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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
魔法が使えないのは、魔物のせいだそうです

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12/37

12:麦は、もう作っとりません

 上りが続く道で、下りてくる行商とすれ違った。


 行商の背負いは軽そうだった。空になった袋が、いちばん上に括ってある。

 道を譲り合って、それきりになりかけたところで、向こうが足を止めた。

「上まで行かれますか」

「まだ決めていません」

 本当のことだった。ノイセを出てから、道が上りになったので上っていた。

「峠を越えるなら、日のあるうちに村まで行っておくことです。途中に何もありませんよ」

「村があるんですか」

「アーレといいます。ひと月に一度、塩を置きに行っとります。あれだけは買わんと、どうにもならん土地でして」

 行商はこちらの荷を見た。それから足元のコゲを見て、ちょっとだけ首をひねった。

「そちらは、何を」

「薬草士です」

「はあ」

 少し笑われた。

「なら、無駄足ですよ。あの辺りは、山のものが出んのです。薬になる草も、茸も、皮も。買いに行く者はおりません」

「そうですか」

 行商は荷を背負い直して、坂を下っていった。


 トトは、その場を動かなかった。

 山のものが出ない土地。そういう話は、聞いたことがあった。

「……まあ、通り道、だからな」

「きゅ?」

 肩の上で、コゲが首を伸ばした。


 昼を過ぎて、木が、途中でなくなった。


 道の両側はずっと雑木林だった。それが曲がり目で切れている。

 先は草だけの斜面だった。丈の低い草が一面に生えていて、その上に何もない。切り株もなかった。倒された跡ではなく、元々なかった、という顔をしている。

 草はある。だが、日向のものばかりだった。林の下にしか生えないものが、一つもない。

 木がないのだから、当たり前だった。

 風が上から下りてくる。この時期の山の風は、日が高いうちから冷たい。


(大魔法だな)


 思っただけで、歩調は変わらなかった。

 こういう斜面は見ている。魔王を討った後しばらく、そういう土地ばかりを回っていた。火が熾きず、水が濁り、食べ物が保たない村に、後から入っていく仕事だった。

 見分けるのに時間はかからない。見慣れるほど、あった。

 そして、大魔法を撃たれた土地は、戻るのに百年かかる。


 あの戦のあいだ、大魔法は何十と撃たれている。触媒があれば魔法使いでも撃てる。誰がどこで撃ったかまで数えている者はいない。

(この辺りを、通ったことはあっただろうか)

 思い出せなかった。

 六年、歩き通しだった。通り過ぎた土地の記憶が多すぎた。

 それきりにして、坂を上った。


 コゲが肩から降りたがったので、下ろしてやった。

 先を少し歩いて、草を踏んで、また戻ってくる。歩きたくなったらしい。

「歩けるうちに歩いてくれ。抱える身にもなれ」

「きゅ」

 拾った頃より、確かに重い。


 日が傾く前に、村が見えた。

 斜面に沿って、家が並んでいる。上の端に山へ入る道の口があって、下の端は畑だった。道が一本、その間を通っている。それが村の道らしい。

 畑には、薄く芽が出ていた。播いてから、そう経っていない。冬を越させる作りだ。

 家は、数えられるほどしかなかった。

 人影が三つ、四つ。よそ者を見る顔ではあるが、警戒はしていない。


 道の途中の家の前で、老人が薪を割っていた。

 細い枝ばかりで、割るというより折っている。

「泊まるところ、ありますか」

 老人は手を止めて、彼を見た。それから足元へ目を落とした。

「……なんじゃ、それは」

「大きなトカゲです」

「トカゲ」

「ええ」

 老人はしばらく見ていた。コゲは四つ足のまま、足元の薪の匂いを嗅いでいる。

「……まあ、よかろう。うちで泊めとる。宿屋はないでな」

「助かります」

「ヤーコプという。飯は一緒でよいか」

「はい。トトといいます」


 ヤーコプは折った枝を抱え直した。

「何をしとる人じゃ」

「薬草士です」

「ほう」

 枝を抱えたまま、少し笑った。行商と同じ笑い方だった。

「そりゃ、無駄足かもしれんな。この辺りは、草がもう出んのじゃ」

「聞きました」

「山が、ああじゃからな」

 顎で上を指した。木のない斜面が、村の上でそのまま峠まで続いている。ここからでも、鞍の形が見えた。

「戦のときにやられて、それからずっとじゃ」

「……そうですか」

「じゃが、わしらは運がよかった。あのとき魔物が峠を越えとったら、村ごと無かったわ」

 戸を肩で押して、中へ入りながら言った。

「勇者様のおかげで、わしらは生きとる」


 トトは山のほうを見て、少しだけ目を細めた。


 通されたのは、火のある部屋だった。床は土のままで、仕切りの奥が寝る場所らしい。

 部屋の真ん中に炉があった。石を組んで、上に鍋を載せられるようにしてある。組んでから何年か経っている使われ具合だった。

 ヤーコプは火を入れるのに、思っていたより手間をかけた。火打ち石で火口に移して、細い枝を足して、屈み込んで息を送る。煙が部屋に溜まって、それから梁(はり)の間へ流れていった。

 薪が湿っている。担いできたばかりの生木に見えた。

 コゲがトトの脛に前足をかけた。そのまま立ち上がりそうだったので、抱え上げて膝に乗せた。


 鍋が温まるまでに、ずいぶんかかった。

 途中でヤーコプが一度、鍋のほうへ手を伸ばした。

 指を開いて、その形のまま止まった。「ああ」と小さく呟いて、すぐに手をおろした。

 それから、その手で枝を足した。

 食べ物の匂いを感じたのか、コゲの落ち着きがなくなってきた。なだめるように、片手をその背中に置いた。


 水は甕(かめ)から柄杓(ひしゃく)で汲んだ。

 器に注ぐと、細かいものが底へ沈んでいった。沈むだけで、消えはしない。

「沢から引いとる。上のほうでな」

 ヤーコプが言った。

「雨のあとは、しばらくこれよりひどい」

 コゲが器に首を伸ばして、鼻先をつけて、引っ込めた。

 トトはコゲの首をかいてやった。

「飲め。それしかない」

「きゅう」

 結局、飲まなかった。


 飯は黒パンと、豆を煮たものだった。

 パンをちぎって、コゲに渡す。コゲは匂いを嗅いでから口に咥えた。

 パンは酸味があって、目が詰まっている。悪くない。旅で何度も食べた類のものだった。

「麦じゃないな」

 思ったのが、口に出ていた。ヤーコプが手を止めた。

「麦は、もう作っとりません」

「ライ麦ですか」

「よく分かるな」

「北のほうで、食べたことがあります」

「……北か」

 ヤーコプは、それきり何も言わなかった。


 卓の上には、それだけだった。パンと、豆と、塩の壺。

 旅のあいだ、どの村のどの宿でも、干したものが何かしら出ていた。魚か、肉か、無花果か。

 ここには、無い。

 荷から干し肉を出して、裂いて、コゲにやった。最後の一切れだった。


「よそから来た人は、驚きますかの」

「何にです」

「火じゃ。水もな」

 ヤーコプは杯を置いた。

「魔物が来てから、こうじゃ。山に何か置いていったんじゃろうな」

「……そうですか」

「もう慣れた。慣れんのは、若いのだけじゃ」


 トトはパンをちぎって噛み締めた。

 火と、水と、干したもの。三つとも、同じところから来ている。

 斜面を見たときに分かっていたことが、卓の上で揃っただけだった。

 コゲが卓の上に顔を出した。もっと食べたいらしい。パンをまたちぎった。


 空いている寝台を使わせてもらう。荷を床に置いた。

 窓はない。戸の隙間から、山の風が入ってくる。

 荷の底から木彫りを出して、しばらく手の上に置いていた。それから、元のところへ戻した。

 寝台に寝転んだら、コゲが腹のあたりに乗ってきて、丸くなった。重い。


 髪に手をやって、指を通した。いつもどおりに撫でつける。

 何も起きなかった。

 もう一度やった。同じだった。

(……まずいな)

 髪の先をつまんで持ち上げる。いつもの焦げ茶色。

 今夜すぐ困るわけではない。だが、何日もこのままではいられない。

 目を閉じた。


 炉の火はまだ燃えていた。煙も出ている。

 だが、重ねた枝は細い。朝には消えているだろう。


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