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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
魔法が使えないのは、魔物のせいだそうです

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18/37

18:戦に出とったのか

 声が聞こえたのは、昼を少し過ぎたころだった。

 トトは村の道の途中で、六軒目の炉に石を据えているところだった。アニカが灰の桶を持って、外に出ようとしていた。

 その桶が、戸口で止まった。

「……なんか言ってる」


 外へ出ようとして、足元を見た。コゲが先に戸口へ回り込んでいる。

 抱え上げて、家の中に戻した。

「出るな」

「きゅ?」

 戸を閉めた。


 上の端のほうから、人が下りてくるところだった。

 走っている。走りながら、何か叫んでいる。

「畑! 畑!」

 道の左右の戸が次々に開いた。鍬(くわ)を持った男が出てきて、棒を持った女が出てきて、子供が出てきて、母親がその子を家の中へ押し戻した。

 誰も慌てていない。手順が決まっている顔だった。何度もやっているのだろう。

 その手順のまま、村じゅうが下へ走った。


 畑の縁に着いたときには、もう入られていた。


 畝がめくれている。播いたばかりの列が、二本、根こそぎ掘り返されていた。

 黒いものが、その上に四つ。いや、五つ。上のほうから、まだ下りてきている。

 大きい。どれも腹が薄い。

 村の男たちが、棒を叩いて声を上げた。

「回れ、右へ回れ!」

「そっちへ行くぞ!」

「畝に入るな、踏むな!」

 輪になって、少しずつ詰める。猪が一頭、鼻を上げて向きを変えた。

 棒が届く距離ではない。届く距離まで行けば、突かれる。

 だから届かない距離で叩いている。それが村のやり方なのだろう。追い立てて、畑から出す。


 トトは鉈に手をかけて、そのまま止めた。

 村のやり方がある。手を出すのは余計かもしれない。


 一頭が輪を割った。

 真っ直ぐ抜けて、男の一人にぶつかった。男が飛ばされて、畝の上を転がった。

「押さえろ!」

 誰かが叫んだ。誰も押さえられない。


 トトは走りながら鉈を抜いた。


 一頭目は、輪を割ったやつだ。転がった男に向き直ろうとしたところに割り込んだ。

 走ってきた勢いのまま、鉈を低く走らせて脚を払った。すぐに返して首を叩く。

 大きな体が畝の上に落ちて、重い音がした。


 二頭目は、そのまま走った先にいた。首を大きく振って、こちらを向いた。

 その時にはもう、鉈が首を切り裂いていた。


 その隣に三頭目。大きく踏み込んで、首を叩く。


 声が減った。

 叩く音も減った。村の男たちの動きが止まって、それから、道を空けるように後ろへ下がった。


 四頭目は畑に尻を向けて走り出すところだった。そのままでは、畑を囲む男たちに突っ込んでいく。

 トトは大きく跳んで、着地の勢いで首を叩いた。

 少し遅れて、男たちがさらに下がった。


 顔を上げる。

 男たちの向こうにアニカが立っていた。

 桶を抱えて道を下りてきたそのままの姿だった。


 五頭目がトトの横を駆け抜けていく。まっすぐ進めばアニカがいる。

 トトは手を返した。

 横を抜ける猪の首に、鉈の刃が下から入る。

 猪の走る勢いはすぐには止まらず、アニカの二歩ほど手前で倒れた。

 灰が舞った。桶が落ちて、白いものがアニカの足元に広がった。


「……あ」

 アニカの声が漏れた。

 それだけだった。


 六頭目は、もう畑にはいなかった。

 斜面を駆け上る尻だけ見えた。


 猪の体が、五つ転がっている。

 風が吹いて、灰が畝の上を流れていった。


 トトは鉈を下げたまま、立っていた。

 村の誰も、動かなかった。

 二十人ばかりが、畑の縁に並んで、こちらを見ている。棒を持ったまま、下ろすのも忘れている顔だった。


「怪我をした方がいます」

 声を出した。

 それで、村が動いた。


 飛ばされた男は、畝の上で腿を押さえていた。

 トトは膝をついて、その手をどかした。

「離してください」

「痛い」

「離さないと、止まりません」

 布を裂かせて、傷の上と下を押さえさせた。傷は深くないが、幅がある。牙が横に払ったのだろう。

「そこ、強く。離さないでください」

「……はい」

 近くに立っていた男が、言われた通りに足を押さえた。

「水を。濾したのがあるでしょう」

「濁っとるぞ」

「濾したほうです。上の桶の」

「持ってくる!」

 女が走った。


 トトは荷を持ってこさせて、布の包みを開けた。

 昨日ヤーコプに教わって摘んだ草が、三本入っている。

 石の上でそれを焼いた。焦げるまで焼いて、指で押して粉にした。

 粉を傷に置いて、布で押さえた。

「これは」

 ヤーコプが後ろから覗き込んだ。

「あなたに教わった草です」

「……昨日のか」

「はい」

 ヤーコプは、何も言わなかった。


 血は、じきに止まった。

 男は白い顔をしていたが、自分で座り直せる程度だった。


「話せますか」

「話せる」

「歩かないでください。運びます」

 板を持ってきた者があって、四人がかりで運んでいった。


 猪が五つ、転がったまま残った。

 誰も、まだ手をつけていない。


「あんた」

 棒を持った男が言った。四十くらいの、髭の濃い男だ。

「あんた、薬草士だと言うたな」

「はい」

「……そうか」

 男は棒を下ろした。

「助かった」

「畑は、やられました」

「二本じゃ。去年は五本やられとる」

 男は笑わずにそう言って、それから猪のほうを見た。


 ヤーコプが、その横から言った。

「戦に出とったのか」

 トトは、鉈の刃を布で拭いていた。

 拭き終わるまで、少し間があった。

「……ええ」

「そうか」


 誰も、それ以上訊かなかった。

 この国の男で、あの年に何もしなかった者は少ない。訊くほどのことではない。

 棒を持った男が、猪の一頭を足で押した。もう動かないことを確かめて、それから声を上げた。

「運ぶぞ!」

 村が、そこでようやく騒ぎ出した。


 夕方まで、畑と道は人の出入りが続いた。

 男たちが猪を担いで、女たちが桶と縄を持って上がってきた。子供が畝の間を走って、母親に叱られた。

 畝は二本、駄目になっていた。それでも、村は上機嫌だった。


「今年は、数が多い」

 縄を掛けながら、ヤーコプが言った。

「山に、食うものがないんです」

「そうじゃな。毎年、そうじゃ」

 ヤーコプは縄を締めた。

「去年もきた。今年も来た。来年も来るじゃろう」

 ヤーコプは、そこで少し笑った。

「今年は五頭も置いていった」


 アニカは、畝の上に座っていた。

 落ちた桶を膝に抱えて、灰を集め直している。集めても仕方のない灰だった。

「大丈夫ですか」

「うん」

 彼女は顔を上げなかった。

「桶、割れた」

「そうですか」

「あんた、走るの速いね」

 トトは荷を担ぎ直した。

 アニカは小さく息を吐いた。

「猪より速いんだ」

「そんなことはないです」

「あったよ」

 アニカは灰のついた手を膝で拭いて、それから立ち上がった。

「息、切れてないよ。また」

 そのまま、桶を抱えて坂を上っていった。


 コゲは、家の戸口から一歩も出ていなかった。

 トトが戻ると、床で丸くなっていた。近づくと顔を上げて、それから匂いを嗅いだ。彼の上着を、長いこと嗅いでいた。

 それから、こちらを向いて口を開けた。


 ふすん。


 煙を見て、トトは小さく息を吐いた。

「洗うから」

 上着を脱いで、裾を見た。血が跳ねている。思ったより広くついていた。

 汲んであった水は、さっき全部使ってしまっていた。

 樋のところまで汲みに行くしかない。日はまだ落ちていなかった。


 家の外では、まだ猪を運ぶ声がしていた。


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