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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
魔法が使えないのは、魔物のせいだそうです

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20/37

20:残します

 翌朝、道に人が集まっていた。

 昨夜の火は落ちて、灰だけが残っている。その脇に、肉が積んであった。

 昨日のうちに焼いたのは、たぶん一頭ぶんもない。残りは、吊るしたままか、まだ塊のままだった。

「もう匂いが変わっとる」

 肉を触った女が言った。

「今日いっぱいじゃな」

「腐る前に、食えるだけ食おう」

 誰かがそう言って、何人かが頷いた。

 三頭ぶんを、今日食う。食えなければ捨てる。それが村の結論だった。


 トトは、積まれた肉の前に立った。

「塩、ありますか」

 ヤーコプが顔を上げた。

「あるが、そんなには無いぞ」

「そんなに要りません」

 ヤーコプは目を細めた。

「漬けるつもりか。あれは、桶いっぱい要る」

「漬けません」

 トトは肉の一つを持ち上げて、脂の側を見た。

「薪は、ありますか」

「あるが」

「煙の少ないやつじゃなくて、よく煙の出るほうを」

「そんなもん、燃やして何になる」

 村の何人かが、こちらを見ていた。


「何するんだ」

「残します」


 誰も、すぐには動かなかった。

 それから、ヤーコプが立ち上がった。

「おい。生木を持ってこい。乾いとらんやつでええ」


 塩は、思っていたより少なくて済んだ。

 女が壺を抱えてきて、蓋を開けて、それから彼の顔を見た。

「これだけ?」

「振るだけです。多いと、しょっぱくて食えません」

 振るのは、女にやらせた。

「薄く。手が届かないところは、あとで足せます」

 女は言われたとおりに振った。指の間から落として、まんべんなく。何度か止まって、こちらを見た。そのたびに頷いた。

 コゲが肉の山のほうへ寄っていったので、首元を掴んで引き戻した。

「これは、お前のじゃない」

「きゅーっ」

 厚い肉には、切れ目を入れさせた。

「そこ、もう少し深く」

「切れちまうよ」

「切れる手前まで」


 吊るす場所は、決まっていた。

 ヤーコプの家の炉だ。積み直したときに渡した棚が、そのまま使えた。

 男が二人がかりで、縄を掛けた肉を上げた。

「もう少し上」

「これか」

「そこは、もう少し風のほうへ」

 男が肉を横へずらした。

「こっちか」

「はい」

 棚の上には、煙の通り道がある。低い石の隙間から入った風が、火を抜けて、そこを通る。

 そこに吊るせば、煙が当たって、風が水気を持っていく。


 火を入れた。

 生木は、よく煙を出した。部屋に溜まる前に、煙は棚のほうへ流れて、肉の間を抜けていった。

「けむいな」

「窓を開けたら駄目です」

「窓はない」

「なら大丈夫です」


 コゲが下から見上げて、後ろ足で立ちかけた。届かない高さだ。

「立つな」

「きゅーっ」

 コゲが、吊るした肉のほうを向いて口を開けた。

 止める間はなかった。


 ふすん。


 けむい部屋だ。ヤーコプは肉を見上げたまま、気づかなかった。


 肉は、女たちが家の数で分けた。骨や皮を除いた肉を、十四軒で分けた。多い家も少ない家もない。そういう分け方を、この村は持っていた。


 昼を過ぎるころには、村じゅうの家に肉が上がっていた。

 石を組み直してある炉は、まだ全部ではない。棚のある家は棚に、無い家は梁から吊るした。

 やることは同じだった。薄く塩を振る。切れ目を入れる。煙の通るところに吊るす。風の当たる側へ寄せる。

 トトは家から家へ歩いて、そのたびに同じことを言った。

「そこは、もう少し風のほうへ」

 石を足してくれと言う家が、三軒あった。その場でやった。

 仕事のほとんどは、村の者たちが手を動かして進めた。


 夕方、ヤーコプの家に戻った。

 炉の上で、肉が黒くなりはじめていた。表面だけが乾いて、中はまだ柔らかい。

 ヤーコプが、その下に立っていた。

 肉のほうへ手を伸ばして、指を開いた。

 そのまま止めた。しばらく、下ろさなかった。

「昔はな、こうやったんじゃ」

 今は何も起きなかった。

 肉は、そのまま吊るされていた。煙が、その間を通って梁のほうへ抜けていった。

 ヤーコプは手を下ろして、それから炉に生木を足した。

 トトは、何も言わなかった。


 何日か火を絶やさないでおかなければならない。

 夜も、灰に埋めた熾を朝に起こして、また生木を足した。ヤーコプがそれをやった。二日目からは、言わなくてもやっていた。

 コゲは煙を嫌がって、昼のあいだは戸口の外にいた。夜になると、炉のいちばん近いところで丸くなった。

 村の者が代わる代わる見に来て、匂いを嗅いで、帰っていった。


 村の者が、肉の表面を見ていた。

「食えるのか、これ」

 トトは小さく首を振った。

「まだです」

「いつになったら」

「もう少しです」

「もう少しとは、どのくらいじゃ」

「見れば分かります」

 炉の火を見ていたヤーコプが、呆れた顔をした。

「あんたは、いつもそれじゃな」


 その火で、鍋を一つ煮た。

 包んでおいた草を、残らず使った。根元に塗って、乾くまで待った。

 鍋を洗うと、底に色が残っていた。


 アニカは、毎日来た。

 生木を運んで、火を足して、肉の位置を直した。直し方は、もう教えなくてよかった。


 肉は、日ごとに色が濃くなった。表面が締まって、指で押すと戻るようになった。

 そのころ、彼女が炉の下で言った。

「ねえ」

「はい」

「どうやったら、そんなふうに動けるの」

 トトは、縄の結び目を見ていた。

「そんなふう、とは」

「あの日、猪、仕留めたとき」

「それは……」

 しばらく考えた。

「分かりません」

「分からないの?」

「はい」

 アニカは唇を尖らせた。

「じゃあ、どこで覚えたの」

「……旅の中で」

「それ、嘘でしょ」

「本当です」

 トトの声は静かだった。

 アニカは、それ以上訊かなかった。

 黙って火を見てから、生木をもう一本足した。


「一つだけ、お教えします」

「なに」

「歩き方です」

 アニカが顔を上げた。

「坂を上がるときは、爪先から置いてください。踵からだと、膝が駄目になります」

「……それだけ?」

「荷は、腰で背負ってください。肩で持つと、半日で駄目になります」

「そんなの」

「三日歩けば分かります」

 アニカは、何か言おうとして、やめた。

 それから、自分の肩の位置を触った。


 最後の朝、荷をまとめた。

 板の上の草はもう乾いていて、布に包んで奥に入れた。

 コゲが荷の口に鼻先を入れたので、押し戻した。

「行くぞ」

「きゅるる」


 戸口を出ると、アニカが立っていた。

 籠は持っていない。両手が空いている。

「発つんだ」

「はい」

「今日?」

「今日です」

 アニカは道の下のほうを見た。

「あたし、やっぱり村を出るよ」

「そうですか」

「春になったら」

「はい」

 それから、少し笑った。

「でも、戻ってくるかもしれない」


 ヤーコプが、家の中から出てきた。

「もう行くか」

「はい」

「肉は、まだ食えん」

「もう少しです」

 ヤーコプは笑った。

 それから炉のほうを、顎で指した。

「来年、食べに来なさい」

 棚の上に、黒くなった肉が並んで吊るされている。

 春まで、あそこにある。


 トトは、返事を少しためらった。

「……はい」

 坂を下りた。


 村の道を出るところで、一度だけ振り返った。

 どの家からも、煙が上がっていた。


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