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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
本物の薬が、誰にも効きません

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6:煎じて飲んでますよ

 橋を渡ると、道の幅が変わった。

 石を敷いてある。荷車がすれ違えるだけの広さがあって、両側の家には塀があった。塀のある家というのは、それだけで用心する余裕があるということだ。

 コゲは肩の上で、行儀よく四本の足を畳んでいた。こちら側では、通りに子供がいない。

「静かだな」

「きゅ」


 舟問屋の看板を出している家の前で、コゲを抱え上げた。塀のある家では、足元を歩かせるわけにいかない。

 取り次ぎに出た奉公人が、腕の中を見て一歩下がった。

「大きなトカゲです」

「……はあ」

 五度目だった。だんだん言い慣れてきた。

 名乗るものがないので、荷を見せた。

「旅の薬草士です。この町で出ている病のことで、いくつか伺えればと」

 しばらく待たされてから、通された。

 床に敷物のある部屋だった。腰掛けが並んでいる。コゲを降ろすわけにいかないので、膝に乗せたまま座った。

 出てきたのは、五十を過ぎたくらいの男だった。血色がいい。

「薬草士さん。ご苦労なことで」

 それから、彼の膝のあたりを見た。

「珍しいものを連れておいでだ」

「トカゲです」

「ほう。南のほうには、いろいろおるそうですな」

 それで済んでしまった。

 知らないものが世の中にあると知っている、そんな言い方だった。

「お加減は」

「もう治りましたよ。四日ほど寝込みましたがね」

 四日。

 宿の子は、今日で七日になる。


「よく効く薬でしてね」

 商人は上機嫌だった。

「うちは家じゅうやられましたが、みんな起きてます」

「同じ薬を」

「ええ。あそこの店のを」

 商人は川上のほうへ顎をしゃくった。

「もっとも、荷はこちら側へ着くんですがね。舟で上がってきたのを、舟着き場で分ける。あの店は、それを町で捌いてるだけでしてね」

 自慢しているのではなく、商いの順番を言っているだけらしかった。

「差し支えなければ、拝見できますか」

 商人は妙な顔をしたが、断りはしなかった。

 奉公人が奥から持ってきたのは、小指の先ほどの紙包みだった。

 開く。刻んだ草が出てくる。

 匂いを嗅いだ。指の腹で潰して、また嗅いだ。

 同じだ。

 葉の縁の欠け方まで似ている。同じだけの技術で処理されている。

(同じか)

 仮説が一つ、ここで消えた。

 金持ちが別の薬を買っているわけではない。町の女たちが言っていたことも、彼自身が昨日考えたことも、外れていた。

「いい薬ですね」

「でしょう。高いんですよ」

 同じ値だ、と言いかけて、やめた。


 包みの下に、小さく畳んだ紙があった。

「それは」

「ああ、用法書きです。買ったときに付けてくれましてね」

 商人は当たり前のように言った。

「あそこの主人は律儀な人でしてね。うちとは先代からの付き合いです」

「そうですか」

「なにしろ、書き付けまで付けてくれる。そこまでする店は、そうありませんよ」

 紙は高い。読めない相手に渡す商人はいない。この家には読める者がいるから、付いてくる。それだけのことだろう。

「拝見しても」

「どうぞ。私は読めますが、面倒で一度きりしか読んでませんよ」

 丁寧な字だった。書き慣れた手だった。

 湯を沸かし、火から下ろしてから草を入れること。蓋をして、しばらく置くこと。煮立てるべからず。

 当たり前のことが書いてある。

 この草は煮立てると効かなくなる。薬草士なら誰でも知っているし、知らない者には書いて渡す――書いて渡せる相手であれば。

(ちゃんとした店だ)

 紙を畳んで返した。


 同じ薬で、片方は四日で治り、片方は七日たっても治らない。薬が同じなら、違うのは人の手のほうしかない。

「一つ伺いますが」

「どうぞ」

「どうやって飲んでおられますか」

「煎じて飲んでますよ」

「……ええ」

 それはそうだ。

 ほかに飲みようがない。


 礼を言って辞去した。

 門を出たところで、奉公人が追ってきて、干した無花果を包んでくれた。受け取らないわけにもいかない。

 橋の途中で立ち止まって、川を見た。

 肩の上でコゲが身じろぎした。無花果の匂いに気づいているらしい。

 同じ薬。同じ飲み方。違う結果。

 三つ並べると、どれかが嘘。

 だが、どれも嘘には見えなかった。


 宿へ戻ったのは、日が傾いてからだった。

 マレンは奥で洗い物をしていた。声をかけると、手を止めずに顔だけ向けた。

「川向こうへ行ってきました」

「……わざわざ」

「同じ薬でした。値も同じです」

 手が止まった。

「あちらは四日で治ったそうです」

「……そうですか」

 それきり、何も言わなかった。

 コゲが床に降りて、奥の戸のほうへ行こうとした。

 マレンは何も言わずに、戸を開けてやった。中から、子供の声がした。

「一つ伺いますが」

 マレンは少し間を置いてから返事をした。

「……はい」

「どうやって飲ませておられますか」

 彼女は怪訝そうな顔をした。

「煎じて飲ませてますよ」

「……ええ」

 ほかに、飲ませようがない。


 奥からコゲを回収するのに、二度呼んだ。子供の枕元で丸くなっていて、動く気がないらしい。

 仕方なく抱え上げると、子供が見上げてきた。

「一緒に寝ちゃ駄目?」

「駄目です」

「なんで」

「……宿代を、余分に取られます」

「取らないよ。かあちゃんに言うもん」

 それは困る。

「この子は、夜中に飯を食べます」

「ぼくも食べる」

「三回食べます」

「……三回?」

 子供が考え込んだ。三回は多いと思ったらしい。

 嘘は一つも言っていない。

 言い返そうとして、そのまま咳き込みはじめた。

 コゲを抱えたまま、収まるのを待つ。背中をさすってやろうかと思ったが、他人の家の子だ。

 枕元の水を取って、飲ませた。

「……また、来ますから」

「うん、約束」

(約束、か)

 逡巡(しゅんじゅん)した一瞬の間に、コゲが返事をしてしまった。

「きゅるる」


 二階へ上がって、寝台に腰を下ろした。

 コゲが膝に乗ってきたので、干した無花果を一つやった。硬いらしく、格闘しているうちに体ごところんと転がった。落ちそうなのを片手で押さえる。

 薬は同じだった。どちらも、煎じて飲んでいる。病も、そう変わらない。

 同じものを、同じように使って、違う結果が出た。

 そんなことは起こらない。

 起こっているなら、同じでないものが、どこかに一つある。

 まだ見ていないものが、一つ。

(どこだ)

 無花果を齧っているコゲを寝台に置いて、立ち上がる。

 頭を冷やしたくて、窓を開けた。川の音と風が入ってくる。

 橋のたもとに、人が立っていた。

 昼には、誰もいなかった場所だった。


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