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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
山へ入った人が、帰ってこなくなりました

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32/37

32:頼みます

 村じゅうの戸が、開いたままになっていた。

 灯りが動いて、家から荷が出てくる。麦の袋、鍋、丸めた寝具。

 荷車は二台しかない。積みきれないものが、道の脇に積み上がっていった。


「持てるだけで」

 年寄りが、同じことを何度も言った。

 言われて、みんな一度は戻る。それから、もう一度出てくる。


 女が、抱えた櫃(ひつ)を見せた。

「これは」

 年寄りが答えた。

「置いていってください」

「爺さんの代からのもんです」

「戻ってから、取りに来ましょう」

 年寄りはそう言って、次の家へ行った。

 櫃は、道の脇に置かれた。


 トトは、動けない二人を運ぶほうへ回った。

 肩を裂かれた男は、昼のうちに熱が出ていた。縫い目は開いていない。だが歩けない。

 背負って下りてきた男は、まだ歩ける状態ではない。


「担架を二つ、作ってください」

「布は」

「戸板でいい。あるだけ縄で縛って」

「荷車のほうが、楽じゃないですか」

「輪が跳ねます。担いだほうが、揺れません」

「遅くなりますが」

「はい」

 男衆が二人、戸を外しに行った。


 縛り終えた戸板に、肩の男から先に移した。

 男衆の手を、どこへ入れるか一つずつ決めた。

 もう一人は、自分から首に腕を回してきた。


 コゲが、余った戸のあいだを歩き回っていた。

「そこにいると踏まれる」

 言ってもどかないので、抱えて、空いた寝台の上に置いた。


 峠側のはずれに、人が集まりはじめた。

 女と子供と、歩ける年寄り。荷車の脇に、家ごとに固まっている。

 数えると、七十人ほどいた。


 イリスが、その先頭にいた。

 馬を引いている。供の男が、もう一頭に荷を分けて載せていた。

「峠まで、わたしが行きます」

 声を張ってはいなかったが、後ろまで届いた。

「向こうの村には、わたしから話を通します。今夜のうちに」

 年寄りが、何か言おうとして、そのまま頭を下げた。


 列が動きはじめたのは、真夜中を回ってからだった。

 荷車が二台、道を軋ませていく。

「前が詰まっとります」

「押さんでください。輪が外れます」

 子供が一人、途中で泣きはじめた。母親が背負い直して、そのまま歩いた。


 戸口で立ち止まる者が何人かいた。

「戸は」

「開けたままで」

 年寄りが、後ろから同じ返事を繰り返していた。

「閉めても、どうにもなりません」


 列の最後の一人が峠道に入るまでに、ずいぶんかかった。


 村に残ったのは、十人ほどだった。

 動けない二人と、担架を担ぐ男衆が四人。ヘニングと、ヨハンネと、カーヤ。

 担架では、あの速さに付いていけない。先に行かせて、あとから追いかけることになっていた。

 誰も、置いていかれたとは言わなかった。


 カーヤが、母親の袖を引いた。

「行かないの」

「父さんが、動けないから」

 カーヤは、それで黙った。


 ヨハンネが、担架の脇に布を積んでいた。

「途中で、縫い目が開いたら」

「布で強く押さえて、そのまま行ってください。離さないように」

「はい」


「あんたは、先に行け」

 ヘニングだった。荷を担ぎ直しながら、こちらを見もしなかった。

「村の者じゃない」

「……そうですね」

 それだけ答えて、担架の縄を締め直した。

 ヘニングも、二度は言わなかった。


 東の空は、まだ何も変わっていなかった。

 風が下りてくる。木の音がして、それから止んだ。


 トトは、山の口のほうを見た。


 それから、家に戻った。

 荷から鉈を出して、腰に差した。

 コゲは寝台の上をうろうろしていた。

「きゅーっ」

「悪かった」

 トトはコゲを抱え上げた。

 いつもより長く、掌で背中を押さえていた。鱗は温かい。

 抱えたまま、家を出た。


 カーヤは、担架の脇に座っていた。

 父親の手を、両手で握っている。


 トトはその前まで行って、膝をついた。

 コゲを差し出す。カーヤは父親の手を離して、両手を開いた。

「頼みます」


 カーヤは、コゲを胸で受け取った。

 重かったらしく、一度よろけて、座り直した。それから、頷いた。


「どこ行くの」

「向こうの端まで」

「なんで」

「そのほうがいいので」

 カーヤは、しばらくこちらを見ていた。

 それから、コゲの背中に顎を乗せた。


 ヨハンネが、何か言いかけて、やめた。

 トトは頭を下げて、立ち上がった。

 誰も、引き留めなかった。


 村のほうへ歩き出した。

 道は一本しかない。

 端から端まで、村を突っ切っていく。


「きゅう、きゅう」

 後ろで、鳴き声がした。

 振り返らなかった。


 両側の家は、どれも戸が開いていた。

 中に灯りはない。積み残された荷が、道の脇に並んでいる。

 窯の火だけが、まだ赤かった。土をかけていく者がいなかったのだろう。


 突き当たりに着いた。

 石を積んだ祠が、道の終わりにある。板の屋根も、踏み固められた土も、いつもどおりだった。

 その先が、山の口だ。


 下りてくる道は一本しかない。

 両側は下生えが濃く、あの幅では抜けられない。

 ここを通る。


 トトは、道の真ん中に立った。

 鉈を抜いて、一度だけ握り直した。


 東の空が、少しだけ白くなった。


 風が止んだ。

 木の音も、鳥の声も、何もない。


 そして、上のほうで枝が鳴った。

 一本ではない。まとめて折れる音が、下りてくる。


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