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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
本物の薬が、誰にも効きません

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9:どうすればいいんです

 その日は、訊いて回らなかった。

 六軒回って、七軒目で断られた翌日だ。同じことをもう一度やって、同じ顔をされるだけだろう。

 代わりに、川上のほうへ草を摘みに出た。

 できることが一つもないときは、できることをやるしかない。

 コゲは水際で、石をひっくり返しては何かを探していた。虫が出るたびに驚いて、また同じ石をひっくり返している。

「学べ」

「きゅ」

 摘んだのは、旅に持っていくぶんだけだった。売る当てはない。この町の誰も、彼から買わないだろう。

 草の根に土をつけたまま布に並べていると、上流から舟が下ってきた。荷を積んでいる。川向こうの舟着き場へ入っていくのが、ここからでも見えた。

 あちらには、この病で寝ている者がいない。


 昼前に町へ戻ると、薬屋の前の列が、通りの角まで伸びていた。

 昨日より長い。

 並んでいる女が二人、話している。

「桶屋のとこの人が、昨日から起きられないんだって」

「うちの人も、寝ちまってねえ」

「これ、あと何日飲ませりゃいいんだろうね」

「さあ。効くまでじゃないかい」

 病人が増えている。

 肩の上でコゲが首を伸ばした。列の先を見ている。人が集まっているところには何かある、と思っているらしい。

「何もないぞ」

 彼にできることは、何もなかった。

 ただ、通り過ぎた。


 夕方、宿へ戻ると、帳場に男が立っていた。

 身なりがいい。用心棒ではない。マレンと何か話していて、彼が入ってきたのを見ると、話をやめた。

「では、そういうことで」

 それだけ言って、出ていった。すれ違うとき、こちらを見なかった。見ないようにしていた。

 戸口から表を見ると、道の向かいに男が一人立っていた。連れらしい。

 一昨日、路地で対面した片方だった。

 こちらと目が合うと、向こうから先にそらした。

 マレンは帳面を閉じて、奥へ入った。


 夕飯の卓は、半分も埋まっていなかった。

 昨日は七、八人いた。今日は三人だった。行商が二人と、舟の人足が一人。

 魚が出た。皿の縁に、煮汁が少しはねている。

 コゲに頭をやると、卓の下で骨を割りはじめた。

「マレンさん」

「はい」

「お子さんは」

「……変わりません」

 それだけだった。今朝も、昨日も、同じ答えだ。

「昼間の方は」

 マレンは布巾を持ったまま、しばらく黙っていた。

「……川向こうの、旦那衆の使いです」

「そうですか」

「宿の看板のことで、話がありましてね」

 嘘ではないのだろう。看板の話もしたのかもしれない。

「よそから来た人を長く置いておくと、宿の評判に障る、と」

「なるほど」

「あたしは、そんなつもりはありませんよ」

「ええ」

 旦那衆。

 薬の荷は、川向こうの舟着き場に着く。そこで分けられて、町のあの店へ回る。

 あの店は、それを町で捌いているだけ――川向こうの商人が、そう言っていた。商いの順番を言っただけの一言だった。

 押さえているのは、店ではない。荷の着く側――旦那衆のほうだ。

 その使いが、看板の話にかこつけて宿へ来て、表には路地の男が立っている。

 あの薬屋の主人は、危ない橋を渡る男ではない。棍棒を持たせて人を寄越すような手は、あそこからは出てこない。

 どこまで繋がっているのかは、分からない。

 分からないが、切れているとは思えなかった。

 トトは杯を置いた。

「明日、発ちます」

 マレンの手が止まった。

「……そうですか」

「宿代は、朝に」

「はい」

 それから、マレンは何か言いかけた。

「あの」

「はい」

 彼女は布巾を畳んで、また広げて、畳んだ。

「……いえ。何でもありません」

「そうですか」

 訊かれれば、答える。

 訊かれなければ、もう何も言わない。

 彼女は止めなかったし、彼も止められるとは思っていなかった。

 自分がいなくなれば、この宿への話は消える。それで一つ片づく。

 片づかないものが一つ残るが、それは彼の手には最初から無かったものだ。


 二階で荷をまとめた。

 まとめるものは少ない。着替えと、鉈と、布に包んだ薬草。細々した旅のもの。それから、荷の底に一つ。

 コゲが荷の口に乗ってきたので、どけた。

 二度どけたところで、こちらを向いて口を開けた。


 ふすん。


 煙が荷にかかった。

「やめろ。焦げる」

 三度目にどけた。四度目に乗ってきたので、そのままにしておいた。

「明日は歩くぞ」

「きゅ?」

 分かっていない顔だった。


 夜中に、咳で目が覚めた。

 自分の咳ではない。階下からだ。今日で十日になる子供の咳は、昨日より長く続いた。

 途中で一度止まって、また始まった。

 水を飲ませる音がした。誰かが起きている。

 しばらく天井を見ていた。

 上半身を起こすと、足元でコゲが寝ていた。背中が膨らんだり縮んだりしている。

 そっと、起こさないように寝台を下りた。

 階段の途中で、下に灯りがついているのが見えた。


 マレンが炉の前に座っていた。

 小鍋が火にかかっている。湯気が上がっている。

 こちらに気づいて、顔を上げた。目のまわりが腫れている。泣いたあとかどうかは、分からなかった。

「……起こしましたか」

「いえ」

 彼はそれ以上、何も言わなかった。

 言えることは、もう全部言った。届かなかった。

 マレンは鍋を見ていた。湯が煮立ちはじめている。刻んだ草は、まだ横の皿の上にあった。

 小さな音を立てて、蓋が動いた。

 彼女はそれを見て、しばらく動かなかった。

 そして、火から鍋を下ろした。

 下ろしてから、自分でも驚いたような顔をした。

「……お客さん」

「はい」

「じゃあ」

 声が掠れていた。

「どうすればいいんです」


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