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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
魔法が使えないのは、魔物のせいだそうです

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19/37

19:勇者様、今どこにいるんだろう

 水を汲んで戻るころには、村の道に火が三つ焚かれていた。

 一つは肉を焼くため、一つは湯を沸かすため、もう一つは明かりのためらしい。石を並べて、その上に鉄の棒を渡している。

 男たちが猪を吊るして、皮を剥いでいた。手つきに迷いがない。獲るのは無理でも、捌くのはやるのだろう。

 女たちが桶を運んで、子供が枝を集めていた。

 誰も彼を見ていなかった。皆、自分の手元を見ていた。


 上着を干して、荷を置いた。

 コゲは当たり前のように、トトの脛に前足をかけた。しゃがんでやると、膝を踏み台にして肩まで登ってきた。

「火には近づくなよ」

「きゅ」

「肉が食えるぞ」

「きゅ、きゅ」

 コゲは機嫌よく、肩の上に収まった。


「客人!」

 最初の串が、彼のところへ来た。

 女が両手で持って、押し付けるように渡してきた。焼けた脂が落ちて、地面で音を立てた。

 コゲが首を伸ばす。

「いえ、私は後で」

「先でええんじゃ」

「でも」

 女は笑った。

「客人が先じゃ。うちらは、そうしとるんじゃ」

 横から、老人が口を出してきた。

「勇者様に感謝しとるからね」

 断り切れずに、トトは串を受け取った。

 老人は、笑っていた。

「わしらも助けるんじゃ。あのとき、助けてもらったからな」


 女は次の串を焼きに戻っていった。

 トトは、火の外側の石に腰を下ろした。

 コゲが肩の上で、落ち着きがなくなった。肉の匂いがよほど気になるのだろう。

 串は熱かった。

「まだ熱いぞ」

「きゅう」

「少し待て」

「きゅう」

 串を持ち替えて、肉を見た。

 今日、自分が倒した猪だった。


 串から肉の塊を一つ外して、手の甲に近づけた。

 少し待って、それから足元に置いてやった。

 コゲはあっという間に肩から膝、地面へと下りて、肉を咥えた。まだ少し熱かったのか、肉が小さく跳ねる。

「慌てるな」

 返事はない。肉を齧るのに夢中だった。

 その様子を見て、トトは自分も肉を口にした。

 脂が多い。痩せた獣だと思ったが、皮の下には冬に備えた分が少しだけ残っていた。

 肉汁が出る。うまみもあった。

 塩気が、うまみを引き立てていた。塩はこの村では買うものだ。

 噛んで、飲み込んだ。

「うまいな」

「きゅ、きゅ」

 いつの間に食べ終えたのか、コゲが返事をした。

 まだ食べるつもりの顔で、トトを見上げていた。


「今年は当たり年じゃ」

 肉を切っていた男が、そう言って笑った。

「五頭も来た。山に食うもんがないんじゃろ」

「そうですね」

「山が痩せると、こっちが肥える。おかしなもんじゃな」

 男は切った肉を火のほうへ回した。


 道の上のほうでは、まだ肉を吊るしていた。

「まだあるぞ!」

「もう入らんて」

「明日も焼くか」

「明日も食い切れん」

 誰かがそう言って、笑い声が起きた。

 三つの火のうち、いつの間にか二つで肉を焼いていた。それでも減っていない。


「トト」

 ヤーコプが、皿を持って隣の石に座った。

「今日は、よう食え」

「はい」

「何本でも食え」

 ヤーコプは自分の串を噛んで、それから道の上のほうを見た。

「五頭も食い切れんでな」

 困った口ぶりで、でも笑っていた。

 トトは頷いて、それからまた肉の塊を地面に置いた。

 コゲが肉に噛み付く。

 ヤーコプはその様子を見て、声を上げて笑った。

「トカゲも、たっぷり食うと良い」


 子供が二人、火の周りを走っていた。

 母親が追いかけて、片方の襟をつかんで座らせた。座らされた子が、コゲを見つけてそっと手を伸ばした。

 コゲは少しだけ顔を動かしたが、肉を食べるのに忙しい様子だった。

 一度首筋に触れた子供の手が大胆になる。背中の鱗を撫でた。それでもコゲは、ただ肉を噛んでいただけだった。


 アニカが、串を持ってやってきた。

 トトの隣に座る。肉を食べ終えたコゲが、顔を上げてアニカの串を見た。

 アニカは笑って、肉の塊をコゲの前に置いた。

「きゅ、きゅ」

 コゲは上機嫌だ。

 その様子をしばらく見てから、アニカはまっすぐにトトを見た。

「助けてくれて、ありがとう」

「いえ」

「あたし、動けなかった」

 串の先を見ていた。

「見えてたのに、動けなかった」

「そういうものです」

 アニカは唇を尖らせた。

「あんたは動けた」

 トトは、答えられなかった。

 アニカは何か言いかけて、やめた。


 また女がやってきて、トトに串を押し付けた。

 トトが肉を噛む横で、アニカは肉を焼く火を見ていた。

「これ、九年ぶりだって」

 トトは肉を飲み込んだ。

「何がです」

「肉。こんなにいっぱい食べるの。あたし、八つのときのは覚えてない。だから、初めてみたいなもん」

「そうですか」

「うちの父さんは覚えてるって。麦があったころの話ばっかりする」

 アニカは串を振りながら、声色を変えた。

「あの頃は村がもっと大きかった。あの頃は麦がいっぱい穫れた。あの頃は」


 火の近くの若い男が、振り向いた。

「勇者様の話もするじゃろ」

 アニカは頷いた。

「する。毎年する。秋になると必ず」

 誰かが火に枝を足した。

「勇者様って、金髪なんだって」

「金髪で、背が高いんじゃ」

「光っとったそうじゃ」

「それは嘘でしょ」

 アニカが言って、何人かが笑った。

「光る人はいないよ。でも、背は高いと思う」

「なんで」

「山ほどの大軍を一人で止めたんでしょ。小さい人には無理だよ」

「剣がな、これくらいあったそうじゃ」

 年寄りの一人が両手を広げた。

「そんなに長かったら、抜けないよ」

「抜けるんじゃ。勇者様じゃからな」

 また笑い声が起きた。


 トトは、肉を噛んでいた。

 筋張ったところだったので、固かった。だから、ずっと噛んでいた。


 アニカが、骨を足元へ置いた。

「勇者様、今どこにいるんだろう」

「王都じゃろ」

「そうかな」

 アニカは、また火を見ていた。

「あたしが強くなったら、会えるかな」

「会えるじゃろ。強くなったらな」

 若い男がそう言って、また笑い声が起きた。

 アニカは笑わなかった。串を持った自分の手を見た。


 それから、彼のほうを見た。


 串を持ったまま、しばらく見ていた。

 トトは肉を飲み込んで、口を拭いた。

「なんですか」

「……ううん」

 アニカは首を振った。

「あんた、勇者様の話のとき、ぜんぜん喋らないね」

「聞いていました」

「ふうん」

 それだけで、立ち上がると火の方に戻って、肉を焼く人たちに混ざった。


 トトは立ち上がった。

 コゲは子供に撫でられ、周りに肉をもらって、ご機嫌だ。少し離れても大丈夫だろう。

 それで、道の上のほうへ歩いた。

 吊るされた肉が、火の届かないところで黒く見えた。数えると、まだ三頭ぶんある。

 明日には味が変わる。明後日には、食えなくなる。

 それから、火のほうへ戻った。


 風が下から吹き上がって、火が三つとも同じ方向へ倒れた。

 誰かが炎の粉を払った。子供が声を上げた。

 道の上では、まだ肉が吊るされている。


 トトはまた、串を押し付けられた。

 断り切れずに、また食べた。

 うまかった。それは、さっきと同じだった。


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