8:なんと言われましたか
夜が明けるまでに、分かったことは一つだけだった。
誰かが、調べられると困っている。
困るからには、隠しているものがある。
では、何を隠せるのか。
薬は見た。二軒で、同じものだった。値も同じだと本人が言い、それは嘘ではない。飲み方も訊いた。二軒とも同じだった。病も、そう変わらない。
見られるものは、全部見た。
見たものの中に、隠せるものはない。
――見ていないものが、ある。
トトは寝台に起き上がって、髪に指を通した。
足元でコゲが伸びをして、また丸くなった。
薬屋で、自分は何を訊いたか。
「もっと効くものはありますか」
病人の家で、何を訊いたか。
「どうやって飲んでいますか」
川向こうでも、同じことを訊いた。
三度。
三度とも、同じことを訊いて、同じことを訊かなかった。
――売り手が買い手に、なんと言って渡したか。
薬は物だ。物なら、見せてもらえば分かる。
言葉は物ではない。言った者と、言われた者のところにしか残らない。
隠せるのは、そこしかない。
階下へ降りると、マレンが炉に薪を足しているところだった。
「早いですね」
「一つだけ、伺わせてください」
「……昨日のことなら」
「違います」
マレンは薪を置いて、立ち上がった。
「薬を買ったとき、店で、なんと言われましたか」
また、怪訝そうな顔をされた。
「なんと、って」
「飲ませ方です。店の人は、どう言いましたか」
「……よく煮出しなさい、と」
よく煮出しなさい。
トトは、しばらく黙っていた。
「あの、お客さん」
「もう一度、伺います。よく、煮出せと」
「ええ。三日で効かなきゃ倍に、ともね」
紙には、なんと書いてあったか。
湯を沸かし、火から下ろしてから草を入れること。蓋をして、しばらく置くこと。煮立てるべからず。
逆だった。
一昨日、あの家の敷物の上で、彼は自分の手でその紙を開いて、読んで、当たり前だと思って畳んで返した。
正しい煎じ方は、あの紙に書いてあった。
町の煎じ方は、今朝、一言訊いたら出てきた。
どちらも、はじめから手の届くところにあった。
足りなかったのは、訊き方だけだった。
「マレンさん」
「はい」
「その薬は、煮立ててはいけません」
マレンは、彼を見た。
「湯を沸かして、火から下ろして、それから草を入れてください。蓋をして、しばらく置く。それだけです」
「……煮出すんじゃなくて」
「煮出すと、効かなくなります。そういう草です」
しばらく間があった。
「薬屋さんは、よく煮出せって」
そこで止まった。
また、だった。
午前中で、六軒回った。コゲは肩の上で、戸が開くたびに首を伸ばした。
同じことを訊いて、同じ答えが返ってきた。
「よく煮出せって言われましたよ」
「三日で効かなきゃ倍に、と」
「ええ、そう聞きました」
六軒とも同じだった。そして誰一人、紙はもらっていない。
三日で効かなければ、倍。
倍にしても効かない。効かないから、また買う。買う先は、あの店しかない。
効く薬なら、一度で済む話だった。
勘定として、筋が通っていた。
煎じ方を変えてみてはどうか、という話になると、そこから先が動かなかった。
「薬屋さんがそう言ったんだから」
「旅の人に、そんなこと言われてもねえ」
「あんた、昨日、若い衆に手を出したそうじゃないか」
その話のほうが、先に回っていた。
先に棍棒を出したのは向こうだと言っても、意味はないだろう。言わなかった。
四軒目の女だけは、最後まで聞いた。
「……煮出さないで、置いておくだけ」
「それだけです」
「やってみようかしらね」
奥から、男の声がした。
「よせ。薬屋が煮出せと言ったんだ。あっちのほうが知ってる」
「でも」
「銭を捨てるようなもんだ」
女は済まなそうに笑って、戸を閉めた。
閉め方は丁寧だった。
帰りに、薬屋の前を通った。
列は昨日より長い。
並んでいる何人かは、今朝、彼が話をしに行った家の者だった。
昼を過ぎて、七軒目の戸口で断られたところで、やめた。
橋の欄干にもたれて、川を見た。
肩の上のコゲが、水面の光を目で追っている。
「答えは出たんだがな」
「きゅ?」
「町の人が、こっちを信じない」
当たり前だ。
代々この町で商売をしている店と、数日前に来た男と、どちらの言うことを聞くか。
自分でも、後者は選ばない。
夕方、宿へ戻った。
マレンは何も訊かなかった。飯は出た。魚と、麦のパン。
訊かない代わりに、いつもより長く卓の前に立っていた。何か言うのかと思ったが、そのまま奥へ入っていった。
奥からは咳が聞こえている。九日目になる。
コゲが卓の下から見上げてきたので、魚の皮と骨をやった。
「食べるものがあるのは、いいことだ」
答えはない。骨を噛む音だけがしている。
二階で、灯りをつけた。
コゲは寝台の隅で、もう寝る態勢に入っている。今日は歩かせた距離のわりに、機嫌がよかった。戸の開く家が多かったからだろう。
証拠は、はじめから手の中にあった。
紙を読んだのは自分。町の言葉を聞いたのも自分。二つを並べれば、それで終わりだった。
並べるまでに、何日もかかった。
そして並べ終えた今、それを町に渡す方法だけが、まだない。
同じことを、この町の誰かが言えば通るのだろう。
その誰かに、心当たりがない。




