後衛の気持ち
アリスは一歩踏み出し、アルバとの距離を詰める。
アルバが何をしようとしているのか分からないが、アリスに掌底をくらわせてから自分から動くことはしなかった。
あれはアルバなりの挨拶みたいなものだろう。
そう判断してのアリスの攻撃への転じなのだが、悲しくもアリスの攻撃はアルバの余裕の身のこなしで避けられていた。
(この男、どこまでもでたらめですね。先ほどの掌底もそうですが、今の身のこなし。刀がなくても勝つのは難しいですかね……)
アリスの身体には、ミリンダがかけた防御魔法と付与魔法の両方が併用されている。
よってアリスは身体能力のあがった頑丈な身体で、アルバを攻めているわけである。いつもよりも早い動きだというのにアルバは焦る様子もない。
涼しい顔でアリスの剣をギリギリで交わしている。
アリスの振り下ろしをアルバが避ける。
すかさずアリスの身体に蹴りを入れようと、アルバが足を動かす。
しかし、それはミリンダの防御魔法によって防がれてしまう。
アリスの身体にも魔法で薄い障壁が張っているものの、アルバの攻撃に対してアリスが守れないものは全てミリンダが防御魔法で防いでいた。それはひとえに戦闘の流れを止めないためと、衝撃からアリスもミリンダも守るためだ。身体にはる障壁は便利だが、結局のところ攻撃自体の衝撃は抑えられない。さらには術者へのフィードバックもある。だからこそ、身体の障壁は最後の砦といった使い方になるのだ。
アルバの足がアリスに届くことなく障壁によって弾かれる。
だが、最初ほどの驚きはない。
むしろわざとミリンダに障壁を使わせているようにさえ思われる。
弾かれたアルバの足はそのまま後ろにいく。しかし、アルバの足技は止まらない。軸足を変え弾かれた勢いそのままに回転し、今度は反対側からアリスの身体を狙っていく。
アリスは咄嗟に反応するも間に合わないと悟り、剣での防御に移る。
「っ!」
剣の刀身にふれる寸前でアルバの足がぴたりと止まった。
よく見ると、アルバの足とアリスの刀身の間にミリンダの障壁が出来ていた。
アルバは障壁のあたるギリギリで止めたのだ。
「ご、ごめんなさい!」
ミリンダが咄嗟に謝る。
アリスが立ち上がる。
「謝らないでください。今のは仕方ありませんわ」
今日初めて組んだアリスとミリンダだ。いくら強い王女様や元王宮騎士のミリンダといえどこういったミスは起こる。
逆に日頃から授業などで互いの戦い方が分かっており、なおかつ仲のいいリーリン達にはあまり起こらないことだ。
「ミリンダさんがミスするのってなんだか珍しいね」
ミリンダをじっと見ていたリーリンが呟く。
「まぁ、仕方ないんじゃない?アリス様と今日初めて組んだんだから」
「ミリンダも人間。ミスはする」
「うん。そうなんだけど、なんていうか……」
「ほっとした?」
リーリンが言いよどんだことをユンフィがすらっと言う。
「……うん」
リーリンはミリンダに申し訳ない視線を送りながらユンフィの言葉に頷いた。
「最初の時の連携が上手くいってたから、なんだかこれからも上手くいくんだとばかり思ってたから」
最初のアルバに攻撃を当てたアリスとミリンダの連携。
あれは二人が言葉を交わさない意思疎通でやっていたように思う。アルバとの訓練が始まる前に二人が言葉を交わした様子はなかった。ミリンダに至ってはアリスの要件を渋っていたぐらいだ。
だからあの連携はどちらかというと、王宮騎士だったミリンダの経験から来るものだと思っていた。なので、リーリンはこれからもミリンダがミスはしないと思えてしまったのだ。
「誰だってミスはすると思うよ。まぁでも、今のはミリンダさんの気にし過ぎのような気がするけど」
「謝らなくてもいい。実際、アルバの攻撃を防いでいた」
ミナセとユンフィが冷静に分析する。
二人の言う通り、ミリンダの障壁はアルバとアリスの間にしっかりと張られていた。あのままアルバが攻撃してもアリスにはアルバの足は届かなかったのだ。アリス自体に危害はない。謝るなんて気にし過ぎじゃないのかと、防御魔法を使わないミナセとユンフィは思う。
だが、リーリンだけは違った。
「でも、咄嗟に謝っちゃう気持ちは分かるな。なんとなく悪い気がして」
同じ防御魔法を使うリーリンにはミナセやユンフィとは違う視点で、さっきのミリンダの声を聞いていたようだ。
「悪いって言っても守ってるんだから悪くないじゃん」
「うんそうなんだけど。なんていうのかな……流れを止めちゃったって感じがするの」
「あー……まぁ、それはあるかもしれなけど」
ミナセが硬直したアルバとアリスを見ながら答える。
アリスが流れるような動きを見せることはできなくなっていた。それは確かにミリンダが原因なのかもしれないが、それでもやはり謝る必要はない、とミナセは思ってしまう。
「どっちにいしても気にしなくてもいい」
ユンフィが短くリーリンに言葉をかける。
もし攻撃を防げず前衛の人に攻撃が当たったとしても、衝撃を感じるだけで直接のダメージは少ない。それは身体に纏った防御魔法のおかげだし、それ以外の理由はない。しかも術者には反動でダメージが入るのだ。
攻撃を守れなくても攻められるほどじゃない。大怪我を防げたのだから。
「うん、そうなんだけどさ……」
しかし、ミリンダのミスを自分と重ねてしまっているリーリンの表情は優れなかった。
俯き、ステッキを握りしめている。
「リーリンは気にし過ぎ」
「そうだけど……」
「ミリンダを見て」
ユンフィにつられるようにリーリンは下を向いた視線をミリンダに向ける。
視線の先ではミリンダがアリスと話し合っている。その顔は笑顔だった。
「ミリンダも咄嗟に言っちゃっただけ。気にしてないよ」
「……そうだね」
「リンちゃんは優しすぎるんだよ。流れを止めたって守ろうとしてくれたことには変わりないでしょ。だったらそれでいいの。なにも悪いことしてないじゃん。胸張ってよ」
ミナセが元気づけるようにリーリンに言う。
「私もそうしたいんだけど、つい……」
性格が理由で気にし過ぎてしまう。
それはリーリンと一番仲のいいミナセがよく分かっていた。
だがら、続く言葉もすぐに出てくる。
「じゃあさ、少なくとも私達の時は謝らなくていいから。気にしなくていいよ。リンちゃんが思ったことをすればいいんだよ。アルバさんと戦ったときみたいにさ」
「ミナセの言う通り。リーリンは好きにやっていい。少なくとも私達が不利になることはないから」
ミナセとユンフィは迷いなくリーリンに告げる。
リーリンの顔が次第に明るくなってくるのを二人は見ていた。
「……分かった。そうする」
リーリンは顔をあげ、二人に頷いた。
二人もまたリーリンに対して頷きを返した。
「それにしても、アルバ先生何してるのかな?刀抜かなかったら、アリス様の剣避けるしかないのに」
「そうだね。攻撃もミリンダさんに防がれてるし」
ミナセとリーリンが視線をアルバに向ける。
アリスとの会話でも言っていたようにアルバは未だに刀を抜こうとはしない。刀がなければ剣は避けるしかない。受けることは出来ないのだ。なのに頑なにアルバはそれを繰り返し、蹴りを加えている。
足払いをしないのはまた光弾の攻撃を受けないためだとしても、蹴りだって全てはミリンダの魔法で防がれている。アリスに届いていないのに続ける理由が、遠くで見学していても分からなかった。
「たぶん、何か確かめてると思う」
ユンフィがアルバを指さして言った。
その先で、アルバは一人自分の足を確かめるようにぐるぐると回していた。
「ほんとだ」
「もしかして、蹴りだけで防御魔法を壊そうとしてる……とか?」
「まさかさすがにそれは」
リーリンの呟きにミナセは呆れたように首を振ったが、完全に否定しきれないのも事実だった。
なによりもアルバならやりそうな気がしてならない。実際、薄く脆かったとしてもリーリンの防御魔法を蹴りだけで壊している。
ミナセが途中で首を振るのをやめた。
「でも、もしそうだとしても」
「うん。難しいと思う」
防御魔法を使うリーリンが確信をもって言う。
いくらアルバがでたらめな力を持っていたとしても、生身で完璧に発動された防御魔法を壊すのは難しい。今のミリンダの防御魔法はリーリンが咄嗟に作った防御魔法と違うのだ。
そしてなによりも、もしそれが狙いだとしたらアルバの蹴りは威力を増しているということになる。それをミリンダが気づいてないはずがない。
必然的にこの後、ミリンダが張る障壁は強度を増してくるだろう。
蹴りで壊すのは無理に等しい。
「だけど、アルバは続ける」
ユンフィの言葉はどこか楽しげだ。
無表情なのに言葉尻が上がっているのを、聞いている二人は感じた。
「……だね。アルバ先生ってそういう性格っぽいし」
「アルバは意地が悪い」
「あははは!!言えてる!ちょっと子供っぽいというか」
「ほんと。あえて攻撃受けたりするし」
「捕まったふりして油断したところを攻めてくるとかね。あるある。さっきやられたもん」
「しかも相手はアリス。ただでは終わらない」
「確かにね。あの二人っていっつも睨み合ってるもんねー」
「ちょ、ちょっと二人とも」
楽し気に話すミナセとユンフィをリーリンは慌てたように止める。
それが面白くミナセとユンフィはリーリンを見て微笑んだ。
「でもまぁ、続けてくれないと私達も困るからね」
「どうしてミナセ?」
「だって、アルバ先生が刀抜いたらもう私達じゃ追いつけない領域になっちゃうでしょ。盗むも何も見えなかったら無理だよ」
ミナセが屋内訓練場の壁に身を預けながら言う。
「あはははは……確かにそうかもね」
「そうそう。だからこのままアルバ先生には素手で戦ってほしいね。私達のためにも」
「でもたぶん、アリスはアルバに刀を抜かせるつもり。それを望んでる」
ユンフィの言った言葉。
リーリンもミナセも、そして言った本人のユンフィでさえ誰もその言葉を否定できなかった。




