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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
山へ入った人が、帰ってこなくなりました

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23/37

23:怒らせたんですよ

 窯の煙が、昨日より太くなっていた。


 裏の桶で顔を洗った。

 水面が落ち着くと、自分が映った。

 髪の根元はまだ目立たない。それでもいつもどおりに指を通して撫でつける。

 すっかり馴染んだ焦げ茶色。だいぶ長くなってきて、あちこち飛び跳ねている。


 朝のうちに、村を一回りした。

 草を買う先を探すつもりだった。山のものが出ないなら、畑の隅のものでもいい。乾かして束ねてある家は、たいてい何かしら持っている。

 戸口で声をかけると、どこも出てきてくれた。だが、話は同じところで止まった。

「山のものは、今は」

「今はねえ」

「出ないんですか」

「出ないというか」

 女は言葉を探して、それから戸のほうへ半歩下がった。

「……入らないので」


 三軒とも、そこで終わった。


 どの家の軒にも、何かしら吊るしてあった。

 玉葱、豆の莢、細く裂いた根。炭焼きの家は火を絶やさないから、乾くのが早いのだろう。

 買えそうな草は、一束も無かった。畑のものばかりだ。

 コゲが戸口の匂いを嗅ぎに行っては、追い立てられずに戻ってくる。やけに得意げだった。

 子供が二人、遠くから見ていた。近づいてはこない。目が合うと、片方が家の陰に入った。


 四軒目で、年寄りが腰掛けを勧めてくれた。

 戸口の脇に置いてある、座面のすり減ったやつだ。座ると、湯を持ってきてくれた。

 コゲは近くで虫を追っていた。

「旅の人が来るのは、久しぶりですよ」

「薬を売りに来る者は」

「来ませんねえ。要るものは、炭を下ろしに行ったついでに買ってきますから」

 湯には何も入っていなかった。ただの白湯だ。それでも、朝の冷たい風の中では手が助かる。


「山に入る人が、いないようですね」

「入れませんよ」

 年寄りは自分の分の湯を一口飲んで、それから言った。

「怒らせたんですよ」

「……何をです」

「山を」

 言い方が、天気の話をするのと変わらなかった。


「木を伐りすぎたとか、そういう」

「さあ。木は毎年伐ってますからね」

「では」

「分かりませんよ。分かったら、詫びようもあるんですが」

 年寄りは膝の上で手を組み直した。

「獣がね、いなくなったんです」

「獣が」

「秋の終わりごろから、めっきり。罠(わな)にも掛からんし、糞も落ちてない」

 年寄りは小さく息を吐いて、ゆっくりと首を振った。

「山の神さんが、みんな呼び戻したんだと」

「なるほど」

「それで、人まで一人」


 虫に飽きたのか、コゲが足元にやってきた。

 しばらくうろうろしていたが、そのまま腰掛けの下に潜り込んだ。食べ物を待っている顔だった。

 器の中で、湯が冷めはじめていた。

「戻らない方がいると聞きました」

「ええ」

「どちらの」

「ヘニングさんとこの、息子さんです」


 昨日、家を貸してくれた男だった。


 年寄りは、指折り数えた。

「もう七日、いや八日でしょうか」

「探されたんですか」

「そりゃあ、探しましたよ。男衆が総出で」

 年寄りは湯を飲み干して、器を膝に置いた。

「三日ほど。それで、雪が来まして」

「雪」

「積もりはしませんでしたがね。跡が、全部消えました」

 それで話が終わったことは、言い方で分かった。


「もう、探さないんですか」

「探すも何も」

 年寄りは初めて、少しだけ声を落とした。

「探しに入った者まで帰らんようになったら、村が保ちません」

「……そうですね」

「拝むよりないんです。それしか、こっちにはないんですよ」


 冷めた湯を飲み干して、器を返した。

 礼を言って立った。

 コゲが腰掛けの下から出てきて、不服そうにトトを見上げた。

 食べ物を待っていたのだろう。

「家に戻ったらな」

「きゅう」

 伝わったのかどうか、先に立って歩き出した。


 窯のところに、ヘニングがいた。

 昨日と同じ場所で、同じ格好で座っている。煙の出方を見ているらしい。

「昨夜はどうも」

「ああ」

 それだけだった。


 トトは少し離れたところに立った。

 窯は土をよく叩いてある。煙の出る口が三つ、高さを変えて開けてあった。

 どれを塞ぐかで、中の火の回りが変わるのだろう。素人が作ったものではない。

「秋から、獣が少なかった」

 ヘニングが、窯を見たまま言った。

「聞きました」

「あれは神さんじゃない」

「では」

「知らん」

 ヘニングは膝の土を払った。

「知らんが、神さんじゃない」


 コゲが窯の縁を回って、風下の匂いを嗅いでいた。

 しばらく、煙の音だけがしていた。


「息子さんだと、伺いました」

「そうだ」

 ヘニングは短く言って、それきり黙った。

 それから、思い出したように付け足した。

「あいつは山を知っとる」

「はい」

「わしが教えた」


 煙が一度、風で横に流れた。

 ヘニングはそれを目で追って、また元の姿勢に戻った。

「小屋の場所も、水の出るところも、みんな知っとる。雪だろうが、あいつは死なん」

 言い切ったあとで、少しだけ間が空いた。

「村は、もう探さん」

「聞きました」

「責めとらん。三日、みんな入ってくれた」


 それきり、何も言わなかった。


 その足で、道を上のほうまで歩いた。

 突き当たりの手前で止まって、斜面を見上げる。

 木は下まで詰まっていた。葉を落とした梢の向こうに、日の当たらない側の雪が残っている。

 谷筋が二本、途中で合わさって落ちてきていた。水の出るところは、あのあたりだろう。

 草を探すなら、あの谷の陰だ。日が当たらないぶん、遅くまで残る。

 見えるかぎり、ただの山だった。

 コゲは道の端で、枯れ草の匂いを嗅いでいる。


 家に戻って、まずはコゲに干し肉をやった。あっという間に平らげた。

 それから、板の上の草を裏返した。

 湿りは抜けている。売る先はまだ無い。


 その夜、鉈を研いだ。

 石の音を聞きつけて、コゲが火の前から寄ってきた。

 鼻先を近づけてくるので、空いた手で押しやった。

「危ないぞ」

 それでも何が気になるのか、砥石の匂いを嗅いでいた。

 おかげで、しばらく研ぐ手が止まった。

 やがて、満足したのか横に座り込んだ。

 研ぐのを再開したら、動く鉈を目で追っていた。


 研ぎ終えて、鞘に戻した。


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