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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
山へ入った人が、帰ってこなくなりました

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29:明日、山へ行きます

 筵と、油の壺と、麦の袋が、荷車に積んであった。

 供えるものにしては多い。

 女が二人、道端で布を裂いていた。

 足を止めると、片方が顔を上げた。

「灯心にするんです。祠で、火を絶やさんように」

 それで、油の壺の数が合った。


 コゲが麦の袋に鼻先を伸ばしたので、抱え上げた。

 女が笑った。

「それは、供えてからね」

 トトは荷車のほうを見た。

「いつ出るんです」

「明日です。明るくなったらすぐに。十人ばかりで、祠で祈って、それから奥へ」

「戻りは」

「日のあるうちには、と」

 女は、また布を裂きはじめた。


 イリスが道の端にいた。

 荷車のほうを見ては、手帳に何か書いている。誰にも訊いていない。

 顔を上げたところで、目が合った。頭を下げると、向こうも下げた。


 窯には火が入っていた。

 ヘニングが一人で、煙の口を塞いでいる。人手がなくても、焼くものは焼くらしい。

「息子の嫁が、寝とらん」

「そうですか」

 コゲが窯の脇に回って、温まった土の上に腹をつけた。

 荷の中を思い返した。眠るための草なら、ある。

 ヘニングは一度手を止めて、塞いだところを見た。

「明日、上がるそうだ」

「聞きました。祠から、奥まで行く、と」

 ヘニングは、もう一つの口に土を寄せた。

「わしは行かん」

「はい」

「詫びて戻るなら、三日も山に入っとらん」

 それきり、手元から目を上げなかった。


 昼を過ぎて、荷から草を出した。

 それを持って、ヨハンネの家へ向かった。

「押しかけてすみません」

「いえ」

 戸を開けたヨハンネの、目の下が黒くなっていた。

 家の中は片付いていた。片付きすぎている、という気もした。


 炉に鍋をかけて、草を一つまみ落とした。

 煮出しているあいだ、カーヤがコゲの前にしゃがんでいた。

 パンをちぎって差し出すと、コゲは口の先だけで咥えた。

 飲み込んでから、指を舐めている。

「くすぐったい」

 カーヤが指を引っ込めると、コゲが首を伸ばした。

「きゅ」

 もう一度ちぎってやっている。


 器に注いで、手の甲に当ててから、ヨハンネに渡した。

「熱いうちに」

「ありがとうございます」

 ヨハンネは頭を下げて、両手で受け取った。それから、こちらを見た。

「いつも、そうやって確かめるんですね」


 トトの手が、止まった。

 荷の口を結び直そうとして、そのままになっていた。

「……そうですか」

「渡す前に、手の甲に当てられました」

 言われて、思い出そうとした。

 やっていたかもしれない。今さっきのことなのに、曖昧だった。


 ヨハンネは一口飲んで、それから鍋のほうを見た。

「この子にも、いいですか」

「構いません。薄いので」

 ヨハンネが別の器に注いだ。

「カーヤ、こっちで」

 カーヤが腰掛けに座ると、コゲも足元までついてきた。

 ヨハンネが、その器に息を吹きかけた。

「わたしのは、こっちです。母がそうしていました」

 こちらを見て、少し笑った。

「そちらも、誰かがやってたんでしょうね」


 鍋の中で、湯が小さく鳴っていた。

 カーヤが器を両手で持ち上げて、こぼさないように口をつけている。


 レーナが、そうしていた。

 器でも、匙でも、渡す前に手の甲に当てた。それから、両手で押しつけるようにして渡す。

 いつからそうだったのかも、最後に見たのがいつだったかも、思い出せない。


 トトは、火から鍋を下ろした。


 外で、荷車の音がした。祠のほうへ上っていく音だ。

 ヨハンネが、そちらに視線をやった。

「明日、山へ行きます。わたしも、行くことにしました」

「……祠へ」

「その先です」

 トトを一回見てから、器に視線を落とした。

「うちの人が何をしたのかは、分かりません。誰にも分かりません」

「はい」

「分からないなら、全部詫びるしかないと」


 年寄りの言い方が、そのまま出てきた。

 言葉を探したが、出てこなかった。旅の者に言えることは、多くない。

「草は、置いていきます」

「ありがとうございます」

「足りなければ、また来てください」


 カーヤが戸口までついてきた。

 コゲを抱え上げると、下から手を伸ばしてくる。

 少しかがんでやると、コゲの頭を撫でた。コゲが目を細めている。

 カーヤも目を細めた。

「また来る?」

「……はい」

 トトが借りた家へ戻る間も、カーヤは戸口に立って見ていた。


 日が落ちてから、山が鳴った。

 地の底で石が転がるような音だった。

 息を三つ四つ数えるあいだ続いて、止んだ。

 トトは外に出て、山のほうを見た。暗くて、山の輪郭がうっすらと見えるだけだった。

 他にも道に出た者が何人かいたが、誰も上を指さなかった。

 コゲが戸口から顔を覗かせて、こちらを見上げた。


「明日は、やめときましょうよ」

「いや、だから行くんだ」

 暗くて、どちらの声も誰のものか分からなかった。

 年寄りの家には、まだ灯りが点いている。

 窯の火だけが、いつもどおり赤かった。


 家に戻って、荷の底を探った。

 眠るための草は、まだ残っていた。

 コゲはもう、火の前で丸くなっている。


 明日は、十人が山へ入る。


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