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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
魔法が使えないのは、魔物のせいだそうです

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13:じゃあ、あとどれくらい

 石を打つ音で目が覚めた。


 火打ち石だった。戸の隙間はまだ暗い。

 ヤーコプが炉の前に屈んで、火口に移そうとしていた。何度か打って、枝を組み替えて、また打つ。三度目でようやく煙が立って、それから四つ数えるほど息を送って、ようやく炎になった。

 毎朝これをやっているのだろう。手つきに迷いがなかった。

 組んでいる枝は細い。太いものが一本もなかった。

 コゲが腹の上から転がり落ちて、そのまま寝ていた。


 起き上がって、髪に指を通した。根元から先まで、いつもと同じ手つきで撫でつける。

 指の下で、何も起きない。もう一度、今度はゆっくりやった。同じだった。

 毛先をつまんで、目の前まで引っ張ってくる。焦げ茶のままだ。

 根元のほうは、自分では見えない。


 部屋の隅に甕がある。覗き込んでみたが、暗くて、顔の形しか分からなかった。柄杓に手をかけたところで、声がした。

「揺らさんでくれ」

 ヤーコプは炉のほうを向いたままだった。

「底に溜まっとる」

 手を離した。

 ヤーコプが来て、柄杓を静かに沈めた。深くは入れない。上のほうだけを三度掬(すく)って、鍋に移した。それでやめた。半分より下には、手をつけないらしい。


 湯が沸くのを待つあいだに、外へ出た。

 風が下りてくる。日が出ても、山の風は変わらない。

 道を下の端まで歩いて、畑の前で足を止めた。

 ライ麦の芽が、指の長さほど出ている。畝の間の土を少し掘って、指で崩してみた。

 悪くない。細かいが、死んだ土ではない。

(ここまで戻したのか)

 指の腹で擦って、匂いを嗅いだ。湿りが足りない。上に木がないので、水が抜けるのが早いのだろう。

 畑の広さを見た。この村の口の数に、ちょうどというところだ。余る作りではない。


 道を戻る途中で、下から人が上がってきた。

 男が二人、背に薪を負っている。細い枝ばかりを縄で括った束で、量のわりに嵩がある。二人とも汗をかいていた。

 細い枝は嵩ばかりで、火にすればすぐ終わる。半日かけて運んでも、使ってしまえばすぐになくなるだろう。

「おはようさん」

 片方が息を切らしながら言って、そのまま通り過ぎた。


 家に戻ると、湯が沸いていた。

 朝も黒パンと豆だった。昨夜と同じ皿で、塩の壺も同じ場所にある。コゲにはパンを一切れやった。

 食べ終わると、ヤーコプは開け放した戸口の腰掛けに移って、豆の莢を剥きはじめた。

「薪は、下から運ぶんですか」

「木があるのは、境から下じゃからな」

 莢が籠に落ちた。

「半日下って、担いで上がる。若いのが交代でやっとる」

「毎日ですか」

「毎日じゃ」


 トトは腰掛けの端に座った。日の当たらないほうの端だった。コゲが足元にきて、そこで丸くなった。

「ライ麦は、よく穫れていますね」

「ようやっと、じゃ」

 ヤーコプは手を止めなかった。

「麦が駄目になったその年に播いた」

「穫れましたか」

「なんも」

「では」

「三年目に、ようやく少しな。それからは年々増えとる」

 二年播いて、二年ぶん無駄にして、それでも三年目に播いたということだ。

 トトは籠から莢を一つ取って、割った。

 ヤーコプは何も言わなかった。しばらく、二人で黙ったまま剥いていた。


 昼前に、娘が一人、坂を上がってきた。

 十七か十八くらいだろう。籠を抱えている。

「泊まってる人?」

「はい」

「薬草士って聞いたよ」

「はい」

 娘は腰掛けに座って、籠を隣に置いた。

「アニカ。この村の、アニカ」

「トトです」

「変な名前」

「よく言われます」


 籠の中を覗くと、根と、日向の草が入っていた。

 どれも食べられなくはないが、薬にはならない。買う者もいない類のものだ。

「それ、何にするんです」

「食べる。煮れば食べられるから」

「山には、採りに行かないんですか」

 アニカは彼を見た。

「行っても、なんもないよ。あっても売るところがないし。行商は塩を置いて帰るだけ」

「そうですか」

「麦があったころは、売れたんだって。あたしは覚えてないけど」

 それから籠の上に手を置いて、トトを見上げた。

「街には行ったことある?」

「ええ」

「どんな感じ? やっぱり、お金はいるよね?」

「そうですね」

 アニカは足をぶらぶらさせて、その足先に視線をやった。

「そうだよね」


 ヤーコプが莢を割った。

「街に行っても、食いもんが湧いて出るわけじゃなかろう」

「でも、行くよ。春になったら」

「そうか」

 言い争いにならなかった。もう何度も繰り返したやりとりなのだろう。

「ここは、食えるようになったんじゃ」

 ヤーコプがトトのほうを見て言った。

「昔はな、本当に何も穫れんかった。あの頃よりは、ずいぶんようなった」

「うん」

 アニカは頷いた。

「じゃあ、あとどれくらい」

 ヤーコプは手を止めた。

「何がじゃ」

「麦が作れるようになるまで。ライ麦は穫れるようになった。でも、あとどれくらいで元に戻るの」

 誰も答えなかった。

 トトは、莢を割る手を止めなかった。


 ヤーコプが籠を持ち上げて、膝の上で置き直した。

「あのときも、村を出た者がおる」

 また莢を剥きはじめた。

 アニカは何も言い返さなかった。


 昼を過ぎて、アニカが山の口のほうへ行くというので、途中まで一緒に歩いた。

 コゲは道の匂いを嗅ぎながら、二人の少し前を歩いている。

「そのトカゲ、なんで連れてるの」

「拾ったんです」

「名前はあるの?」

「コゲです」

「きゅ?」

 名前に反応して、コゲが振り向いた。

 アニカが笑った。それから、山のほうを見た。

「あそこ、木がないでしょ」

「ええ」

「戦のときに、山が光ったの」

 トトは歩調を変えなかった。

「あたし、覚えてる。八つだったけど、覚えてる」

「そうですか」

「みんなは覚えてないって言う。怖くて外を見なかったんだって。うちのお父さんも、そう言ってた」

 アニカは足を止めて、山の上のほうを指した。

「でも、あたしは窓から見たの。白くて、上まで届いてて」

 それから、少し笑った。

「……綺麗だった」


 トトは、山のほうを見た。

 木のない斜面が、峠まで続いている。

「勇者様が助けてくれたんだって。あたし、その光を見てるの」

「……そうですか」

「だから、出るの」

 アニカは籠を持ち直した。

「ここにいたら、誰も助けられないでしょ」

 やめておけとも、頑張れとも言えなかった。

 アニカは山の口のほうへ歩いていった。

 その背中を見送って、コゲを抱え上げた。

「行くぞ」

「きゅるる」


 午後は、村の上のほうを少し歩いた。

 途中の家の前で、子供が二人、コゲを見つけて寄ってきた。追い立てられるかと思ったが、先に母親のほうが出てきて、乾いた豆をひとつかみ持ってきた。

 子供たちが掌に豆を乗せて差し出す。コゲは順番に食べて、それから指の匂いを嗅いだ。子供たちはくすぐったそうに笑っていた。

 トトは礼を言って、坂を上った。


 村の上の端に、沢から引いた樋(とい)があった。割った木を繋いだだけのもので、継ぎ目のいくつかから水がこぼれている。

 落ち口の下に桶が据えてあって、女が一人、それを担いできた桶へ移していた。移し終えると、元の桶の底に残ったぶんを、脇の土へ空けた。それから、また据え直した。

 薪は下から担いで上げて、水は上から担いで下ろす。どちらも毎日だ。


 草をいくつか摘んで、布に広げた。どれも日向のもので、売れる種類ではない。

 アニカの籠と、同じものだ。

 コゲが広げた草を一つ咥えた。


 日の当たらないところなら、まだ残っているかもしれない。谷筋か、岩陰か。

(明日は、山に入ってみるか)


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