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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
魔法が使えないのは、魔物のせいだそうです

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15:救われた村じゃからな

 朝、髪の先をつまんで持ち上げた。

 毛先はまだ焦げ茶色だった。

 指を通して撫でつけた。何も起きない。もう分かっていたが、一応やった。

 荷の奥に、包んだままの草がある。乾くまで、あと二日か三日。


 その日は、村の家を回った。

 草を売りに来た男の顔で、水と火のことを訊いた。売るものはないので、実際には訊きに来ただけだった。

 どの家でも同じだった。火は火打ち石で熾す。水は上の端の樋から汲んで、布で濾して、桶で寝かせる。食べるものは、その日のうちに食べる。二軒目の女は、昨日の残りを犬にやったと言った。置いておけば駄目になるからだ。

 誰も、困っているという顔をしなかった。それが当たり前だからだろう。

 炉も、見せてもらえるところは見た。石の組み方は家ごとに違う。鍋が載るように組んであるのは半分ほどで、あとは石を三つ置いてあるだけだった。どの家も、煙は部屋に溜まって、梁の間から抜けていく。

 コゲは二軒目で豆をもらった。三軒目では、戸を叩く前に子供が出てきていた。噂のほうが先に回っているらしい。


 四軒目の家で、女が炉の灰を掻き出しながら言った。

「魔物が、置いていったんですよ」

「置いていった」

「山に、何か。あれ以来、うちのは誰も火が熾せません」

 女は灰を桶に入れた。

「うちの婆さんは、指先でやってたんですけどねえ」

 炉は、石を三つ置いただけだった。灰が奥まで溜まっていて、掻き出さないと薪が置けない。

 風の入るところが、どこにもない。

「いつからです」

「魔物が来てから」

「それは、いつごろ」

「ずっと前ですよ」

 女はそれ以上、何も言わなかった。言えないのだろう。この村では、年を数えて暮らす必要がない。


 夕方、ヤーコプの家の開け放たれた戸口に、アニカが座っていた。

 籠は持っていない。膝を抱えて、山のほうを見ている。

 コゲがトトの肩から降りて、アニカの足元に座った。アニカはコゲをちらと見下ろしてから、トトを見た。

「ねえ。魔物の話、聞いたんだってね」

 トトは荷を地面に下ろして、頷いた。

「聞きました」

 アニカは膝の上に顎を乗せた。

「みんなそう言うの。魔物が何か置いていったって」

「あなたは違うんですか」

「違うよ」

 それから、少し声を落とした。

「魔物のせいにしてたって、火はつかないでしょ」


 ヤーコプは炉の前で、枝を手にしていた。

「またその話か」

「戦のせいだよ」

 アニカは立ち上がって、山を指した。コゲがアニカを見上げた。

「魔物とか、置いていったとか、そういうんじゃなくて。戦になったから、山が壊れたの。木がなくなったんだから、そのくらい分かるでしょ」

「……そうかもしれんな」

 ヤーコプは否定しなかった。

「山が傷んだのは、あの戦じゃろう。それは、わしもそう思う」

「じゃあ」

「じゃが、火と水は別じゃ」

 枝が炉の中で崩れた。

「山が禿げたから火が熾きんようになる、というのは、話が繋がらん」

 アニカは口を開いて、閉じた。

 繋がらないのは、本当だった。

 二つとも、同じところから来ているだけだ。


 トトは腰掛けに座った。

「その夜のことを、聞かせてもらえますか」

 ヤーコプは彼を見て、それから炉のほうへ向き直った。


「九年前の秋じゃ」


 九年前。

 秋。


(……あの年か)


「刈り入れが済んで、麦は納屋に入っとった。ちょうど、今ごろじゃな」

 声は続いている。

「夜中に、峠のほうで音がした。地の底から来るような音でな。犬が鳴きやまんかった」

 トトは、膝の上で手を組んでいた。

「それから、山が光った。白いのが、上まで真っ直ぐに」

 そこまでは、他の者も言う。

「わしは戸を閉めた。皆そうした。外を見た者はおらん」

「あたしは見たよ」

「お前は子供じゃ」

 アニカは何か言いかけて、やめた。

「朝になっても、何も下りてこんかった。峠にも、道にも。それで、助かったと分かった」

 ヤーコプは枝を一本、炉の縁に置いた。

「あとから、勇者様が止めてくださったと聞いた。誰から聞いたかは覚えとらん。じゃが、あれ以外に何がある」

「……はい」

「あくる日から、火が熾きんようになった。それから、水も」

 枝が置かれた音がした。

「あくる年は、何も穫れんかった。麦も、豆も、なんも」


 トトは、組んだ手を解かなかった。

 九年前の秋。刈り入れのあと。峠。越えようとしていた一隊。

 その年に何をしたかは、覚えている。同じことを、何度もやった。どこでやったかは、一つずつ言えない。

 言えないのは、記憶が薄いからではない。数が多いからだ。

 だが、九年前の秋、この山域で撃ったか、と訊かれれば――。


「王都からは、何か」

 訊いてから、自分でも唐突だと思った。

「なんもない」

 ヤーコプは炉を見ていた。

「役人が回ってきたのは、二度だったか。話を聞いて、帳面に書いて、帰った」

「それだけですか」

「救われた村じゃからな。何も来やせん」

 枝が燃えて、少し明るくなった。

「焼けた村や、人がおらんようになった村が、いくらでもあったんじゃろう。うちは村ごと残っとる。順番があるんじゃろうよ」

 誰も悪くない、という言い方だった。


 アニカは立ち上がった。

 一度山の方を見て、唇を噛むと、何も言わずに歩き去った。その背中を、トトは見ていた。

 コゲが足元に寄ってきて、靴の上に座り込んだ。

 風が入って、炉の火が一度傾いた。

 ヤーコプは膝の莢を籠へ落とした。

「あの子は、あの光を綺麗だと言うんじゃ」

「聞きました」

「わしは、恐ろしかった」

 ヤーコプは笑った。

「どっちも本当じゃろうな」


 その夜、板の上の草をひっくり返した。

 湿ったところの草は、まだ乾いていない。

 包んだほうの草も、一度開けて状態を確認した。

 コゲが板の上を覗きこんで、匂いを嗅いで、離れていった。


 寝る前に、峠の方角を一度見た。

 戸の隙間からでは、何も見えなかった。

 足元で、コゲが一度顔を上げて、また丸くなった。


 あの年に撃った場所を、一つずつは思い出せない。

 だが、その場に立てば分かる。谷の向き、峠の形、下がどう見えるか。

 六年、そうやって歩いてきた。


 峠まで、半日。

 草が乾くまで、あと二日か三日。


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