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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
魔法が使えないのは、魔物のせいだそうです

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14/37

14:残ることがあるんです

「山へ入るんか」

 ヤーコプは莢の籠を膝に置いたまま、上を見た。

「ええ。谷のほうを」

「なんもないぞ」

「見てから決めます」

「谷は行き止まりじゃ。水はあるが、それだけじゃ」

「日の入らないところは、残ることがあるんです」

「ふん」

 ヤーコプは莢を割った。

「若いのが行くのは下じゃ。上へは、誰も行かん」

「獣は」

「おるよ。下りてくる」

 莢が籠に落ちた。

「畑を掘られる。棒を持って追い立てるが、それだけじゃ。獲れはせん」

「獲れませんか」

「わしらの手には余る。何人でかかっても、あれは無理じゃ」

 鉈を腰に回して、布と紐を荷に足した。ヤーコプは止めなかった。

「日のあるうちに戻れ。暗くなると、道が分からんようになる」

「はい」


 山の口は、村の上の端にあった。

 道というほどのものではなく、人の踏み跡が斜面を横に切っているだけだった。上がるにつれて草が短くなって、代わりに石が増えた。

 コゲは肩の上にいた。

 しばらく上ったところで、首を伸ばしたり引っ込めたりを何度もやりはじめた。それから、肩の上で向きを変えた。

「動くな。落ちるぞ」

「きゅ」

 落ち着かない。爪が布越しに肩へ立った。


 谷筋に入った。

 水が細く落ちていて、両側が岩だ。日が入らない。こういうところは、上が禿げていても残ることがある。

 斜面では膝より低かった草が、ここでは腰まであった。岩の間からはいばらが伸びている。荒れた土地に、いちばん早く戻ってくるものたちだ。

 水と日陰があるのは、この筋だけらしい。

 膝をついて、岩の間を覗いた。

 苔(こけ)はある。それから、湿ったところに出る草が二種類。どちらも見覚えのあるもので、どちらも痩せていた。数は少ない。この谷だけだ。

(残ってはいる)

 根まで掘らずに、葉だけを摘んだ。掘れば、次がない。


 肩が軽くなったかと思うと、背中から足をつたってコゲが地面に降りていった。

 そのまま、近くの岩の上に座る。

「来ないのか」

「きゅう」

 抱え上げようとすると、体を捻って抜けた。

「寒いか」

 谷筋は日が入らないので、村よりは冷える。

 でも、返事はなかった。

「腹が減ったか」

「きゅーっ」

 コゲはこちらを向いて口を開けた。


 ふすん。


 風がすぐに持っていった。

「じゃあ、なんだ」

 コゲは奥のほうを見て、それから彼を見た。

(そのどれでもないか)

 何か理由があるのは分かる。けれど、その理由が何かは分からなかった。

 少し待ってみることにした。


 水際に屈んで、手を洗った。

 落ちる水の下に、浅く溜まったところがある。覗くと、自分が映った。

 髪の根元が、明るい。まだそこまで目立たないだろうか。でも、気づく人もいるかもしれない。

 指を通して、いつもどおりに撫でつけた。

 二日前と同じで手応えはない。水に映った髪色も変わらない。

 もう一度やって、やっぱり同じだった。

(……そうか)

 二日で、ここまでくるのか。明日や明後日には、もっとはっきりしてくるだろう。

 立ち上がって、荷を背負い直した。


 時間を置いても、コゲは動かなかった。

 仕方なく、置いていくことにした。

「そこにいろ」

 斜面を横に切って、上のほうへ回った。

 この斜面の草は、やはりどこも短い。石の間に生えているのは日向のものばかりで、それは村の畑の畝にもあった。

 途中で、土が掘り返されているところを見た。浅く、幅が広い。根を探した跡だ。

 堅果の木が一本もない。

 この時期に、山のものを食って冬を越す獣は、ここでは越せないだろう。餌があるほうへ下りるしかない。

 下は畑。

(芽か)

 播いたばかりの、指の長さのライ麦。あれを食うつもりなら、もう下りている。


 谷筋へ戻ると、コゲはまだ同じ岩の上にいた。

 抱え上げようとしたところで、草が鳴った。


 谷の上のほうから、黒いものが出てきた。猪だった。

 大きい。ただ、腹が薄い。

 こちらを見て、逃げなかった。

 石を蹴って、真っ直ぐ来た。

 トトは鉈を抜いて、刃を裏に返した。

 当てたのは鼻面の横で、一度。

 猪は首を振られたように横へ流れ、崩れかけて、そのまま丈の高い草の中へ入っていった。草を割る音が、谷を下っていった。

 鉈は、拭かずに腰へ戻した。


 コゲは岩の上から動かなかった。猪よりも、奥のほうが気になるらしい。

「大丈夫か」

「きゅ」


 暗くなる前に、谷を出た。

 コゲを抱え上げると、こんどは抵抗しなかった。谷を離れるにつれて、コゲは落ち着いていった。

 帰り道の途中で、コゲを肩へ移して、道端にしゃがんだ。日の当たる縁に、群れて生えている草がある。

 葉を一枚ちぎって、指先で揉んだ。

 根ごと引いて一束にした。谷のものとは別の布に包んで、荷の奥へ入れた。


 村の道を上がっていくと、畑の縁にアニカがいた。

 籠は空だ。何かを播いていたらしい。

「もう戻ってきたの」

「はい」

 アニカは彼の荷を見た。それから、彼の顔を見た。

「それ、重いでしょ」

「まあ」

「息、切れてないね」

 トトは荷を担ぎ直した。

「慣れですかね」

「ふうん」

 アニカは籠を持ち上げて、彼の隣を歩きはじめた。

「うちの父さん、薪のときは坂で三回休むよ」

「それは若い方でも大変でしょう」

 アニカは唇を尖らせた。

「あんたはどうなの?」

「さあ、やってみないとわかりません」

「あたしのこと、子供だと思って適当なこと言ってるでしょ」

「そんなことないですよ」

「ふうん」

 アニカは納得いかない顔で、籠を抱え直した。

「山、なんかあった?」

「少し。日の入らないところに」

「あるの?」

 信じていない顔だった。

「みんな、なんもないって言うのに」

「みんなが行かないところにありました」

 アニカは彼の荷のほうを、もう一度見た。

 コゲが肩の上から、アニカのほうへ首を伸ばした。

「きゅ」

「……そのトカゲ、ずっと乗ってるの」

「ええ」

「あんたも変だけど、そのトカゲも変」


 家に戻って、谷で摘んだものを板の上に広げた。

 湿ったところの草は、影に置いた。日に当てると駄目になる。

 道端の一束は、板に出さなかった。包んだまま、荷の奥へ戻した。

「上に、猪がいました」

「おるじゃろ」

 ヤーコプは火を起こしはじめた。

 石を打つ音が、また三度した。


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