↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
山へ入った人が、帰ってこなくなりました

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/37

26:明日も、供えます

「動かんのです、朝から」

 道の真ん中に牛がいた。男が一人、縄を短く持っている。

 荷は積んでいない。引くと、牛は前足を踏ん張って、後ろへ下がった。

「触っても」

「どうぞ」

 コゲが足のあいだをすり抜けて、先に牛を見上げていた。


 トトは鼻先に手を当てた。濡れている。目も濁っていない。

 脇腹に手を置くと、皮の下が細かく震えていた。息が速い。

 だが、熱はなかった。

「餌は」

「食いました。いつも通り」

「歩けますか」

「下へは。山のほうへ行かせようとすると、こうです」

 男が縄を引いた。牛はまた前足を踏ん張った。


 トトは視線を男に戻した。

「悪いところはないですね。熱もない」

「……そうですか」

「はい」

「じゃあ、やっぱり」

 男はそれ以上言わなかった。言わなくても、周りが引き取った。

「うちのもです」

「昨夜は、繋いだまま鳴いてました。朝までずっと」

「山羊も、小屋から出ません」

「山の神さんだ」

 その一言で、その場が収まった。


 男が縄を持ち直した。

「薬草士さん。牛に効く草は、ないですか」

「熱があるなら、あります」

「熱はないと、今」

「はい」

「じゃあ、何もないんですか」

 牛が首を振って、縄が鳴った。

 トトは目を伏せた。

「怖がっているだけなら、草は効きません」

 男は頷いて、また牛を引いた。牛は、一歩だけ動いた。


 昼前に、女たちが布包みを抱えて道へ出てきた。

 村の山側へ、一列になって歩いていく。

 先頭は年寄りだった。先に湯を出してくれた、あの家の年寄りだ。

「薬草士さん。来ますか」

「よろしいんですか」

「構いませんよ。手は多いほうがいい」

 籠を一つ渡された。麦の粉と、塩と、干した肉が入っている。

 コゲが下から鼻先を伸ばしてきたので、反対の手に持ち替えた。


 祠の前は、来た者で埋まった。

 屋根の板に、新しいものが二枚だけ混じっている。

 籠を渡すと、女が二人、平たい石の上に麦の粉を盛った。塩をその脇に置く。

 干した肉は、包みを開いたまま供えた。

 どれも、山のほうへ向けて並べてある。


 年寄りが、祠の板戸を開けた。

 中に、剣が一振り納めてあった。

 古い。鞘の金具は色が抜けている。それでも、柄は巻き直してあった。


 年寄りが手を合わせた。後ろにいた者も、順に倣った。

 拝むあいだ、誰も喋らなかった。

 風は山から下りてきていた。粉の匂いが、後ろへ流れていく。


「詫びるんですよ」

 拝み終えてから、年寄りが言った。

「何をしたのかは、分からんままですが」

「分からないのに」

「分からんなら、全部詫びるしかないでしょう」

 後ろにいた若い女が、不安げな顔を上げた。

「これで、返してくれますか」

「返してもらった話は、昔からありますよ」

 女は頷いた。それで済んだらしかった。


 コゲが供物のほうへ回り込んでいた。

 トトは首の後ろを掴んで引き戻した。掴まれたまま、足はまだ前へ出ようとしている。

 年寄りが笑った。

「日が暮れたら下げます。置きっぱなしにはしませんから」

 石の上を顎で指した。

「そのときに、食わせてやってください」


 道を半分ほど戻ったところで、後ろが騒がしくなった。

 若い男が二人がかりで、棒に吊るしたものを担いで下りてくる。鹿だった。

 昨日、罠の縄を巻いていた男が、前を持っている。

「掛かってました。上の罠に」

 年寄りが、山のほうを一度見上げた。

「聞いてくださったんですよ」

 後ろの女が、籠を抱え直して笑った。

「早いこと」

 トトは、担がれていくものを目で追った。よく肥えた雄だった。


 列は、窯の前で散った。

 ヘニングは、いつもの場所に座っていた。

「供えてきました」

「そうか」

 ヘニングは煙の口を一つ、土で塞いだ。

「あれで済むならな」

「済みませんか」

「済んだのを、見たことがない」

 ヘニングは、また煙のほうを見た。


 家に戻って、板の上の草を裏返した。

 湿りはもうない。あと一日で仕上がる。


 日が暮れる前に、戸を叩く音がした。

 女が一人、葉に包んだものを差し出した。開くと、鹿の肉が一切れ入っている。

「配ってますんで」

「いただきます」

 女は次の家へ歩いていった。手にはまだ、いくつも包みがあった。


 日が落ちてすぐ、また戸を叩く音がした。

 年寄りが、布の包みを提げて立っていた。

「下げてきました」

 開くと、麦の粉も、塩も、干した肉も、そのまま入っていた。

「そっくり残っとりました」

「……そうですか」

「約束ですから。食わせてやってください、そのトカゲに」

 年寄りは、それだけ言って帰っていった。


 鍋に水を張って、豆と、鹿の肉を切って落とした。

 干した肉のほうは、床に三切れ並べてやった。コゲは選ぶように匂いを嗅いでから、食べはじめた。


 煮えたのを掬って、器に入れる。器を手の甲に当ててから、床に置いてやった。

 三切れは、もう無くなっていた。器にも、勢いよく鼻先を突っ込んできた。


 寝る前に、いつものように木彫りを出して眺めた。

 コゲは寝台の上でもう丸くなっていた。今日はたっぷり食べたので、腹が膨らんでいる。

 荷の底に木彫りを戻して、トトも寝台に横になった。


 家畜の鳴き声で、目が覚めた。

 一頭ではない。道の向こうとこちらで、別の声が返し合っている。それが村中に響いていた。

 コゲが足元で顔を上げた。それから、同じ調子で「きゅう」と鳴いた。

「お前は寝てろ」


 外に出ると、道に灯りが二つ出ていた。

 牛を宥めている声がする。手綱を短く持って、首を撫でているのが、灯りの端に見えた。

 年寄りが、道の真ん中に立っていた。上着だけを肩に掛けている。

「目が覚めましたか」

「はい」

「宥めてやれば、しばらくは静かになります」

 年寄りは山のほうを見たままだった。

「明日も、供えます」


 トトは黙っていた。年寄りは、しばらくそこに立っていた。

 灯りの一つが動いて、納屋のほうへ入っていった。


 家に戻ると、コゲはまた丸くなっていた。

 炉に薪を一本足して、寝台に戻る。

 横になってからも、鳴き声は聞こえていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。