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33歳元勇者、旅に出るので探さないでください ~ちびドラゴンを拾って薬草士はじめました~  作者: くれは
本物の薬が、誰にも効きません

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11:勇者様なら、分かりますよ

 その村に、宿帳はなかった。

 イリス・エンデは、宿の帳面を見せてもらった。勘定しか書いていない。麦酒の数と、肉の数と、銅貨の数。名前はどこにもない。

「書かないんですか」

「書けませんもの」

 女将はそう言って、笑った。悪気はまったくなかった。

 イリスは手帳を開いて、そのことを書き留めた。


 ――ザーム村。宿一軒。宿帳なし。村内に読み書きのできる者は司祭のみ。


 街道沿いの宿では、名前が残る。村では残らない。

 王都を出てから通ってきた十七軒のうち、帳面に名前が並んでいたのは六軒だけだった。残りは、こういう村だった。

 旅の者の記憶を頼りにするしかない。記憶は、書いたものより早く消える。


「では、伺いますが」

 イリスは手帳を膝に置いた。

「ふた月ほどのあいだに、この村を通った旅の方で、変わったご様子の男はおられませんでしたか」

「変わった、というと」

「三十くらいの、背の高い方です。金髪で」

「金の髪の人は、通りませんねえ」

「そうですか」

「このへんじゃ、まず見ませんよ。目立ちますから」

 目立つ。そのとおりだ。

 人相書きはある。式典のときの絵姿を写したもので、金の髪は短く刈り揃えられ、背筋が伸びていて、目が澄んでいる。下には、勇者アルノルト・ホーフ、と書いてある。

 立派に描けている、と写しを受け取ったときに思った。

 立派に描かれたものほど、当てにならない。それも分かってきた。

「勇者様をお探しなんですか」

 女将のほうから訊いてきた。

 イリスは、言葉を選んだ。

「……人を探しております」

「勇者様なら、分かりますよ」

「と、おっしゃいますと」

「そりゃあ、来ればすぐ分かるでしょう。うちみたいなところに来たら、村じゅう出てきますよ」

 イリスはため息をついて、ペンを走らせた。


 ――当村への来訪なし。村人の認識:勇者が来れば必ず分かる。


 書いてから、少し眺めた。

 この一行を、これまでに十七回書いている。


 村を出る前に、畑の主にも訊いた。

 六十くらいの男で、柵を直していた。もう直し終えているのに、直していた。

「勇者様? いや、そんな方は」

「では、ここふた月のあいだに、何か変わったことは」

「変わったこと」

 男は少し考えた。

「畑が荒らされましてね。ふた月ばかり前です」

「獣ですか」

「熊だと思ったんですが。山狩りをしたんですよ、男衆で」

「捕れましたか」

「それが、何も出ませんで」

「では、その後も」

「いえ。それきり、ぱたりと」

 イリスは手を止めた。

「止まったのですか」

「止まりました。その日から一度も」

 男は柵を撫でていた。

「逃げたんでしょうな」


 ――畑荒らし、ふた月前に発生。山狩り実施。獲物なし。以後、被害なし。


 書いてから、少し見た。

 書くようなことではない。獣が来て、去った。それだけだ。

 消そうかと思ったが、消さなかった。消すと、あとで思い出せない。


 昼は宿で食べた。

 麦のパンと、豆と、干した肉。悪くなかった。二皿頼んだ。

「よく召し上がりますね」

 供の男が言った。王都から一緒に回っている、馬の扱いのうまい男だ。

「食べないと、書けませんので」

「そういうものですか」

「そういうものです」

 男は何か言いたそうにしていたが、言わなかった。慣れてきたらしい。


 馬に荷を積みながら、川沿いの町の名を聞いた。

 街道を北へ二日。商いのある町で、宿が三軒あるという。

「宿帳、ありますかね」

「町なら、あるでしょう」

 あればいい。

 名前が並んでいれば、宿の者に一人ずつ訊ける。どんな方でしたか、いつ発ちましたか、どちらへ。

 名が偽りでも、日付と方角は嘘をつかない。


 村を出るとき、麦畑の縁を通った。

 刈り入れはとうに終わって、地面が剥き出しになっている。

 九年前の秋も、こんな色だった。

 あのとき、エンデ村は使いを出した。街道の終わりにある村なので、使いが王都に着くまでに四日かかった。返事が来るまでに、さらに六日。

 誰も悪くない。順番があるだけ。

 軍は南から順に回っていて、こちらは端だった。だから最後になった。理屈は分かる。

 九年、分かっている。

 分かっているのに、まだ訊いていない。


「行きましょう」

 イリスは手帳を閉じて、鞄に入れた。

 北へ二日。

 その町に彼がいるとは、思っていない。これまでの十七回も、そう思っていなかった。

 それでも行く。行かなければ、十八回目は書けない。


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