24:もう一度、探しませんか
山の口に、石を積んだ祠があった。
板で屋根をかけただけの、小さなものだ。
手前の土が、よく踏み固められている。
拝む者がいる様子だった。
道は細いが、荒れてはいなかった。
落ち葉の下から土が出ている。人が通っている道の顔だ。
コゲを肩に乗せて、上りはじめた。
谷まで半分も行かないうちに、斧の音が聞こえた。
男が二人、細い木に取りついている。片方が手を止めて、こちらを見た。
「薬草士さん」
「どこまで伐るんです」
「今年は、そのあたりまでで」
片方が顎で上を指した。太い木が一本立っていて、その先は下生えが濃い。
「その先は」
「行かんです」
「そうですか」
トトは、小さく息を吸った。
「上へ行きます」
二人が顔を見合わせた。
「どこまで」
「谷の陰なら、草が残っているかと」
止められはしなかった。だが、それきり斧も動かなかった。
曲がり目を過ぎて振り返ると、二人ともまだこちらを見ていた。
伐り跡が点々とあった。
古いものには苔がついて、株の脇から新しい枝が伸びている。もう何年も経っている。
上へ行くと、そういうものが減った。
斧の音も聞こえなくなった。
あの太い木を過ぎたあたりで、踏み跡が細くなった。落ち葉が乱れていない。
境目は、ここらしい。
コゲが肩から降りたがったので、下ろしてやった。落ち葉を踏む音が、二人ぶんになる。
谷筋へ下りた。
水の音が近くなって、空気が変わる。日の当たらない斜面は、ここだけ土が濡れていた。
草はあった。多くはないが、ある。
岩の裏に、まだ緑のまま残っているのがあった。日が当たらないぶん、枯れるのが遅い。
鉈の先を入れて、根から掘り起こす。土を落とし、傷んだ葉を落として、布に分ける。
三種類。乾かせば売れる。根が太るのを待つものが二つあったが、それは春だ。掘らずに土を戻した。
「悪くない」
しゃがんだまま動かないでいると、下から冷えが上がってきた。
コゲは濡れた岩の上をうろうろして、時々足を滑らせていた。滑るたびに、何事もなかった顔で座り直す。
谷を詰めていくと、また伐り跡があった。
切り口が白い。
指を当てると、まだ湿っている。今年のものだ。
(こんなところまで来るのか)
村からは、半日近い。運ぶだけで一日仕事になる。
荷を担ぎ直して、先へ行った。
足跡を見たのは、その先だった。
濡れた土に、片方だけ残っている。
踵が深く、爪先が浅い。急いでいたのではない。荷を負っていた者の歩き方だ。
しゃがんで、周りを見た。同じ向きの跡が、もう一つ。それから先は落ち葉になって、消えている。
落ち葉は跡を残さない。
だが下の土は湿っている。踏まれたところは、葉が沈んでいた。
沈みを拾いながら、二十歩ほど進んだ。そこで岩になって、切れた。
岩を越えた先で、また拾った。今度は向きが違っていた。
半刻ほど、そうやって歩いた。
沢の縁、倒木の陰、崩れた斜面の下。跡はいくつも出てきたが、どれも向きが揃わない。
同じ者が何度も通ったのか、別々の日に別々の者が通ったのか。
そこまでは分からなかった。
この辺りに人がいた、というところまでしか出てこない。
山は広い。谷は三本に分かれて、そのどれもが上へ続いていた。
「どっちだと思う」
コゲは岩の窪みに顔を突っ込んでいた。聞いていない。
日が傾きはじめた。
谷は陰るのが早い。草の入った荷を担ぎ直して、下りた。
途中でコゲが遅れはじめたので、拾い上げて肩に乗せた。上るときより重い。
下りきる手前で、斧の音がまた聞こえた。
着いたときには、音は止んでいた。二人はまだ同じところにいて、伐った木を縄でまとめている。
「ありましたか」
「三種類ほど」
「そりゃ結構」
声が、朝より少し明るかった。無事に下りてきたからだろう。
「上に、人の通った跡がありました」
縄を締める手が止まった。
「……そうですか」
「新しいものです」
返事が途切れたが、トトは続けた。
「もう一度、探しませんか」
二人は顔を見合わせた。
片方が縄を置いて、それから首を振った。
「三日、入りました」
「聞いています」
「男衆が全部です。畑も窯も止めて」
「はい」
「それで、見つからんかったんです」
もう片方が、束ねた木を肩に担いだ。
「決めたんですよ、村で。もう入らんと」
言い方に、突き放したところはなかった。
むしろ、こちらに気を遣っている声だった。
「足跡は――」
「上へは、誰も行きません」
「では」
「行かんのです」
同じ言葉が返ってきた。それ以上は出てこなかった。
道を下りると、窯の脇にヘニングがいた。
二人のやりとりが聞こえる場所ではない。だが、こちらを見ていた。
「上まで行ったか」
「谷まで」
「そうか」
それだけだった。
咎めもしなかったし、何があったとも訊かなかった。
家に戻って、採ってきた草を板に広げた。
三種類。乾かせば売れる。
村に一人、山へ入った男がいて、帰っていない。それとは何の関係もない草だった。
コゲが板の前に座って、じっと見ている。
「これは売り物だ」
「きゅ」
尻尾の先だけが床を叩いていた。




