったが、自分を救ってくれた人間には心から感謝した。心も体も少しだけ軽くなったベルは、走り続けて適当な森に住処を作った。
生活に困ることは無かった。食料も豊富にあり、ベルより強い魔物もいなかったからだ。だがベルは満たされない何かを感じていた。それを埋めるかのようにベルは食べ続けていた。
そんな生活を送っていると、森の中をさまよっているジュンを見つけた。
ベルは興味本位で後を付けていた、すると見たこともない食べ物を食べ始めた。
自分を抑えきれなかったベルは、ジュンが視線を外した瞬間に弁当に飛び込んだ。初めての味は手が止まらなかった。少し食べて戻るつもりだったのだが、そのまま食べ続けてしまった。すると当たり前だがジュンに見つかった。
箸を伸ばされると攻撃かと感じて尻尾で払った。
するとジュンは軽く笑って別の食料を取り出していた。今のうちに食べてしまおうと急いで食べたためか、ベルはのどに詰まらせる。
ジュンが飲み物を渡してくれたのでベルは飲み物を飲み干した。それが美味しかったのでお代わりを要求するとジュンは笑いながらお茶を注いでくれた。
ベルは少しだけ温かさを感じていた。お礼に少しだけ見守ってあげようと思いベルは一旦ジュンから離れた。だけどジュンはベルの思った以上に強かった。それで安心したのだが、いつもは森の奥で眠っているだけの魔物が動き出した。
運悪くジュンはその魔物の射程内にいた。一瞬のうちにジュンはその魔物に引き寄せられてしまった。
ベルは急いで走ったが、最悪も想定していた。だけどジュンは生きていた。だから助けることにした。魔物を倒すと、ジュンが手を伸ばして誘ってきた。
昔の事を思い出して戸惑ってしまうが、自分の力を見ても誘ってくれるならジュンを信用してみようと思ったのだ。何よりベルはもう一人で生活するのが嫌になっていた。
ジュンに連れて行かれた場所はベルも驚いた。とても穏やかな空気が流れてキレイな花弁が舞っていた。ベルは楽しくなってしまう。
ジュンに声をかけられて時間が経っていた事に気が付く。急いで木から降りてジュンの肩に飛び乗った。建物に入るが、どれも見た事のない物ばかりで色んなことに興味が引かれてしまう。そして案内された部屋も面白そうだった。
あちこち見て回った結果。高い所から布団にダイブするのが一番楽しかったようで。何度も繰り返して遊んでいた。その内いい匂いがしたり、見たことも無い物が増えたりしていた。
そして肉や食材の匂いが強くなると我慢ができずにテーブルに急いだ。そこで食べさせてもらったお肉は美味しかった。もう言葉では言い表せない程美味しくて箸が止まらない。あっという間に食べ尽くすとジュンに寄り添って横になった。
その後はお風呂という物をジュンから説明されて入る事にした。大きく温かいお湯は遊ぶのにも最高だったし、泡で遊ぶのも楽しかった。小さな滝を上るのは難しいがジュンが驚くのが面白かったし、上がった後の温かい風は気持ちが良かった。
寝る前には毛も整えてくれてもう最高としか言いようがなかった。何より寝る時に一人じゃないことがベルにとっては一番嬉しかった。
翌朝はいい気分で起きる事ができた。そしてジュンから「一緒にいたい」という言葉を聞いた時、ベルは踊りたい気分だった。そして“ベル”という名前を貰ってジュンとのつながりができた。
ベルは久しぶりに自分の居場所を見つける事ができた。ジュンの隣を守るために、ベルは頑張ろうと心に誓ったのだ。
◆
家族を求めて(三人称視点)
コタロウは産まれてすぐに群れから捨てられた。理由は種族にある。コタロウの両親や兄弟は“化け狸”だがコタロウは“天狸”だ。“天狸”は神の使い。普通の魔物とは逆の力を持っている。そのため、コタロウの両親たちはコタロウを危険と判断して群れから追い出したのだ。
「たぬぬ」
独りぼっちが当たり前だったが寂しさに慣れることは無かった。たまに、他の“化け狸”の群れを見つけると仲間に入れてほしくて近づくが、威嚇され追い返されてしまう。
群れで楽しそうに生活している者達がとても羨ましかった。一緒にご飯食べたい。一緒に遊びたい。一緒に笑いたい。一緒に眠りたい。そんな願いを胸に抱きながらコタロウは生活をしていた。
まだ幼いコタロウはその日の食料を得るのも一苦労だった。時に他の魔物に追われてケガをすることもある。能力のおかげで何とかなっているが、日に日にコタロウは弱ってきた。
「たぬぬ。たぬ」
この日もコタロウは朝から食料を探していた。だが、近隣の食料は既に取り尽くしていた。疲れた体を引きずるようにコタロウは少し遠くへ足を伸ばした。
コタロウは疲れが溜まっていた。そこで見落としがあったのだろう。他の魔物に気が付かずに近づいてしまっていた。その魔物はオーク。オークにとってはコタロウは餌にしか見えなない。
「たぬぬ~」
コタロウは一目散に走った。「助けて」と泣き叫びながら。全速力で走るが栄養不足・睡眠不足・疲労などでオークとの距離は縮まってきた。もうダメだとコタロウは諦めかけていた。
そんな時に、ジュンとベルに出会った。
最初は生きることを諦めた。どうあがいてもどちらかに殺されてしまうと思ったからだ。
だけどジュン達はコタロウの想像とは違う行動をとった。
ジュンがオークを相手にして、ベルがコタロウの側に寄り添ってくれたのだ。
ベルはコタロウの頭を撫でながら「大丈夫」と優しく声をかけていた。コタロウはまだ怖かったが優しいベルの手が心地よかった。そしてジュンがオーク達を倒すと、ベルがコタロウに安全になった事を教えてくれた。
コタロウはジュンに感謝をした。そしてベルから「ご飯食べるから一緒に行くよ」と言われてジュンに抱っこされた。
コタロウは期待と不安が混じった複雑な気持ちがあったが、自分の頭を撫でてくる手がとても暖かく感じられた。そして黒い渦が現れたかと思うとその中に連れて行かれた。
するととてもキレイな場所に連れて行かれて。驚きのあまり固まってしまった。気が付くと目の前には美味しそうな果物が置かれている。
「たぬ?」
美味しそうだが食べていいのかが分からず固まっていると、ベルが美味しそうに食べ始めてコタロウにも勧めてきた。一つ食べてみると、とても甘くて美味しかったため手が止まらなくなった。
すると今度は温かいご飯が用意された。スプーンを貰って一口食べてみると温かさが体に染み渡る。お代わりしても良いと言ってもらえて嬉しかった。そして何杯もお代わりするベルには驚きを隠せなかった。
お腹が一杯になったコタロウは睡魔に襲われた。浮遊感を感じたがその振動すらも余計に眠気を誘う。そしてフカフカした場所に置いてもらった。しかし体から離れていくジュンの手に寂しさを覚えて、無意識的にコタロウは掴んでいた。
そして暫くすると体が包み込まれるような温かさを感じた。そのままコタロウは眠りについた。
目が覚めたコタロウは先に起きていたベルに誘われるまま、ジュンの頬っぺたを突いたりしていた。ジュンは起きると当たり前のようにベルとコタロウを抱き上げて膝の上に乗せた。そこで一緒に行かないかとコタロウは誘われた。
初めは意味を理解できずに茫然としていたが、意味を理解すると嬉しくなって飛びついた。目からは涙零れるが、今までとは意味が違う。ジュンの胸に顔をうずめながら喜びを嚙みしめていた。そして“コタロウ”と名付けられた。
コタロウは産まれて初めての家族を手に入れた。大きくて優しくどこか不思議な父と、小さいがとても頼りになる兄。種族こそ違うがコタロウにとってはかけがえのない家族だった。
 




