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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
魔法が使えないのは、魔物のせいだそうです

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16/37

16:何もありませんでした

「峠の道は、まだ残っていますか」

 ヤーコプは戸口で薪を分けていた。細いのと、もっと細いのに分けている。

 手を止めて、上のほうを見上げた。

「残っとる。人が通らんだけじゃ」

「行ってみます」

「なんもないぞ」

 この村で、何度も聞く言葉だった。

「草がないところにも、見るものはあるんです」

「ほう」

 ヤーコプは束を縄で締めた。

「昔は、あの峠を人が越えとった」

「向こうに何かあるんですか」

「町があると聞いとる。行ったことはない」

 縄の端を歯で噛んで、引いた。

「わしらは越えん。用がないでな」

「そうですか」

 束を家の中へ運んで、戻ってきた。

「日のあるうちに戻れ」

「はい」


 山の口から、道は真上へは行かない。斜面を斜めに切って、大きく二度折り返してから、峠へ向かう。

 半日ほどと見ていたが、それより少しかかりそうだった。

 コゲは肩に乗せた。

 乗せてから、少し考えた。この先が谷筋より嫌だろうことは、もう分かっている。分かっていて連れていく。

 肩の上のそれは、まだ機嫌がよかった。


 一度目の折り返しで、首を伸ばしたり引っ込めたりが始まった。

 二度目の折り返しで、爪が肩に立った。

「まだだ」

「きゅう」

 降りたがったので、下ろしてやった。少し歩いて、また戻ってきて、彼の靴の横で止まった。

「歩くのか、乗るのか。どっちかにしろ」

「きゅ」

 抱え上げると、身をよじった。

「分かってる。悪いと思ってる」

 それでも離さずにいると、諦めて肩へ上がった。

 嫌がるのを承知で運んでいる。そういうことをしている。


 斜面の上のほうは、草がいっそう短かった。石が多く、土は薄い。

 風が正面から来る。峠が近い。


 鞍の形が、下から見たときと変わっていた。

 いや、変わったのではない。下から見た形しか、覚えていないのだった。


 峠に着いたのは、日が高いうちだった。

 両側の尾根が下がって、その間が広く抜けている。向こう側は霞んでいて、遠くまで見えた。あちらには木がある。

 こちら側だけが、剥けている。


 コゲが動かなくなった。

 肩の上で、四本の足を突っ張っている。背中の翼が半分開いて、そのまま固まっていた。

「降りるか」

「……」

 返事もしない。

 抱え上げて下ろそうとすると、彼の腕に爪を立てた。痛いというほどではないが、離れない。

 布の上に置いてやると、その上で丸くなった。峠のほうへは、顔を向けなかった。

 谷筋のときよりも、はっきり強い。


(ここか)


 地面を見た。

 石が細かく割れている。踏むと、砂のように崩れる。九年でここまで戻るなら、直後はもっとひどかっただろう。

 峠に近づくほど草は短くなり、鞍の上ではとうとう消えていた。


 彼は歩いた。

 鞍の真ん中まで行って、向こう側を覗き、それから戻った。左の尾根の下まで行って、また戻った。

 谷の向きを確かめた。峠の形を確かめた。

 分からなかった。

 あの夜、自分がどこに立っていたのか、この地面の上のどこにも見当がつかない。

 土が動いている。石が割れている。尾根の線が、削れて丸くなっている。

 六年、地形で場所を覚えてきた。その地形が、ここには残っていなかった。


 覚えていることは、いくつかある。


 列が見えた。峠の向こうの下りから、こちらへ上がってくる列だった。

 数えはじめて、途中でやめた。数えても意味がないと分かったからだ。

 あとの四人は、下の道を押さえに回っていた。峠にいたのは、彼だけだった。

 剣を抜いた。それから、鞘(さや)に戻した。

 二十四だった。六年やってきて、腕は上がりきっていた。それでも、あの数を剣で止めるには足りなかった。

 足りないものが何かは、そのとき分かっていた。


 下に村があることは、知っていた。

 地図の上の名前として知っていた。峠を越えられたら、その村が最初に潰される。だから、ここで止めるしかなかった。


 だから、撃った。

 今の自分が同じところに立っても、同じことをする。


 それから、東へ向かった。四人と落ち合ったのは、翌日の昼だった。次の戦場が三日先にあった。

 村へは下りていない。


 トトは、振り返った。


 下が見えた。

 斜面が長く落ちていて、その途中に、家が並んでいる。上の端に山の口。下の端に畑。道が一本、その間を通っている。

 畑には、播いたばかりのライ麦が、遠くて色にもならないほど薄く出ているのだろう。

 九年前、あの夜、彼はここに立っていた。

 立っていて、下を見なかった。


 風が下から吹き上がった。


 トトは、しばらくそこにいた。

 それから膝をついて、布のコゲを抱え上げた。

 コゲは腕の中で首を縮めていた。

「悪かった」

 言ってから、峠に背を向けた。


 下りは、上りより早い。

 二度目の折り返しを過ぎたあたりで、コゲが肩の上で首を伸ばした。それから、いつもの高さまで伸ばした。

「もういいのか」

「きゅるる」

「調子のいいやつだな」

 村が近づくにつれて、機嫌が戻っていく。


 日が傾く前に、村の道に入った。

 畑の縁で、アニカが立ち話をしていた。相手は薪を負った男で、下から上がってきたところらしい。

 アニカがこちらを見た。

「峠、行ったんだって」

「はい」

「なんかあった?」


 トトは荷を担ぎ直した。


「何もありませんでした」


「そうだよね」

 アニカは笑った。

「みんなそう言うもん。行っても無駄だって」

「そうですね」

「でも、あんた行ったじゃん」

「……ええ」

「変な人」

 男が薪を負い直して、坂を上っていった。アニカもその後についていった。

 それから家へ戻って、板の上の草を返した。

 包んだほうの草は、もう乾きかけていた。


 寝る前に、荷の底から木彫りを出した。

 掌に載せて、顔の前まで持ち上げた。角の片方が短い。木は全体に色が濃く、彫り跡は浅くなっている。

 コゲが首を伸ばしてきたので、握り込んだ。

「これは駄目だ」

「きゅう」

 しばらく握っていて、それから荷へ戻した。


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