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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
本物の薬が、誰にも効きません

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3:ええ、トカゲです

 川の音が、町より先に聞こえた。

 街道が下りきったところで、視界が開ける。橋が一本、その両側に家が並んでいた。荷を積んだ舟が何艘か、岸に寄せてある。

 ノイセ、と道標にあった。

 肩の上でコゲが首を伸ばした。人の数が村とは違う。

 肩に乗っているものは、遠くからでもよく見える。足元を四つ足で歩いていれば、たいていは犬で済む。

「降りろ」

「きゅ?」

「降りろ。歩け」

 橋の手前で下ろした。翼は畳ませてある。それでも、すれ違う者の何人かが振り返った。


 渡る前に、一度だけ足を止めた。

 両岸で家の様子が違う。こちら側は木の壁に板葺(ふ)きで、軒が低い。向こう岸は石を積んだ家が並んでいて、舟着き場も広かった。荷を下ろしているのも、向こうのほうが多い。

 彼がこれまでに通った町も、だいたいこういう形をしていた。川が一本あれば、たいてい片側が先に太る。


 立ち止まったのが、いけなかった。

「なにそれ」

 子供が三人、正面から寄ってきた。真ん中の子がしゃがみ込んで、コゲと同じ高さで顔を突き合わせている。

「トカゲ?」

「ええ、トカゲです」

「でっかいね」

「大きいですね」

 コゲは逃げなかった。逃げないどころか、首を伸ばして子供の指の匂いを嗅いでいる。

「さわっていい?」

「よしなさい。噛みます」

 噛まないが、そう言っておくのが早い。

 言った先から、もう撫でられていた。喉を鳴らして、目を細めている。

「噛まないよ」

「……気まぐれですから」

「なんて名前?」

「コゲといいます」

「コゲー」

「きゅ、きゅ」

 得意げに返事をした。

 トトは咳払いをした。

「トカゲですから、名前を呼んでも分かりませんよ」

「返事したよ」

「風です」

 子供の一人が両手で持ち上げようとして、コゲが後ろ足に力を入れた。立ち上がりかけている。

 トトは屈んで、何食わぬ顔でその背中を押さえた。

「そろそろ行きます」

「えー」

 角を曲がるまで、コゲは子供たちのほうを見ていた。

 人通りの切れたところで、しゃがんで抱え上げる。

「お前な」

「きゅるる」

 叱られているとは思っていない顔だった。


 宿は川沿いに三軒あった。いちばん川下の、看板の小さいところに入る。

「一晩、いいですか」

「はいはい」

 帳場の奥から女将が出てきて、卓の上に帳面を広げた。

「書けるかい」

「はい」

「助かるよ。うちは、読み書きはあたしの役目でね」

 トト、と書いた。それだけだった。

 女将は帳面を覗き込んで、そのまま閉じた。

「お一人で」

「一人です」

「何日ほど」

「三日ばかり、と思っています」

 鍵を渡された。足元のコゲには、目もくれなかった。


 部屋は二階の川側だった。窓を開けると、水の音が近い。

 荷を解いていると、女将が水を持って上がってきた。水瓶を置いて、その上に手をかざす。細かい濁りが、底のほうへ静かに沈んでいった。

「夕飯は下で。魚が出ますよ」

「ありがとうございます」

 戸が閉まってから、コゲが寝台に飛び乗ろうとして、届かずに落ちた。

 もう一度跳んで、また落ちた。

 それから寝台のほうを向いて、口を開けた。


 ふすん。


 煙が少し出て、それだけだった。

「焼いても、届かないぞ」


 日のあるうちに、町を一回りした。

 橋のたもとには市が立ち、川べりでは女たちが洗い物をしている。荷を担ぐ人足の間を抜けるあいだだけ、コゲを抱えた。

 市の人間は、目の前のことで手一杯らしい。旅の男が何を抱えていようと、いちいち顔を上げなかった。


 それから、薬屋へ寄った。

 街道で摘んだ草を売るためだった。二束と少し。宿代の足しにはなるだろう。

 店は思っていたより大きかった。棚が天井まであって、包みが行儀よく並んでいる。奥で若い店員が量りを使っていた。

 コゲを床に降ろす。棚には目もくれず、量りの分銅をじっと見ていた。

「買い取りはやってますか」

「見せてください」

 布を開くと、店員は一つずつ手に取って、匂いを嗅いだ。慣れた手つきだった。

「乾かし方がいい」

「ありがとうございます」

 待っているあいだ、棚を眺めた。

 刻み方がいい。乾かしすぎているものが一つもない。値の張る根が、いちばん目につく高さに置いてある。

(いい店だ)

 この規模の町で、これだけ揃えている店はそう多くない。

 銅貨を数えて渡された。思っていたより多かった。

「この町で、薬草を売り歩く余地はありますか」

「どうでしょうねえ」

 店員は量りの目盛りを直しながら答えた。

「薬は、うちで足りてますから」

「そうですか」

「うちの主人が、川向こうまで手広くやってますんで」

 店を出るとき、量りの前に人が並びはじめていた。四人、五人。みな同じものを買っていく。小指の先ほどの紙包みで、出ていく銅貨は一枚や二枚ではなかった。

(高いな)

 それだけ思って、コゲを抱え上げて、外へ出た。


 宿屋で階下へ降りるとき、コゲを抱えるか歩かせるかで少し迷って、歩かせた。

 四つ足で階段を降りるのは苦手らしい。一段ごとに前足から落ちるように降りていく。

 危なっかしくて、結局途中で抱え上げることになった。


 帳場のある広間が、そのまま食堂になっていた。床は土のままで、卓が五つ六つ並んでいる。厨房と、女将たちの住まいが奥にあるらしい。


 夕飯は川魚だった。

 塩をして焼いたものが一尾と、麦のパン。それから、干した魚を裂いたのが小皿に載っている。

「それはお茶請けみたいなもんでね」女将が言った。「うちの名物」

 一口目は硬い。それを奥歯で噛み締めると、ぎゅっと旨みが出てきた。

 旅の荷に入れておくといい類のものだった。

「そっちの魚はね、煮ちゃ駄目なんですよ」

 女将が焼いたほうの皿を指した。

「煮ると身が痩せちまう。焼くか、干すか、どっちかだね」

「そういうものですか」

「そういうものです。この魚は」

 麦酒を頼んだ。村の倍の値だった。

(町だな)

 焼けた身を骨から外して、手の甲に近づけてから、卓の下へ落とした。

 コゲは、彼が落としたものをきれいに片付けている。時々、卓の上に首を伸ばしかけては、押し戻された。

「行儀」

「きゅ」

 卓は半分ほど埋まっていた。舟の人足らしいのが数人と、行商が一人。話し声は多いが、どこか緩い。

 皿を下げに来た女将が、荷のほうへ目をやった。

「お客さん、薬草士さんかい」

「はい」

「道理で。荷から草の匂いがするもの」

「分かりますか」

「宿を長くやってるとね。荷の匂いで、だいたい商売が分かるようになるんだよ」


 そのとき、隣の卓で誰かが咳をした。

 乾いた咳ではない。

「このところ、たちの悪いのが流行ってましてね」

 女将が声を落とした。

「咳が出て、熱がなかなか下がらないんです。うちの子も寝込んでてね」

「それは」

「でも、いい薬があるんです。あそこの薬屋の」

 彼は、昼間の行列を思い出した。

「効きますか」

 女将は皿を持ったまま、少しだけ間を置いた。

「……そのうち効くって、言われてますよ」

 それから笑って、奥へ下がっていった。

 トトは杯を置いた。

 卓の下で、コゲが骨をかじっている音がする。

(そのうち、か)

 しばらくして、奥のほうから子供の咳が聞こえた。細く、長く続いて、それから止まった。


 コゲを抱えて部屋に戻り、寝台の上に置いてやった。

 窓を閉めると、川の音が少し遠くなる。

 荷を解いて、売れなかった草を布に広げ直した。町の湿りでは、放っておくとすぐ駄目になる。

 コゲは寝台の足元で、もう丸くなっている。今日は歩かせすぎたかもしれない。

 三日ばかり泊まって、川を渡って、次へ行くつもりだった。

 階下から、また子供の咳が聞こえた。


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