第二十七話 タカミの街から離れます
「とりあえずガンツさん達には挨拶に行こうかな。帰ってきているようだし」
「そうだな。半年以上離れるなら話しておいた方が心配をかけないだろう」
早速移動を開始する。
ガンツさんの所では食事もしたいので、最初はクロスさん達の店に向かう。
クロスさん達は帰ってきたばかりだというのに、もう店を開いている。
「おうジュン。何か買い物か?」
「実は…」
俺は先程起きた事を三人に話した。
聞き終わると三人はため息をついた。
「お前はトラブルに巻き込まれやすいのかもな」
「ええ。それでお世話になった人には挨拶をしているんですけど、サイラスさんってまだ向こうにいますよね」
「そうだな。俺達から伝えておくか?」
「すみませんがお願いします」
「それじゃあ元気でいろよ」
「帰ってくるのを待っているからな」
俺達は三人の店を後にする。
帰る前にはベルとコタロウが名残惜しそうに三人の頭を叩いていたのが印象的だった。
そして俺達は次に薬屋のお婆さんや農場のオッサン達にも挨拶に向かう。皆、俺に労いの言葉をかけてくれた上にお土産まで持たせてくれた。
「貴様は意外と知り合いが多いのだな」
「街の中の塩漬け依頼を頑張ったからな。それにベルとコタロウが人懐っこいから人気があるんだよ」
「なるほど。納得だ」
俺達はそのまま“満腹亭”へと向かう。店に入るといつも通りオッサン達で賑わっている。適当な席に座りメニューを見ているとガンツさんがやってきた。
「いらっしゃい。食うものは決まったか?」
俺は色々と注文をしてから、しばらく街を離れる事を話した。
「なんだ寂しくなるな。まあお前なら無事に戻ってきそうだしな。今日は俺の奢りだ存分に食ってくれ」
なんとも男前な心遣いで嬉しくなる。それに他のオッサン達も話が聞こえたのか声をかけてくる。
「マジかよ。ベルとコタロウにもしばらく会えなくなるのかよ。さっさと戻ってこいよ」
「しかし、ついてないなお前も。エルメシア教に目を付けられるなんてな」
「ギルドマスターもあれだからな。…代わってくれればな」
「ところで一緒に食事をしている美人の姉ちゃんは誰だ?」
視線がシェリルに集まる。シェリルは答える気が無いようだったので代わりに俺が紹介した。
「彼女はシェリル。依頼で担当する場所が同じでそこで知り合ったんだ」
「シェリルだと?」
「それって」
「だが痣が無くなっているぞ。別人か?」
オッサン達は混乱していた。やはりシェリルは有名だったんだな。
シェリルはうるさいとでも思ったのか簡単に説明する。
「貴様達が思っているシェリルで間違いない。その男のお陰で呪いは弱まっている。その礼として、ダンジョンの進め方を教えるために一緒にいるだけだ」
それだけ言うと運ばれてきた料理を食べ始める。
オッサン達も理由を知った後は、下手に機嫌を損なわないようにと思ったのか、自分達の席へ戻っていく。
俺もせっかくなので食事を堪能させてもらう。今日でしばらく食べられないと思うと寂しくなる。
ベル達もそれを感じているのか、いつも以上に味わって食べていた。
「ごちそうさまでした」
「おう、絶対に帰ってこいよ。ついでに美味そうな食材も集めてきてくれ」
「色々集めてきますね。その時は料理をお願いしますよ」
俺達は"満腹亭"を出ると、街の外へと向かう。
「ところでシェリルは荷物は大丈夫なのか?」
「宿は一泊だけの予定だったからな。出るときに荷物はまとめている。それに昨日貴様と別れた後に必要な物は買いそろえたからな」
用意がいいな。
「ちなみに夜に動くのは見つかりにくくするためだ。夜襲の危険性はあるが、表立って動かれるよりはこちらも返り討ちにしやすい」
権力使って真正面からこられた方がこちらには不利ってことか。
俺は大人しくシェリルについていく。
ダンジョン方面には来たことがない上に、街灯の無い道というのは本当に暗い。月や星明かりが出ていればいいが、あいにくの曇り空だ。
見失わないようにだけ気を付ける。
「今日はここで休むぞ。テントを出して休んでおけ。見張りは私がする」
シェリルが焚き火の準備を使用としていたので俺は声をかけた。
「シェリルも休んで大丈夫だぞ」
「結界や隠蔽を過信するな。索敵に優れている者には見つかってしまう」
「心配は最もだが見てくれ」
俺は周囲に誰もいない事を確認して、入り口を発生させる。
「…なんだこれは?空間魔法の一種か?」
「多分。詳しいことは俺も分からないけど」
話をしていると、ベルとコタロウが先に中へと進む。それを見てシェリルも中へと進んでいく。
シェリルの入場を許可して俺も中に入る。
「……」
シェリルは旅館を見て固まっていた。
「おーい」
何度か揺すってみて、ようやく動き出した。
「おい。何だここは!?」
「俺も詳しくは知らないけど、アイテムを使ったらこんな能力を授かったんだよ」
「能力を授かるだと!?確かにそういうアイテムはあるが破格すぎる能力だろ」
「俺もそう思うけど、利用できる物は利用しようぜ」
シェリルは大きくため息をついたが考えるだけ無駄だと思ったのだろう。入り口に向かっていく。
「キュキュ」
だけどベルがそれを引き止める。どうやら自分の自慢の月光樹を見せたいらしい。
ベルとコタロウの先導で月光樹へと移動する。遠くから月光樹が見えた時点でシェリルの表情は変わっていく。そして根元に着くと唖然としていた。
「なぜ月光樹がここに?」
「ベルが欲しがったランダムツリーを植えたら生えてきたんだ。ちなみにベルが魔法を使ったら一瞬でここまで育ったぞ」
「キュキュ」
ベルが腰に手をあてて胸を張っている。そしてコタロウは讃えるように拍手を送る。
シェリルは何か言いたそうにしていたのを飲み込んで、ベル達を撫でていた。そして、俺を見て口を開く。
「月光樹は国や特定の種族が他者を排除しても手に入れようとする物だ。絶対に他の者にはばらすなよ。それからベルが育てた事が知れ渡ればベルが危険になる。肝に命じておけ」
「分かったよ」
シェリルの真剣な表情に俺は頷くしかなかった。
「…ちなみに他にはもう何も無いよな?」
「まだあるな。とりあえず旅館には温泉が付いているぞ。それと代価は必要だがどこにいても食料などの買い物が可能だ。それと俺自身はアイテムボックスと鑑定の類似能力を持ているな」
「…もう訳が分からん。とりあえず温泉を見せてくれ」
疲れた顔をしたシェリルを温泉へと案内する。男女分かれているが、シャンプー等も揃えているし男湯でいいだろう。
「キュキュ♪」
「たぬぬ♪」
ベル達は久しぶりの温泉に喜び、温泉へとダイブした。
「もうなんと言っていいか分からんな」
「素直に楽しむのが一番だと思うぞ」
「そうさせてもらう。隣が女湯だったな。少し入らせてくれ」
そう言って出ていくシェリルに、シャンプー等を渡しておいた。使い方を説明しても、驚き疲れたのか反応は薄かった。
とりあえず俺も温泉を堪能しよう。
久しぶりの温泉は体に染み渡る。テント生活や孤児院に泊まるのもいいが、最後にはここへ帰ってきたくなるな。
三十分程度で俺達は上がったがシェリルはまだのようだった。
それからさらに三十分ほど経ったがそれでも上がってこない。
「…のぼせてないよな?」
不安になったのでベルとコタロウを女湯へと向かわせた。
それでも中々出てこなかったが、ニ十分ほど経つとシェリルがベルとコタロウを連れて出てきた。湯上りのシェリルは何というか色っぽかったな。
「気に入ってくれたか?」
「ああ。素晴らしい程気持ちが良かったぞ。毎日でも入りたいくらいだ」
「それなら良かった。好きに使ってくれ」
そのままシェリルを連れて部屋へと向かう。部屋の中に入るとシェリルは感心したように中を見ていた。
「凄いな。高級宿にも負けていないぞ。…これは何だ?」
シェリルは冷蔵庫などの家電製品に目を向けている。俺が使い方を教えると、試してみたそうだったので、冷凍のフライドポテトを電子レンジでチンしてみた。
「キュキュキュ♪」
先程までコタロウと一緒にベッドで飛び跳ねていたはずのベルが誰よりも先にテーブルへとやってきた。その速さには一緒に遊んでいたコタロウが目を丸くしたほどだった。
ケチャップも用意してテーブルに出す。皆で一斉に頂く。
「美味いな。たったあれだけで作れるのか」
感心したように呟く。ポテトはあっという間になくなり、ベルは物足りなさそうだったが今日はここまでだ。そして一通り部屋を見たシェリルに声をかける。
「全部の部屋が大体こんな感じだな。冷蔵庫とかは無いけど。一階だけじゃなく二階にも部屋があるから好きに使ってくれ。ああ着替えはそこの棚に備え付けのが入っているから」
「…ならば私もこの部屋を使わせてもらおう」
「え?」
シェリルはそう言うと、備え付けの浴衣を手に取り和室に入ってパッと着替えてみせた。
「着方を知っているんだな」
「私の育ての親が似たような服を私に着せていたからな。久しぶりに着るが覚えているものだな。ところで洗濯もできるのか?」
「ああ。“清潔の指輪”があるからそれで行っている」
俺は指輪の能力を使った。近くにいたシェリルにも魔法がかかった。すると以前と同じく、シェリルの体から黒い靄が現れた。だがその黒い靄は一瞬にして霧散して消えていった。
「おい。今何をしたんだ。少しだが呪いが薄れたんだが」
「分からん。今までこんな事は無かったし。これは汚れを落とす……」
ここで一つの考えが浮かんだ。もしかして汚れだけじゃなく汚れも落とすアイテムだったのかもしれない。
そう考えるとかなり貴重なアイテムだなコレは。
「いや、やっぱり呪いを落とす力があったのかも。俺も知らなかったけど」
「つくづく非常識だな。まあいい、礼を言う。…それと買い物はどうやるのだ。出来ると言っていただろ」
「ああ、こっちに来てくれ」
通販を開いて画像を見せる。シェリルはジッと画像を見ていた。
「貴様は世界が滅んでんも生きていけるな」
「さすがにそれは無理だろう。というかそんなつまらない世界は嫌だな」
俺はそう言いながら適当に物を購入してみせた。購入したのはシロクマのぬいぐるみ。なんとなくベル達も好きそうかなと思って買っただけだ。
ぬいぐるみを受け取ると、シェリルは触り心地を確認する。
「気持ちが良いな」
シェリルが触っていると興味を持ったベル達も集まりだす。ベル達は新しい仲間が増えたと思ったらしくぬいぐるみに挨拶をしていた。
「キュキュ」
「たぬぬ」
「……」
まあ、ぬいぐるみなので返事も動きも無い。首を傾げるベル達に俺は説明した。
「ぬいぐるみだから動かないぞ」
「たぬぬ!?」
コタロウは驚いているようだったが、ベルはジッと見つめて、俺に何か訴えてきた。俺はジェスチャーを頑張って読み解いていく。
「…名前か?」
「キュキュ」
ベルは両手で丸を作る。正解したらしい。
ぬいぐるみに名前が必要かは分からないが、欲しいなら付けておくかと思い俺は考える。
「“リッカ”でどうだ?」
名前の由来は雪の別名だ。白い色から付けただけだ。
「キュキュ♪」
「たぬぬ♪」
リッカはベル達に受け入れられたようだった。
ぬいぐるみと一緒に遊ぶベル達が可愛らしい。シェリルも微笑んでいた。
「さて、今度は飯を購入するか。今日は適当に弁当を用意するから」
俺が弁当を用意するとそれぞれが好きな物を取っていく。シェリルは食べた事の無い物もあったようで、たまに驚いたりしていた。
そして食事を終えてしばらくゆっくりしていると、ベル達が毛繕いを求めてきた。俺が櫛を出すとシェリルがジッと見てくる。
「…やりたいのか?」
シェリルは少し悩んだようだが頷いてきた。照れながら櫛を受け取るとそのままスタンバイしているベルの毛繕いを始めた。
「キュ~///」
ベルは俺の時より気持ちよさそうにしている。コタロウも楽しみなようでウキウキしながら待っている。…俺の仕事が一つ無くなったな。
今日行こう。ベル達の毛繕いはシェリルの仕事になった。僅差でドライヤーで乾かすのは俺のままだったけど。
そしてベルとコタロウの毛繕いが終わるとシェリルは満足そうな表情だった。
「先に寝させてもらうぞ」
そう言うと真っすぐに寝室へと向かう。ベッドの上に既にいたコタロウとリッカを抱きしめるとそのまま横になった。
「……ベッドは二つあるけど俺も同じ部屋でいいんだろうか?」
「キュキュキュ」
俺の疑問にベルが気にすんなと言っているように寝室へと引っ張っていく。そのまま俺はベルともう一つのベッドで寝ることにした。
そして翌日。久しぶりの自分のベッドで気分よく目が覚める。隣ではシェリルがコタロウとリッカをしっかりと抱きしめて眠っていた。朝まで離すことはなかったようだ。
「ベルは…月光樹の世話にでも行っているのかな。朝飯でも作っておくか」
昨日セットした米が炊けていたのでおにぎりにしておく。それだけでは物足りないので、ついでにソーセージを茹でて卵焼きも作る。それとフルーツとヨーグルトも用意しておけばいいだろう。
作っているとベルが外から戻ってきた。
「お疲れ様。少し食べるか?」
「キュキュ♪」
一通り皿に盛って差し出すとベルは勢いよく食べ始める。
ここまで笑顔で食べてくれると作り甲斐があると思ってしまうな。
そして少しするとシェリルとコタロウが起きてきた。
「おはよう。今朝食を準備するから」
「ああ、おはよう。すまないな。私は一度顔を洗ってくる」
「たぬぬ」
そう言ってシェリルとコタロウは洗面所へと向かう。その間に俺は朝食の準備をする。
「キュキュキュ」
ベルはお代わりを食べるようだ。
シェリル達が席に着くころには全員分の朝食がテーブルの上に置かれている。
「…貴様達はいつもこんな生活なのか?」
「そうだな。あの大規模討伐以前は大体こんな感じだったな。昼間は依頼を受けて、夕食は"満腹亭"か適当に買って食べたりだな」
「羨ましい生活だな。私もこの能力が欲しくなってしまう」
「まあ、これでも色んな犠牲の上で成り立っているからな」
俺の言葉に何かを感じたのか、シェリルはそれ以上何も言うことはなかった。
そして、朝食を終えた俺達はダンジョンへと向かう。
「近い場所にいたんだな」
「まあな。すぐに入れる場所にいた方が良いと思ったしな」
ダンジョンの入り口は洞窟になっていた。入り口前にはギルド職員が常駐している。
ギルドカードを提示すると、中に入る事を許可されたので進んでいく。
「あれ?皆は向こうに行っているぞ」
進んでいくと二つに分かれた道があり、俺達の前の冒険者達は右の道に行くのだか、俺達は左に向かっている。
「あちらは転移の魔方陣を使う者達だ。私達は初回入場のため関係がないな」
そうすると初心者は殆どいないんだな。
そう思って進むと仰々しい扉が見えてきた。
「あれを潜るとダンジョンだ。何が起きるか分からん場所だから低階層でも気を引き締めろよ」
「了解」
こうして俺達はダンジョンへと足元を踏み入れた。この時の俺はダンジョンというものを軽く考えていた。その思いは、遠くない内に覆されることになる。




