ライラとウィリアム
屋内訓練場でアルバ達が訓練をしているまったく同じ時間。
同じ学園内の理事長室でライラは意外な人物と対面していた。
「珍しいこともあるものだな、ウィリアム。君から私に会いに来るとは」
ライラは椅子に身体を預け、理事長室の長椅子に座る全身黒いローブに身を包んだ一人の男を見ながら、面白そうに口角を上げた。
ライラの言葉を受け、ウィリアムも同じように口角を上げると、いつもより少しだけくだけた態度で応じる。
「ええまぁ。そうですね」
「どうだ?魔道師団長なんて役職に就けた気分は」
「おかげさまでね。とても気分がいいです」
不敵に笑いあう二人。
理事長室には異様な空気が漂っていた。
「ライラが理事長なんてならなければこの地位はあなたのものでしたけどね」
ウィリアムが皮肉っぽくそう言う。
「ふん。元々魔道師なんて興味がない」
それにライラは鼻で笑い適当に流した。
「分かっていますよ。あなたはいつもそうだ。自分を信じて疑わない。自分が興味を持ったことしかやってこなかった」
「昔のことはどうでもいい。今は関係のないことだ」
「いえ、私は関係あると思っていますよ。あなたが魔道師への推薦を蹴ってくれたおかげで私はこうして今の地位までこれたのですから」
それはウィリアムの本音であった。
ライラとウィリアム。まるで真逆の性格をしている二人がここまで仲がいいのには理由があった。
二人はほぼ同時期にその高い魔法能力をかわれ前期の王様、ダリアンの父親に王宮に迎え入れられたのだ。前王はすでに死去しておりその姿を見ることは叶わないも、今こうしてライラとウィリアムがここにいるのは前王のおかげなのだ。
普通は試験を受けなければならない王宮騎士に、特別枠として二人は配属された。
ちょうど、ロイスタシアが王都として急成長した時期だったこともあり、有能な騎士が欲しかったのだという。街や国外の森での活動を見回って、王直々に王宮に呼ばれたのがライラとウィリアムだったわけである。
王宮に入ったのはウィリアムが先だ。
ライラはウィリアムが王宮に招待されてから少し経ってから王宮に来た。
そして全く同じ日に正式に王都の王宮騎士として王宮に仕えることになったのだ。
まだ今よりも若かったウィリアムはその事実に心を躍らせた。王都の王宮騎士は他国からも一目置かれるほどの存在。その騎士に自分は王の推薦として入ったのだ。自分は特別選ばれた人間だと思っても誰も責められないだろう。実際、ウィリアムの魔法の実力は王宮騎士内でも随一を誇っていた。
しかし、ライラはそんなウィリアムの上をいっていたのだ。
ライラははっきり言って天才型だった。難しい魔法を涼しい顔で難なくこなしてみせるような奴だった。しかも、王宮騎士となったのに任務は適当にやっており、ずっと王宮の資料に目を通すというよく分からない奴だったのだ。
ウィリアムの目にはそんなライラが不快に映った。
そしてある日、任務をさぼり資料を読みふけるライラにウィリアムは詰め寄ったのだ。
『なぜ、そんなにもお前は自由なんだ!?』
そんなことを言った気がする。
ものすごい剣幕のウィリアムに対してライラは面倒にため息をして、
『なんだ君は知らないのか?』
といって手に持っていた資料をおいてウィリアムに続けたのだ。
『この国は魔法主義国家だ。魔法が強ければなにをしてもいい』
『それと、任務をさぼることに何の関係もない!?』
『関係あるね。だいたい、私は元々王宮騎士なんて興味なかったんだ』
ライラの言葉にウィリアムは少なからず驚いた。
王宮騎士に興味ない?そんなことあり得ない。王宮騎士は王都育ちの人間には夢のような職業だ。ましてやそれに王に認められてなれたというのに。これほど名誉なことがあるだろうか。
なのに興味ないというのはどういったことだ。
『だったら断ればよかっただろう』
ウィリアムが続けた。
『王は最終判断を僕達に託したのだぞ。興味がないならその時にでも』
『別に、断る理由もなかったからな。それに王宮に入れば貴重な資料を読み放題と聞いてな。都合がよかったんだ』
『都合がいい?じゃあ、お前はその貴重な資料を読むために王宮騎士になったというのか」
『そうだ』
ライラは迷いなく頷いた。
ウィリアムには訳が分からなかった。
認められたというのにそれを望まず、この女は資料のためだけになったのだと言う。そのために任務もおざなりにしているのだ。
騎士として、国民や王族を守る立場として、風上にも置けない奴だ。
なぜ王はこんな女を王宮騎士にしたのか。
『王にお前のことを報告する。即刻騎士から降ろしてもらうとな』
『君にそんな権限はないだろう』
『僕が頼めば、王も考え直してくれるかもしれない』
『無理だな』
『なんだと』
ウィリアムは報告に行こうとしていた足を止め、ライラの方を振り返った。
『なぜそんなことが言える』
『王は私の性格を知っている。王宮騎士になりたくないのも、なったところで任務に真面目に取り組まないことも、ここでこうして資料を読むことも。全てを伝えた。なのに私は今ここにいる。少なくと私と同じように王に選ばれた君には、これがどういった意味なのか理解できるだろ?』
ライラは不敵に笑ってウィリアムに問いかけてくる。
すべて伝えたということはライラが任務をさぼってここにいることも、王は承知の上だということだ。それでも、ライラの魔法の実力をかって王はライラを王宮騎士にした。
その事実はウィリアムが王に報告しても意味がないことになる。
『……王は全てを知っていたということか』
『そうだ。大事な時に働いてくれればいいと言ってな。それ以外では資料を自由に読んでくれても構わないと……君がいてくれて助かった』
『どういうことだ』
『君が同じ班に入っているおかげで、私がさぼっても君がいるからと他の騎士からお咎めなしだ。いい隠れ蓑だよ』
『なんだと!?』
ウィリアムが詰め寄る。
この女は僕を利用してさぼっていたというのか。
許せない。
『そう怒るな。褒めてるんだ』
『信じられるかそんな言葉!?』
『信じてくれなくても構わない。だが、君を認めていることは本当だ。魔法の実力は申し分ない。そのまま他の騎士達の目を集めてくれ……私から逸らすためにな』
ライラが笑う。
最後の言葉を無視するならライラの言葉は少なくともウィリアムをけなしてなどいない。
少し上から目線な言葉なのは気になるが、ライラが嘘を言っているとも思わなかった。
『おかげで、調べ物も早く終わりそうだ』
ライラはウィリアムに興味を失ったかのように手元の資料に目を落とした。
勢いを失ったウィリアムがライラの周りに散らばっている資料を手に取る。
その内容をざっと見た。
『大陸エルーノスの歴史……?こんなものを読んでどうするつもりだ』
ロイスタシアだけじゃない。他国を含む大陸全ての歴史を大量の資料からライラは読み漁っていた。
『知りたいか?』
『別にそんなことはないが。これが任務よりも大事なこととは思えない』
歴史なんて知ったところで意味がない。
過去に戻れるわけじゃないのに、昔のことを知ったってどうしようもないだろう。
ただ知識が増えるだけだ。それがライラは欲しいというのだろうか。
『私にとっては任務よりも大事だ。圧倒的にな』
『なぜだ。知識が欲しいだけなら街の商店で本を買えばいいだろ』
『それでは意味がないんだ。私はなぜこの国がこんなシステムになったのかを知りたい。それには内側の資料がいる』
『システム……?』
ウィリアムは聞きなれない言葉に首をかしげる。
『今の王都は魔法主義国家だろ。私達が生まれた時からそれは変わらなかった。だから、なぜそんな国になってしまったのか知りたいんだ。どこかにきっかけがあると思ってな』
『それを知ってどうする。まさか国を変えるとでも言うつもりか』
『そうだ』
ライラはまるで他人事かのように簡単に言ってのける。
ウィリアムが呆れて言葉も出ない。
『どうした黙り込んで』
『……いや、なんでもない』
天才とバカは紙一重というが、その言葉はどうやら本当らしい。
ライラはバカだった。
国を変える。そんなこと出来るわけがないじゃないか。
『くだらない。国を変えるなんて不可能だ。だいたい、王都が魔法主義国家だったから、僕達はこの場にいられる。それを忘れたらいけないよ』
『じゃあ、このことは君には関係ないと?』
『そうだ。少なくとも僕には関係ない。あるとすれば、ヴァニタスぐらいだろうさ』
話していてもらちが明かない。
ウィリアムはこの場から立ち去ろうとする。
『関係なくはないとしたら、どうする』
ライラのその言葉。
ウィリアムは怪訝そうに足を止めた。
『……お前の言ってることは訳が分からない。なにが言いたい。はっきり言えばいいだろ』
『分かった。君にも分かりやすいように教えてやろう』
ライラが息を吸うのが聞こえた来た。
『このままいけば王都は近い将来滅びる』
ライラは断定するような言い方でそう言う。
ウィリアムはその言葉に怒りも何も覚えない。呆れかえっていた。
『王都が滅びる?それをお前は本気で言っているのか』
『ああ本気だ。必ず滅びる』
『ふん。くだらない』
ウィリアムは鼻で笑った。
『じゃあ聞かせてくれ。誰が王都を滅ぼすというのだ。他国からも実力を認められている騎士や魔道師が大量にいるこの王都を、いったい誰が』
答えられるわけがないとウィリアムは思っていた。
王都の騎士や魔道師に勝てる奴などこの世に存在しない。できるとしたら、独自の文化を形成しているグリードのギルド戦士ぐらいだろうが、あそこはヴァニタスの国。ヴァニタスに圧政をしいている王都には、憎んでいる奴はいれど国としては興味もないはずだ。
ロイスタシアは今や大陸でも圧倒的政治力を持っている。
ロイスタシアが滅びれば大陸にある全ての国が被害をこうむるのだ。
ライラの言った滅ぼそうとするやつなど思い当たらない。
『ヴァニタスだよ』
ライラは間髪入れずに答えた。
その答えはあまりにも現実的ではないものだった。
『ヴァニタス?あり得ない。魔法も使えないヴァニタスが国を滅ぼすなど』
『ほう。君は魔法が絶対だと思っているのか』
『そうだ。無から有を生み出す魔法に勝てるものなどいない』
『果たしてそれはどうかな』
ライラの含みある言い方に気にかかる部分があった。
ウィリアムは仕方なく背を向けていたライラに対して振り返って正面を向けた。
まっすぐライラを見つめる。
『いろいろと資料を漁っていたらな、面白い共通点を見つけた』
『共通点?』
『そうだ。過去数百年の歴史の中で、人類が魔法を使えるようになってからこの大陸には二種類の人間が生まれた。それが今でいう私達のような魔法が使える普通の人間と、魔法が使えない人間ヴァニタスだ』
ライラはある資料を手に取り、その内容に目を通していく。
『昔にも同じようにヴァニタスに対して圧政をしいていた国家は存在する。それはもう多くな。当たり前のことだ。人間は劣っている者を見下すような特性がある。こうなっても自然のこと』
『……その国はどうなったんだ』
ウィリアムは息をのむようにライラに聞いた。
ライラの言ったようにウィリアムはそれなりに頭の回転は速い方だ。話の流れで分かっているつもりだった。それでも言葉として聞かなければ信じられない。
ライラが口を開く。
『みな、百年もしないうちに滅びている。それも、見下していたヴァニタスによってな』
ウィリアムは目を見開く。
『……信じられない。魔法が使えないのに滅ぼされたのか』
『信じようが信じまいがこれは事実だ。こうして資料として残っているんだからな』
ライラは手に持った資料を叩きながらそう言った。
『溜まった負の感情というのは恐ろしいものだ。国の一つや二つ壊すなど造作もない。魔法が絶対だと思っていれば足元をすくわれるぞ』
ライラは忠告にも似た言い方でウィリアムに話しかけている。
『……それが分かっているならライラはどうやって国を変えるつもりだ。王様にでもなるつもりか?』
『まさか。そんなことに興味はない』
『じゃあ、滅びるのを黙って待っているとでもいうつもりか』
『そんなことはしない。結果が分かっているのに対策しないのはバカのすることだ』
ライラの口元が上がる。
『王都のシステム自体を変えるんだよ』
『変えるだと。どうやって?』
『調べて分かったが、王都がここまで魔法主義になったのには王族や貴族が原因だ。国の中枢を担っている奴らが長い年月をかけて、魔法というものの強さや便利さを過大評価し始めた。そして、気づいた頃には魔法が全て、魔法が使えないものは必要ないとする極端なヴァニタス差別思想が誕生した』
そう言うライラの目には強い意思にも似た力がこもっていた。
『つまり、それを逆手にとって、これから王族や貴族になる連中の心を変えていけばいい。魔法が全てではない。ヴァニタスだろうと同じ人として使える奴がいるとな』
『……逆に、魔法が使えても使えない人間も存在すると?』
『ああもちろんだ。特に今の貴族どもがな。自分の権力にだけ固執した奴らは国をよくしていかない。あいつらが王都を滅ぼす原因だ』
ライラの発言は王宮に仕える騎士としてはあるまじき行為だ。
直接雇っている王族までをも侮辱している。
『王族や貴族が変われば必然的に国は変わる。ヴァニタス差別がなくなるわけじゃないが、滅びる未来は回避できるだろうよ』
ライラの口調に迷いはない。
この女であればいつかやって見せるようなそんな気さえしてくる。
『何時になる。お前の考えで行けば何時になったら国は変わると思う』
ウィリアムは聞いてみた。
ライラはどのぐらいの計算でしているのだろうか。知りたくなったのだ。
『今の王宮じゃ無理だ。頭の固い奴らばかりだからな。だが現王の子供、ダリアンだったか。ダリアンは弱弱しい一面が見えるものの、さすがは現王の子供だけある。芯が通っているよ。いずれは王様になる器の奴だ』
『ではダリアンの世代に変えると?』
『いや、それも無理だ。ダリアン世代はすでに大人になってしまっている。きっと、ダリアンが王になったときも国は変わらない。王様一人が変わったところで周りが変わらなければ意味がない』
『じゃあどうする』
『アリスだよ』
ライラの口から出る言葉は意外なものだった。
『ダリアンの子供のアリスの世代であればまだ分からない。まだ全員が赤子も同然。幼い。王都の仕組みが分からない今のうちに教育し直すんだ。魔法が全てじゃないとな』
『ずいぶん長い未来予想図じゃないか』
『仕方ない。国を変えるのには相当量の時間がかかる。数年そこらでは無理だ。数十年でも足りないぐらいだな』
ウィリアムはもうライラの話についていけなくなった。
ライラの理想は大きすぎる。想像もできないものだ。
だいたい、現王の孫が王になるまでに何年必要だと思っている。
その頃にはウィリアムもライラもそれなりの歳になっている。
その後、王都がどうなろうとウィリアムたちの世代には関係のないことだ。
『未来のこと過ぎで現実味がない。そんなことしてないで目の前の任務に真面目に取り組め。王宮騎士として』
『言っただろ。私は王宮騎士には興味がない。国のシステムに興味があるんだ』
『僕には分からない。お前の言っていることが本当にできたとしても、時間がかかり過ぎだ。僕だったら王都に悪意を持っているヴァニタスを集めて、直接転覆させるね。それこそ強い英雄のような人を利用して』
『ふふ。確かにな。君の言っている方が現実的だ。でも、それでは王都が滅ぶのに代わりはないぞ』
『王都は滅ばないよ。始まりに戻るだけだ。一から国を作ればいい。新生ロイスタシアとでも名乗ってね』
ウィリアムはそう言って適当に流してライラの元から去っていく。
『君、名前は?』
そんなウィリアムにライラが初めて質問してきた。
『……知らないのか』
『人には興味がないんだ』
『はぁ……お前は自分の興味ないことには本当に鈍感なんだな』
嘆息しウィリアムは背を向けたまま答える。
『ウィリアム・レイバンだ』
『そうか。私は』
『ライラ・エトワール』
『なんだ知っていたんだな』
『当たり前だ。一応、同期なんだからな』
『そういえばそうだったな』
その会話を機に、ライラとウィリアムが直接言葉を交わし合うことは少なくなった。
だが、互いに名前を知り認め合うまではいっていたのだ。言葉を交わさずともウィリアムには分かっていた。
そして時は経ち、当時の王の死去と共に王様には息子のダリアンが就いた。
ライラの言っていた通り、ダリアンは芯の通った心でヴァニタス差別をよしとはしなかったものの、まだ王として若いことから周りの貴族の言葉を邪険にも出来ずに王都は魔法主義のまま変わらなかった。
ライラはといえば相変わらず自分が興味ないことはとことんやらない、自由な態度をとり続けていた。しかし、その魔法の実力は群を抜いていた。王がダリアンになってすぐに魔道師への推薦状が送られてきたのだ。だが、ライラは興味がないとしてそれを蹴った。
よって空いた枠に、ライラの次に魔法の扱いに長けている者としてウィリアムが入ったのだ。
ライラの穴埋めだという悔しい思いもあったが、魔道師は王都でも騎士以上に実力を認められたものの証だったために、ウィリアムは悔しい思いを隠し魔道師という地位についた。
そして、魔道師という立場を蹴ったライラはというと、紆余曲折の末、ダリアンの意向で貴族の子供が多く通うフトゥールム学園に理事長として就いたのだ。
まるで、有言実行するかのように。
そして、話は今から四年前のあの王都襲撃事件に繋がっていく。




