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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
本物の薬が、誰にも効きません

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8:なんと言われましたか

 夜が明けるまでに、分かったことは一つだけだった。

 誰かが、調べられると困っている。

 困るからには、隠しているものがある。

 では、何を隠せるのか。

 薬は見た。二軒で、同じものだった。値も同じだと本人が言い、それは嘘ではない。飲み方も訊いた。二軒とも同じだった。病も、そう変わらない。

 見られるものは、全部見た。

 見たものの中に、隠せるものはない。

 ――見ていないものが、ある。


 トトは寝台に起き上がって、髪に指を通した。

 足元でコゲが伸びをして、また丸くなった。

 薬屋で、自分は何を訊いたか。

「もっと効くものはありますか」

 病人の家で、何を訊いたか。

「どうやって飲んでいますか」

 川向こうでも、同じことを訊いた。

 三度。

 三度とも、同じことを訊いて、同じことを訊かなかった。


 ――売り手が買い手に、なんと言って渡したか。


 薬は物だ。物なら、見せてもらえば分かる。

 言葉は物ではない。言った者と、言われた者のところにしか残らない。

 隠せるのは、そこしかない。


 階下へ降りると、マレンが炉に薪を足しているところだった。

「早いですね」

「一つだけ、伺わせてください」

「……昨日のことなら」

「違います」

 マレンは薪を置いて、立ち上がった。

「薬を買ったとき、店で、なんと言われましたか」

 また、怪訝そうな顔をされた。

「なんと、って」

「飲ませ方です。店の人は、どう言いましたか」

「……よく煮出しなさい、と」

 よく煮出しなさい。

 トトは、しばらく黙っていた。

「あの、お客さん」

「もう一度、伺います。よく、煮出せと」

「ええ。三日で効かなきゃ倍に、ともね」


 紙には、なんと書いてあったか。

 湯を沸かし、火から下ろしてから草を入れること。蓋をして、しばらく置くこと。煮立てるべからず。

 逆だった。

 一昨日、あの家の敷物の上で、彼は自分の手でその紙を開いて、読んで、当たり前だと思って畳んで返した。

 正しい煎じ方は、あの紙に書いてあった。

 町の煎じ方は、今朝、一言訊いたら出てきた。

 どちらも、はじめから手の届くところにあった。

 足りなかったのは、訊き方だけだった。


「マレンさん」

「はい」

「その薬は、煮立ててはいけません」

 マレンは、彼を見た。

「湯を沸かして、火から下ろして、それから草を入れてください。蓋をして、しばらく置く。それだけです」

「……煮出すんじゃなくて」

「煮出すと、効かなくなります。そういう草です」

 しばらく間があった。

「薬屋さんは、よく煮出せって」

 そこで止まった。

 また、だった。


 午前中で、六軒回った。コゲは肩の上で、戸が開くたびに首を伸ばした。

 同じことを訊いて、同じ答えが返ってきた。

「よく煮出せって言われましたよ」

「三日で効かなきゃ倍に、と」

「ええ、そう聞きました」

 六軒とも同じだった。そして誰一人、紙はもらっていない。

 三日で効かなければ、倍。

 倍にしても効かない。効かないから、また買う。買う先は、あの店しかない。

 効く薬なら、一度で済む話だった。

 勘定として、筋が通っていた。


 煎じ方を変えてみてはどうか、という話になると、そこから先が動かなかった。

「薬屋さんがそう言ったんだから」

「旅の人に、そんなこと言われてもねえ」

「あんた、昨日、若い衆に手を出したそうじゃないか」

 その話のほうが、先に回っていた。

 先に棍棒を出したのは向こうだと言っても、意味はないだろう。言わなかった。


 四軒目の女だけは、最後まで聞いた。

「……煮出さないで、置いておくだけ」

「それだけです」

「やってみようかしらね」

 奥から、男の声がした。

「よせ。薬屋が煮出せと言ったんだ。あっちのほうが知ってる」

「でも」

「銭を捨てるようなもんだ」

 女は済まなそうに笑って、戸を閉めた。

 閉め方は丁寧だった。


 帰りに、薬屋の前を通った。

 列は昨日より長い。

 並んでいる何人かは、今朝、彼が話をしに行った家の者だった。


 昼を過ぎて、七軒目の戸口で断られたところで、やめた。

 橋の欄干にもたれて、川を見た。

 肩の上のコゲが、水面の光を目で追っている。

「答えは出たんだがな」

「きゅ?」

「町の人が、こっちを信じない」

 当たり前だ。

 代々この町で商売をしている店と、数日前に来た男と、どちらの言うことを聞くか。

 自分でも、後者は選ばない。


 夕方、宿へ戻った。

 マレンは何も訊かなかった。飯は出た。魚と、麦のパン。

 訊かない代わりに、いつもより長く卓の前に立っていた。何か言うのかと思ったが、そのまま奥へ入っていった。

 奥からは咳が聞こえている。九日目になる。

 コゲが卓の下から見上げてきたので、魚の皮と骨をやった。

「食べるものがあるのは、いいことだ」

 答えはない。骨を噛む音だけがしている。


 二階で、灯りをつけた。

 コゲは寝台の隅で、もう寝る態勢に入っている。今日は歩かせた距離のわりに、機嫌がよかった。戸の開く家が多かったからだろう。

 証拠は、はじめから手の中にあった。

 紙を読んだのは自分。町の言葉を聞いたのも自分。二つを並べれば、それで終わりだった。

 並べるまでに、何日もかかった。

 そして並べ終えた今、それを町に渡す方法だけが、まだない。

 同じことを、この町の誰かが言えば通るのだろう。

 その誰かに、心当たりがない。


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