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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
山へ入った人が、帰ってこなくなりました

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22/37

22:今は、誰も入っとらん

 街道沿いの宿屋で、隣の卓の話が聞こえた。

「ブーヘ」

「峠向こうの炭焼きの村か」

「山に入った男が戻ってないそうだ」

「この前雪が降っただろう」

「ああ、それで探せなくなったと」

 トトは、パンをちぎって卓の下へ落とした。

 コゲが飛びついた。

(ブーヘ、か)

 山際には、珍しい草があるかもしれない。


 翌朝、街道を外れた。道が細くなって、荷車の轍が上へ続いている。

 峠を下りきる前に、炭の匂いがした。

 風は下から吹き上がってくる。木の焼ける匂いが、その中に混じっていた。

 道の両側は林だった。葉を落とした木が、斜面の上のほうまで続いている。足元は落ち葉で、踏むと乾いた音がした。

 コゲが肩の上で、鼻先を風上へ向けた。

「匂うな」


 落ち葉を一枚拾って、指で割ってみた。ブナだ。

 実も落ちている。踏まれて割れた殻が、道にいくらでもあった。

 中身をつまんで掌に乗せると、コゲが鼻先を押しつけてきた。

「食えるが、お前の腹は膨れんぞ」

「きゅ?」

 それでも咥えて、口の中で転がしていた。


 山の上のほうだけ、白かった。

 日の当たる側から消えかけていて、木の間にまだらに残っている。あの卓で聞いた雪だろう。

 アーレ村を出て、十日になっていた。


 道が曲がって、村が見えた。


 峠を下りきったところが、平らに開けている。

 道が一本、その真ん中を真っ直ぐに通っていた。両側に家が並んでいる。

 端から端まで見通せた。向こうの突き当たりが山で、そこから細い道が上へ伸びている。

 アーレ村の倍はある。屋根の新しい家が、いくつか混じっていた。

 道の脇に荷車が二台。片方に炭俵が積んである。積み方に迷いがなかった。

 子供の声が、どこかでしている。一人ではない。

 畑は村の外れに少しだけで、あとは山だ。木を売って、食い物を買う村だろう。


 肩の上が落ち着かなくなった。下ろしてやると、鼻を上げたまま先を歩いていく。

「そっちは人の家だ」

 聞いていない。匂いのするほうへ、まっすぐ行く。


 道の途中に、土を盛った窯があった。

 上のほうから細い煙が出ている。脇に男が座って、それを見ていた。五十くらいだろうか。手も袖も、黒い。

 トトは足を止めた。

「こんにちは」

 男は顔を上げて、それからトトの足元を見た。

「……なんだ、そりゃ」

「大きなトカゲです」

「トカゲ」

「ええ」

 コゲは四つ足のまま、窯の縁の匂いを嗅いでいた。男はしばらく見ていて、それから煙のほうへ目を戻した。

「泊まるところ、ありますか」

「宿はない」

 男は膝に手をついて立ち上がった。腰が、一度では伸びない。

「……一軒、空いとる」


 顎で指したのは、道の途中の一軒だった。

「戦の頃からだ。屋根は落ちてない」

「お借りしても」

「勝手に使え。誰も困らん」

 男は窯のほうへ戻りかけて、振り返った。

「ヘニングだ」

「トトといいます。薬草士です」

「薬草士」

 繰り返しただけで、あとは何も続かなかった。


 家は思ったより広かった。

 床は土のままで、真ん中に石を組んだ炉がある。奥に寝台が一つ。窓は板で塞いであった。

 埃をはたいて、荷を下ろした。コゲは先に入って、部屋の隅から隅まで嗅いで回っている。

 寝台の下まで潜って、また出てきた。

「気に入ったか」


 炉に手をやると、火が点いた。

 薪は残っていた誰かの分だ。細いのから足していく。煙が上がって、屋根の隙間へ抜けていった。

 コゲが火の前に座り込んで、頬を膨らませた。

「よせ」


 ふすん。


 煙だけが出た。手で払ってやると、不服そうに首を引っ込めた。

「煙なら足りてる」


 荷を解いた。

 壁に板が何枚か立てかけてある。一枚下ろして、布に包んだ草を広げた。

 十日も包んでいたので、湿りが入っている。火の近くは避けて、風の通るほうへ寄せた。

 水は家の裏の桶に溜めてあった。

 汲んでみると、濁っている。長いこと放ってあった水だ。

 手をかざした。

 濁りが下りて、澄んだ。


 器に入れて、床へ置いてやる。

 コゲが首を伸ばして、飲んだ。

 残りを鍋に移して、炉にかけた。荷から草を出して一つまみ落とす。体が温まるだけのもので、薬というほどのものではない。


 日が落ちるころ、戸を叩く音がした。

 ヘニングが立っていた。布に包んだものを抱えている。

「何もないだろ」

 布から出てきたのは、黒くなるまで干した肉と、パンと、豆を煮たものだった。

「助かります」

 肉を裂くと、繊維に沿って気持ちよく割れた。噛むと塩気が出てくる。

「これは、よく干してありますね」

「炭焼きだ。火だけはある」

 パンは麦だった。買ったものだろう。

 豆には木の実が混ぜてある。潰して煮てあるので、甘みだけが残っていた。


 器に湯を注いで、手の甲に近づけた。

 少し待って、それからヘニングに渡した。

 ヘニングは戸口に立ったまま受け取った。中へは入らない。

「……なんの草だ」

「体が温まるだけのものです」

「ふん」

 匂いを嗅いでから、口をつけた。


「炭は、どこまで運ぶんです」

「峠の向こうだ。半日ある」

「あの荷車で」

「二日に一遍。今年は多い」

 ヘニングは指を折りかけて、やめた。

「家を建て直しとるからな」


 肉を一切れ、床へ落としてやった。

 コゲが咥えて、そのまま横を向いて食べはじめた。

「そいつも食うのか」

「見た目の倍は食います」

 ヘニングが笑った。笑うと、目のまわりの皺(しわ)だけが黒いままになった。


「草を売りに来たのか」

「そのつもりです。この辺りは、山のものが出ますか」

 ヘニングは、すぐには答えなかった。

 窯のほうを一度見てから、言った。

「出るには出る」

「では」

「今は、誰も入っとらん」

 それだけ言うと、器を突き出した。

 トトが受け取ると、ヘニングは戸を閉めていった。


 夜、コゲは火の前で丸くなっていた。

 トトは荷の底から木彫りを出して、掌に載せた。

 不恰好な牛の木彫りだ。角の片方が短い。足も彫りきれていない。

 紐は擦り切れたままだ。

 しばらく眺めて、それから荷へ戻した。


 寝る前に、戸を少し開けた。

 道の突き当たりに、山への口がある。暗くて、木の影しか見えなかった。

 窯の煙は、細くなっていた。


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