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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
山へ入った人が、帰ってこなくなりました

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28/37

28:大きなトカゲです

 草が仕上がった。

 板から下ろして、葉を一枚割ってみる。乾き方は悪くない。

 三種類と、二種類。束ねて布に包むと、片手で持てるだけになった。

 売る先は、まだない。


 朝のうちに、男衆が山の口へ出ていった。

 斧の音がするあたりまで上がって、昼前には戻ってきた。それより上へは行かない。

 牛は、どこも納屋に入れたままだった。日のあるうちは外に出しておくものだが、どの戸も閉めてある。

 外に繋いである分は、朝から首を振って、縄を鳴らしている。足元の餌が、減っていない。


 窯の前を通ると、ヘニングが座っていた。

 煙は出ていない。火を落としてある。

「今日は焼かんのですか」

「人手がない」

 それだけ言って、窯の口に手を当てた。まだ温いのだろう。

 コゲが縁を回って匂いを嗅ぎ、すぐに戻ってきた。


 道のほうが騒がしくなったのは、そのあとだった。

 馬の足音だった。この村では聞かない音だ。


 峠のほうから三頭来ていた。

 二頭に人が乗って、一頭が荷を引いている。乗っているうちの一人は女だった。

 旅装だが、布の質が違う。裾も袖も、汚れの落とし方が丁寧だった。


 年寄りが前に出て、頭を下げた。女も下げた。

 供の男が馬を引き取って、荷をほどきはじめる。手つきに迷いがなかった。

 年寄りが自分の家のほうを指した。戸口から出てきて眺めていた村の女たちが、道を空ける。

 誰かが湯を沸かしに走っていった。


 トトは道の端に立っていた。

 コゲが足元から首を伸ばして、馬を見上げている。

 馬のほうも、こちらを見ていた。

「きゅーっ」

「張り合うな」

 立ち上がりそうにしていたので、慌てて抱え上げた。

 抱え上げても、腕の中でまだ馬のほうを見ていた。


 昼を過ぎて、戸が鳴った。

 馬に乗っていた女が、一人で立っていた。革の表紙の手帳を、胸のあたりで抱えている。

「王都から参りました。イリス・エンデといいます」

「トトです。薬草士をしています」

「伺っています」


 中へ入れると、コゲが先に寝台の下へ潜り込んだ。

 腰掛けは一つしかない。勧めると、イリスは座って、それから手帳を開いた。

「山のことで参りました。街道で、人が戻らないと聞いて」

「一人、戻っていません」

「一人ですね」

「昨日から、二人です」


 書く手が止まった。それから、速くなった。

「二人目は、いつ」

「昨日の昼前に出て、それきりです」

「どちらへ」

「尾根の向こうへ、罠と炭木に」

 イリスは書いていた。書き慣れているのだろう、手が速い。


 イリスは手帳から顔を上げずに口を開いた。

「こちらには、いつから」

「六日になります」

「お仕事で、この村へ」

「草を採っています。山際なら、下では見ない草があるかと」

「なるほど」

 紙の上をペンが走る音がする。


 順番どおりだった。名前、日数、生業。

 役所の紙に、その順で欄が並んでいるのだろう。


 コゲが寝台の下から出てきた。

 匂いを嗅ぎながらイリスの足元まで行って、そこで止まった。

 イリスの目も、そこで止まった。

「……それは」

「大きなトカゲです」

「トカゲ」

「ええ」

 イリスはしばらく見ていた。それから、顔を上げた。

「よく懐いていますね」

「食い物をやるので」

 手帳は開いたまま、イリスは手を動かさなかった。


 イリスはペンを持ち直した。

「山には、どのあたりまで入られました」

「谷の三番目までです」

「三番目」

「一番下から数えて、三本目です」

 イリスのペンが動く。指で頁の端を押さえていた。


 それから手帳を閉じた。紐をかけて、膝の上に置く。

「お名前は、それだけですか」

「それだけ、とは」

「姓は」

「ありません」

「そうですか」

 膝の上の手帳は、閉じたままだった。


「山の神が怒っている、と伺いました」

 トトは頷いた。

「村では、そう言っています」

「あなたは」

「分かりません」

 イリスは頷いて、立ち上がった。

「お邪魔しました」

 戸口で一度振り返って、それから出ていった。


 イリスと名乗った女は、トトの名前を聞いても書かなかった。コゲの姿を見ても書かなかった。

 書く必要がないというのは、すでに書いてあるということだろう。

(まずいな)


 コゲが戸の隙間に鼻先を突っ込んでいる。

 引き剥がして、床に下ろした。


 日が傾いてから、道の先が騒がしくなった。

 男が二人、上から下りてくる。朝、斧を振っていた二人だった。

 片方が、荷縄を提げていた。ほどけたまま、泥がついている。

「三番目の谷の、上でした」

 村でもう入らないと決めた場所より、ずっと上だ。

「上まで行かれたんですね」

「仕方ないでしょう」

 トトは、その縄を見た。太さの変わるところがあって、途中で一度、継いである。

「あの人のですか」

「いえ、うちのです。昨日、貸したので」


 束ねた炭木も、そこにあったという。

 担いで下りる途中で、下ろしたことになる。


「ヘニングさんとこのときは、何も出んかったのに」

 言ったのは、女の一人だった。誰も答えなかった。


 ヘニングが縄を受け取って、手の中でしばらく持っていた。

 それから、肩にかけて窯のほうへ歩いていった。

 年寄りは道を戻って、祠のほうへ上っていく。ついていく者が何人かいた。


 イリスは、少し離れたところにいた。

 縄が窯へ、年寄りが祠へ。どちらへも行かずに、書いていた。


 家に戻ると、包んだ草が卓の上にあった。

 乾いて、束ねて、布に包んである。ここでの用は、もう済んでいる。

 荷にまとめれば、朝には発てる。


 コゲが火の前から顔を上げて、それからまた丸くなった。

 戸の隙間を、灯りが一つ通っていった。今夜も、誰かが家畜を宥めに出たのだろう。


 二人、戻っていない。


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