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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
山へ入った人が、帰ってこなくなりました

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36:手掛かりだ

 隣村に使いが来たのは、日暮れだった。

「終わりました」

「誰が」

「……そこまでは」

 夜の峠は越えられない。

 だから、夜明けを待って発った。

 供の男は残した。七十人を連れて戻るのを任せた。


 この村へ来たのは、確かめずに通り過ぎる理由が、なかっただけだ。


 峠を下りきると、道がまっすぐに伸びている。

 両側の家は、どれも戸が開いたままだった。持ちきれなかった荷が、道の脇に積まれている。櫃が一つ、庇の下に寄せてあった。

 納屋のほうで、牛が鳴いた。

 馬を引いて、村を端から端まで歩いた。

 突き当たりに、石を積んだ祠がある。その手前で、道が塞がっていた。


 イリスは、足を止めた。

 四つ足だった。上半身が厚い。そして大きい。炭焼き窯くらい、いや、もっと大きいかもしれない。

 毛はない。厚い皮が、肩のあたりで幾重にも垂れていた。

 手綱を木に回してから、近づいた。


 地面を見た。

 荒れているのは、魔物の側だけだった。道の端の下生えが、まとめて薙がれている。折れ口が、まだ白い。

 人の足跡は、一人ぶんしかなかった。前へ出た跡が一つあって、そこで土が後ろへ飛んでいる。

 囲んだ跡はない。引きずった跡もない。倒れた場所に、そのままある。


 しゃがみ込んで、魔物の体を見た。

 深い傷は、一つだった。

 喉から入って、顎の下へ向かっている。下から上へ。柄まで入ったのだろう。


 前足に、別の傷があった。

 爪が一本、根元から落ちている。折れたのではなく、切り離されている。

 裏側にも、浅いのが幾つか。

 小さい刃だ。喉のものとは、別の得物である。


 イリスは、手帳を出した。

 どの頁に書くべきか少し迷って、新しい頁を開いた。

 この大きさの魔物を倒せる人間は、そういない。

 この村には猟師もいるが、罠を使うものばかりだ。

 魔物と戦えるような人間がいるとは思えない。

 であれば、これは外部の人間の仕業ということになる。


 書く手を止めて、頁を遡る。

 しばらくめくって、手を止めた。


 薬草士トト。三十前後。焦げ茶の髪。大きなトカゲ。三日前に発つ。行き先不明。

 猪五頭を単独で仕留めた。元従軍。


 この村で会った男は、同じ名前で、同じ連れだった。

 街道は一本だ。それだけなら、偶然で済ませていた。

 草を採っていると言った。姓はないと言った。

 伸びて跳ねた焦げ茶の髪の、薬草士。


 イリスは立ち上がって、周りを歩いた。

 焼けた土はない。抜けた草もない。石も割れていない。

 勇者がその力を振るえば、土地は荒れる。

 薬草士が魔物を倒した。そう思えるだけの状況だ。

 でも、勇者ではない。


 祠の前に、剣が置いてあった。

 鞘と、並べてある。

 持ち上げると、半ばから曲がっていた。もう真っすぐには戻らない。

 古い剣だった。金具は色が抜けている。それでも、柄は巻き直してあった。

 板戸は、閉まっていた。


 祠のものだろう。持ち込んだのなら、鞘までここへ置く理由がない。

 小さい刃で始めて、途中でこれを借りた。

 剣を持たない男が、やったことになる。

 イリスは頁をめくって、曲がった剣についても書いた。


 馬を引いて道を戻ると、家の前に人が出ていた。

 女が一人。それから、五十がらみの男。

「調査官です。昨日のことを伺います」

「はい」

 女は、手を前で合わせた。

「ヨハンネといいます」


 イリスは手帳を開いて、ヨハンネと名前を記す。

「残っていたのは、何人ですか」

「七人です。動けない者と、看る者と、担ぎ手が二人」

「魔物は、誰が」

「日が昇る前で暗かったので」

「見ていない」

「はい」

 目撃者、なし。


「村には、あれを倒せる人間はいますか」

 ヨハンネは、大きく首を振った。

「いいえ、とんでもない」

「では、旅人は」

「トトさんという薬草士がいました」

「知っています。それ以外に、よそから来た者は」

「いいえ」

 旅人、薬草士のみ。

 やはりあの男だろう。


「薬草士の方は、何をしていましたか」

「手当てをしていました」

 ヨハンネは、そこで少しだけ笑った。

「うちの人も、あの人が連れて下りてくれました」

 イリスは書いた。手当て。


「薬草士の方は、今どちらに」

 ヨハンネは、視線を動かした。その先にはあの男が寝泊まりしていた空き家があった。

「朝にはいませんでした」

「行き先は」

「訊いておりません」

 行き先不明。この男について、これを書くのは二回目だ。


 女の後ろから、女の子が出てきた。

 山のほうを指している。

「火を吐いたよ」

 男が、女の子の肩に手を置いた。

「トカゲだったな」

 子供は、男を見た。それから、黙った。


 大きなトカゲ、子供が懐いていた。

 火を吐いた? ただし、子供の言。


 手帳を閉じると、頭を下げた。

「ありがとうございました」


 村の外れで、手帳を読み返す。

 勇者の頁は、九年前の秋のところで止まっている。

 この村で、その内容は増えていない。

 集まったのは、トトという薬草士の話ばかり。

 勇者と薬草士は、別の頁である。

 今日のぶんを書き足すために、薬草士の頁を開いた。


 腕の立つ薬草士。元従軍。


 元従軍。


 あの大きさの魔物を一人で倒せる人間は、そういない。

 戦の最中なら、なおさら放っておかれなかったはずだ。

 それだけ腕の立つ男なら、勇者の近くにいたかもしれない。

 であれば――。

「手掛かりだ」


 言ってから、可笑しくなった。

 手掛かりといっても、あるのは名前が一つきりである。

 トト。短くて、行の端が余る。偽名だろう。

 名が偽りでも、日付と方角は嘘をつかない。

 いつも、そう書いてきた。

 今度は、その方角がない。


 峠のほうから、声が聞こえはじめた。

 村が、戻ってくる。

 イリスは道の脇へ寄った。

 七十人が下りきるまでには、まだかかる。供の男は、その最後にいる。


 列が通ってから、峠を越える。

 下りきったところが街道で、宿がある。

 宿には、名前が残る。


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