5:川向こうにも、こちらにも
荷はまとめてあった。
三日目だ。宿代を払って、橋を渡れば、それで済む。
ただし三日目は今日いっぱいある。今日のうちに発つとは、誰にも言っていない。
理屈は立っている。
コゲは荷の上に乗って、下ろされるのを待っていた。
「今日は、まだだ」
「きゅ?」
階下では、マレンが卓を拭いていた。
「おはようございます」
「……おはようございます」
昨日までは「あら、早いね」だった。
彼は宿代の三日目を先に払った。マレンは黙って受け取って、帳面に何か書いた。
「朝飯、いりますか」
「いただきます」
粥が出てきた。塩と、干した魚。昨日と同じだった。
奥からは、咳が聞こえていた。
市へ出て、残りの薬草を売った。
昨日より安く買い叩かれたが、文句は言わなかった。
川べりの洗い場では、女が三人しゃがんで話している。
「治らないねえ」
「うちのも、もう七日だよ」
「川向こうは治ってるって聞いたけど」
「そりゃあ、いいのを買ってるんだろ」
手を止めずに、そういう話をしている。
「金持ちは、もっと効くやつを買ってるんだよ。あたしらのとは違うのさ」
誰も驚かなかった。そういうものだ、という顔で頷いている。
筋は通っている。
同じ病に効く草は一つではない。よく効くものが必ず高いとは限らないが、高いものがよく効くことはある。
薬屋が上客に別のものを卸しているなら、それで全部片づく。
そして――自分の知らない草がある、という話でもある。
薬草士として、それは十分にありうることだった。
この病に効く草なら、ほかにもいくつか思い当たる。手に入りにくいものもあるし、値の張るものもある。どれが宿の子に効くかは、飲ませてみないと分からない。
(知らない草があるなら、見てみたい)
その気持ちのほうが、たぶん先に立っていた。
薬屋には、昼過ぎに入った。
コゲを床に降ろす。今日も量りの分銅を見に行った。
待つあいだ、棚を見た。昨日と同じ並びで、崩れていない。売れたぶんだけ前へ出して、後ろを詰めてある。
商売として、きちんとしている店だった。
奥から出てきたのは、昨日の店員ではなかった。五十がらみの、白いものの混じった髪の男だった。
「主人でございます」
「昨日、草を買っていただきました」
「ああ、あなたでしたか。いい品でした」
「恐れ入ります」
「あれは、どのあたりで」
「街道沿いの、日の当たる斜面です」
「でしょうな。日陰のものは、どうしても匂いが弱い」
分かっている人間の言い方だった。
愛想も悪くない。
「一つ、伺いたいのですが」
「どうぞ」
「いま町で出ている病に、こちらの薬を出しておられますね」
「はい」
「金持ち向けの、もっと効くものはありますか」
量りを拭いていた手が、止まった。
ほんの一拍だった。それから、また動きはじめた。
「そんなものはありません」
主人は量りを置いた。
「よく効く草というのは、その病に合っているという意味です。値の高い安いとは、別の話でしてね」
「では、川向こうには」
「川向こうにも、こちらにも、同じものを売っています」
「値も、同じですか」
「同じです。うちは値を分けません」
嘘を言っている顔ではなかった。
実際、嘘ではないのだろう。分けていれば、すぐに知れる。町は狭い。
同じ棚から同じ包みが出ていくのも、昨日この目で見ている。
「参考に、一包みいただけますか」
「もちろん」
主人は棚から包みを取って、卓に置いた。
銅貨が四枚出ていった。参考にしては高い。
「煎じ方は」
「ご存じですよね」
主人が笑った。
そのとおりだった。同業に基本から説くのは、失礼にあたる。
包みを懐へ入れて、コゲを抱え上げた。
「お客さん」
戸口で呼び止められた。
「しばらく、こちらに?」
「明日には発ちます」
「そうですか」
それだけだった。
主人はもう量りのほうを向いていた。
日が暮れてから宿へ戻ると、マレンが待っていた。
「あんた、薬屋に行ったんだってね」
町は狭い。
「はい」
「……何を言われたか知りませんけどね」
「同じものを売っている、と」
マレンは何か言いかけて、やめた。
それから、奥のほうへ顎をしゃくった。
「あの子が、トカゲを呼んでますよ」
奥の部屋に入ると、コゲは呼ばれてもいないのに箱によじ登った。
上掛けの下から手が出てくる。昨日より、少し速い。
「熱、下がった?」
「まだです」
「ふうん」
子供はコゲの鱗を撫でながら、天井のほうを見ていた。退屈しているらしい。それだけ元気があるということでもある。
しばらくして、マレンが器を持って入ってきた。
湯気が立っている。
寝台の脇に膝をついて、器を口へ運びかけ――やめて、手の甲に近づけた。
少し待って、もう一度。
それから、子供に渡した。
トトはコゲを抱えようとして、手を止めた。
そのまま、しばらく動かなかった。
「……お客さん?」
「いえ」
コゲを抱え上げて、部屋を出た。
階段の下で、泊まり客の一人とすれ違った。
目が合うと、そらされた。
薬屋へ行ったことは、もう宿中に回っているらしい。
二階の部屋へ上がった。
コゲは寝台に乗せたら、すぐに丸くなった。
灯りの下で、買ってきた一包みを開いてみた。
刻み方も、乾かし方も、宿の子が飲んでいるものと変わらない。指で潰して、匂いを嗅ぐ。同じだ。
これで、川向こうにも同じものが渡っていることになる。
残るのは、扱いの差だけだ。
「……明日は、川を渡るか」
言ってから、まとめてあった荷をほどきはじめた。




