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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
魔法が使えないのは、魔物のせいだそうです

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21/37

21:どちらの話です

 その村にも、宿帳はなかった。


 イリス・エンデは、坂を上りきったところで一度足を止めた。

 道が一本、上へ伸びている。両側に家。上の端に山への道、下の端に畑。数えるほどの戸数だ。

 山は禿げていた。木が一本もない斜面が、村の上から峠まで続いている。

 これが、記録にあった村だった。


 最初に話しかけたのは、道で薪を負っていた男だった。

「王都から参りました。九年前のことを伺いたいのですが」

「九年前」

 男は束を下ろした。

「あの秋のことかね」

「はい」

「そりゃ、ヤーコプに訊くのがええ」


 ヤーコプという老人は、道の途中の家の戸口に座っていた。

 豆の莢を剥いている。イリスが名乗ると、莢を籠に落として、それから腰掛けの隣を空けた。

「役人さんかね」

「調査官です」

「同じようなもんじゃろ」

 否定しなかった。役人だと思われているほうが、話は早い。


 語りは、頭から出てきた。

 九年前の秋。刈り入れが済んだあと。夜中に峠のほうで音がして、犬が鳴きやまなかったこと。山が光ったこと。白いのが上まで真っ直ぐに伸びたこと。朝になっても何も下りてこなかったこと。

 イリスは手を動かし続けた。

 日付が正確だった。この手の証言で日付が出ることは、そう多くない。


「勇者様が止めてくださったと聞いた」

「どなたから」

「覚えとらん。じゃが、あれ以外に何がある」

 イリスは頷いて、書いた。

 九年前の秋、この山域で大魔法。目撃者は光のみ。撃った者を見た者なし。

 書いてから、少し手を止めた。

 撃った者を見た者は、いない。エンデ村でも、そうだった。


「あの年、勇者様は何度も動いておられました」

 言ってから、余計なことだと思った。

「そうかね」

「南から順に。ここは、その途中です」

 ヤーコプは莢を割った。

「順番があるんじゃろな」

 その言い方には、聞き覚えがあった。

 九年前、村の年寄りが同じ言い方をした。誰も悪くない。順番があるだけ。


 イリスは頁をめくった。

「近ごろ、変わったことはありませんでしたか」

「変わったこと」

「人の出入りとか」

 ヤーコプは、少し考える顔をした。

「薬草士が泊まっとった」

「薬草士」

「三日前に発った」

 イリスは書いた。

「お名前は」

「トト、と言うとった」

「トト」

 書いた。字が短くて、行の端が余った。

「どんな方でした」

「三十くらいかの。背は、あんたより高い。髪は焦げ茶で、伸びっぱなしじゃった」

 人相書きを出そうとして、やめた。金の髪の男の絵だ。訊くまでもない。

「それから、でかいトカゲを連れとった」

「トカゲ」

「肩に乗せてな。子供らが懐いとったわ」

 イリスは書いた。書きながら、手が止まった。

 十八の町と村を回って、そんな話は出てこなかった。


「その方は、何を」

「炉を直していきよった」

「炉を」

「石を組み替えるんじゃ。風が入るようにな。湯が早う沸くようになった」

 ヤーコプは自分の家の中を顎で示した。

 イリスは覗いた。石を組んだ炉があって、上に棚が渡してある。棚には、黒くなった肉が並んで吊るされていた。

「あの肉は」

「猪じゃ。五頭も来てな」

「五頭」

「畑をやられた。追い立てとったら、あの人が仕留めた」

 莢が籠に落ちた。

「一人でな」


 イリスは、書く手を止めた。

「一人で、五頭」

「そうじゃ」

「猟師の方ですか」

「薬草士じゃと言うとった」

 ヤーコプは笑った。

「戦に出とったそうじゃ。それだけ訊いた」


 イリスは、別の頁を開いた。

 勇者の記録とは、頁を分けている。九年前のことと、三日前のことは、別の話だ。


 薬草士トト。三十前後。焦げ茶の髪。大きなトカゲ。三日前に発つ。行き先不明。

 猪五頭を単独で仕留めた。元従軍。


 書いてから、もう一度読んだ。

 腕の立つ元兵が、薬草を売って歩いている。珍しくはない。あの戦のあと、そういう人間は何百人といる。

 勇者の仲間たちも、それぞれの場所へ戻っていった。故郷に帰った者、司祭になった者、王都に残った者。仲間たちのうち、話を聞けたのは王都の一人だけ。会いに行けば、往復で半月が消える。だから行かなかった。

 それは、正しい判断だったはずだ。


 イリスはそのときの頁を開いた。

 クラーラ・シェンク。王都の魔法使い。

 第一声は「本人の意思は、確認しましたか」だった。

 しばらく話をしたが、行き先の手がかりになるような話は聞けなかった。隠している様子はなかった。本当に心当たりはないのだろう。


 イリスは、薬草士の記録の頁を開き直した。

「その薬草士は、どちらへ」

「峠は越えとらん。下りていった」

「下」

「街道のほうじゃな」

 イリスは、日付と方角を書き足した。

 名が偽りでも、日付と方角は嘘をつかない。


 立ち上がるとき、ヤーコプが訊いた。

「あんたが探しとるのは、どちらの話です」

 イリスは、手帳を鞄に入れた。

「九年前のほうです」

「そうか」

 ヤーコプは、また莢を剥きはじめた。


 村を出るとき、畑の縁で娘とすれ違った。

 十七か十八くらいだろう。籠を抱えている。

 イリスを見て、足を止めた。

「王都の人?」

「はい」

「勇者様のこと、調べてるの?」

「そうです」

 娘は少し黙ってから、言った。

「勇者様って、王都に行けば会えますか?」

 イリスは、答えなかった。

 答えられなかった、と言うほうが近い。


「やっぱり簡単には会えないですよね」

 娘はそう言って、坂を上っていった。


 道を下る。

 峠を振り返ると、木のない斜面が上まで続いている。


 薬草士は、この道を下りていったという。三日前。

 追う理由はない。

 それでも、方角だけは書いてある。


 九年前のことは、書けた。

 探している男については、十九の村を回って、まだ一行もない。


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