幕間②
欠落した記憶(シェリル視点)
私は王都のスラムで産まれた物心ついた時には親の姿は無く、ゴミ箱を漁るような生活を送ってきた。ただ、シェリルという名前だけは不思議な事に覚えていた。
スラムでの生活を不幸だと思ったことは無い。正しく言えばそんな事を思う暇などなかった。生きる事に精一杯だったのだ。そんな私だったが、気が付くとシズクという女性に育てられていた。私には数か月間の記憶が無い。
いつも通りに食料を集めていたはずだったのが、いつの間にかシズクの家におり鍛えられていた。正直言えばありがたかった。食事も出してもらえて生きるための術を教えてもらえた。そして首に付けられているキレイなペンダント。普段なら売って金にしようと思うはずなのだが、これだけは手放そうとは思えなかった。
何年間もシズクや姉のような存在に鍛えてもらい、十二歳で冒険者登録をする。その頃にはシズク達は用事があるという事で別の国や街に向かう事が多くなった。私も旅に誘われたが、足手まといになるから提案を断った。私は王都のギルドで順調にランクを上げていった。
初めの頃は私もパーティーを組んだのだが、リーダーが私に告白してきた事から亀裂が生じ始めて、パーティーは解散となった。それ以降はパーティーを組んでいない。年を重ねるごとに男性からの告白や女性からの嫉妬が増えていったことも原因だ。恋愛など本当に面倒だと感じる。
たまに帰ってきたシズクにこの事を話すと、「貴女には素敵な王子様が現れるから安心しなさい」と笑いながら言っていた。王子よりも庶民の方が気楽で良いのだがな。
そして私は十八歳でAランクになった。色んなパーティーやクランから誘われたが、人間関係が煩わしくて断っていた。他にも教会からも誘われていた。だが、聖王国から来た変態枢機卿を殴り飛ばしたことが広まると、誘われることは格段に減った。
落ち着いて活動できるようになった頃、私は休息も兼ねて温泉地へと足を伸ばした。どういう訳か知らないが、私は温泉に入る事を楽しみにしていた。しかし温泉自体は気持ち良いと思ったが、同時に何かが足りないと思ってしまう。
少々複雑な思いで王都に帰ることになった。そしてその道中、私は邪竜に出くわした。邪竜は小さな村を襲っていたのだが、私を見つけるとこちらに矛先を変えた。魔物によっては魔力の多い者はご馳走になると聞いたことがあるからそのためだろう。
私は邪竜を倒すことに成功した。だが邪竜は消える直前に笑いながら呪いをかけた。その呪いのせいで私は能力の殆どを封印されてしまった。武器も予備も含めて壊された。アイテムボックスに仕舞っていた金貨を出せれば新しく買えるのだが、呪いのせいで取り出すことが出来なくなり、私はほぼ無一文になってしまった。
顔や体には黒い痣が浮かび上がる。王都に戻るとすぐに私の話は噂になった。解呪ができないか色々試したがどれも無駄だった。そしてすぐに私の周りからは人がいなくなった。ランクもDランクまで降格となる。教会からは私がエルメシアを崇めない事や、枢機卿を殴ったから天罰が下ったとくだらない手紙が送られてきた。
シズクがいれば相談に乗ってくれたのだろうが、いつ帰ってくるかも分からない。とりあえず王都では活動しにくくなったので、冒険者が多いタカミの街へと向かった。情報があるかもしれないという思いと、王国内でも有数のダンジョンがあるので、いざとなればダンジョンのアイテムに期待しようと思っていた。
だが魔法が使えないのと、日に日に体の痛みや疲労が溜まっていく。この先どうするべきか本当に悩んだ。そんな中ゴブリンの大規模討伐の緊急依頼が発生した。私は選ばれないと思っていたが、教会関係者が手をまわしたようで私は選ばれてしまった。無意識的にペンダントを握りしめていた。これを売れば装備が揃う事は分かっていたが、私は結局売る事は出来ずに貧弱な装備で依頼へと向かった。
気乗りしない依頼だったが、面白い奴には出会えた。Dランクの男で従魔を連れているのが特徴だ。一目見て分かったが、一番強いのはあのリスだ。呪いが無くても勝てるかどうかわからん。それくらい強い魔物なのだが、男によく懐いていた。そしてもう一匹も含めて本当の家族のように仲が良かった。
そんな男達とは担当する場所が一緒になった。そこで異質なゴブリンと戦う事になったが、男からは一級品の装備を貸してもらえた。その装備には呪いの耐性があるのか私の呪いが抑えられた。おかげで久しぶりに力を使うことが出来た。
そしてその日の夜。男に誘われて夕飯をご馳走になった。パンで具材を挟むだけの料理だったが、久しぶりに美味しく食べられる料理だった。そして私は男にネックレスと装備を交換して欲しいと相談した。
本音を言えばこのネックレスだけは手放したくなかった。だがこの男になら構わないとも感じていた。しかし事態は思わぬ方向へと変わっていった。コタロウが聖魔法を使ったのだ。
おかげで私はアイテムボックスを使えるまでに呪いが抑えられた。そのため、大事な物を手放さなくて済んだ。さらに呪いを解く手がかりを手に入れた。
街に戻ると久しぶりにちゃんとした宿に泊まる事ができた。どこか寂しいと感じるが気のせいだろう。ダンジョンに向かおうとした所で男が揉めている所に遭遇した。そこで男もダンジョンに潜る事になった。
恩返しのつもりで、しばらくの間は男にダンジョンの進め方を教えるつもりだったのだが、男はある意味規格外の力を持っていった。この先いつまで男達と一緒かは分からないが、少しは楽しめそうだと私は感じた。
不思議と以前にも似たような気持になった事がある気がする。それがどんな物かは思い出せないが、もしかしたら今後分かるかもしれないな。
◆
リア教の巫女(三人称視点)
ここはとある小さな村。そこの教会で一人の女性が祈りを捧げていた。
そこに手紙を持った女性が現れた
「ツバキ様。本部からお手紙が来ております。緊急の物みたいなのですが」
「手紙じゃと。面倒事でなければよいがの」
ツバキと呼ばれた狐獣人の女性は、手紙を受け取ると内容を読み始めた。するとどんどん表情が険しくなり、手紙を持ってきた女性は心配そうに声をかける。
「あ、あの。どうかいたしましたか?」
女性の問いに対してツバキはゆっくり口を開いた。
「エルメシア教が妾達リア教に対して攻撃を仕掛けてきたそうじゃ。理由はリア教を正式に邪教認定したからじゃ。…元々仲は悪かったが遂に本気を出してきたようじゃな」
「え!?あ、あの私達はどうすれば」
「別の街に向かうぞ。この村はリア様が現れた事がある聖地じゃ。ここで争いなどは起こしたくない。厳重に結界や隠蔽の魔法を使うぞ」
「分かりました。…ですが私達はどこに向かえば?」
女性は不安な表情でツバキに尋ねる。ツバキは少し考えてから口を開いた。
「とりあえずタカミの街に向かうぞ。あそこの領主は話が通じる上に、宗教間の領内での争いを禁じている。話し合いの場を作れるかもしれん。なーに、ダメでもお主達の保護くらいは何とかなるじゃろ」
「ですかツバキ様は」
ツバキは何も答えず微笑むだけだった。女性はツバキの気持ちを察して村の者達に避難の準備をするように伝えに行く。
一人残されたツバキは教会で祈りを捧げる。
「…本部が陥落するのも時間の問題じゃな。消えた守護聖獣を探すために旅をしておった妾だけが争いから遠ざかっておるが、それも長くは続かんじゃろうな」
ツバキは顔に悔しさが滲み出る。
「なぜ信仰の対象が違うだけで邪教扱いされなければならんのじゃ。確かにリア様は“闇”“死”“破壊”“別れ”を司り、エルメシア様と対極の位置におる。じゃが生きている者はいずれ死ぬ。光があれば闇がある。新しい物が生まれると同時に壊れる物がある。出会いがあれば別れがある。どれも必要な事であろう」
握った拳からは血が流れる。
「リア様。どうか我等をお救い下さい」
ツバキは他の者達の無事を祈るのであった。そして、それと同時にもう一つの願いを口にしていた。
「叶うならば、また皆で暮らしたいものじゃがな」
◆
鬼人の娘(三人称視点)
ここは魔国の鬼人族が治める土地。そこの領主の館では鬼人族の女性が不安そうな顔をしていた。
「なあ。父上と母上は無事だろうか」
「イル様。大丈夫ですよ。旦那様も奥様もはとても強いお方です。私達は信じて待ちましょう」
イルと呼ばれた鬼人の女性は不安を拭えなかった。それは領主である父と母が魔王に対して直訴しに行ったからだ。
イルの父親は鬼人族の中でも群を抜いた強さを持っている。それこそ先代の魔王様とも互角に戦かったという話もある。母親も刀術に関しては父親を凌ぐほどの使い手だ。なので普段であればイルもそこまで心配することは無かった。
だが先代の魔王様から当代の魔王に変わった事で不安がよぎるようになっていた。単純な力であれば先代の魔王様の方が強いのだが、当代の魔王は不気味な武器を使って先代の魔王様を倒したのだ。そして妙な武器を量産するようになった。
武器の量産のために税が重くなったり人手を取られることが増えた。その事で父親は鬼人族の代表として抗議に行ったのだが帰ってきてないのだ。
「そんな顔をしていたら旦那様方に怒鳴られますよ。俺の事を信じられなかったのかと言って拗ねてしまいますよ」
メイドの女性はイルを安心させるように笑いかけた。イルは少しだけ心が軽くなった。それでも不安は残ったままだ。イルは両親が無事に帰ってくることを願いながら、両親の代わりに領地の仕事を行っていく。




