第5話:『治療完了』<Ⅴ>
「ご高説、ありがとうございます。あなたは十分に活躍した……!」
オーフェンは血を滴らせ、カウンターの痛烈な脳震盪による激しい眩暈に襲われながらも、醜悪に咆哮した 。
これ以上の失策も、無様な醜態も、絶対に許されない。
ここでこの目の前のイレギュラーに敗北し、システムに『無能』と判定されれば、あの泥濘を這い回るような過酷な孤立と、『ランクC』への転落という最悪の現実が再び自らを待っているのだ 。
あの地獄へ逆戻りすることなど、自らのプライドが、生存本能が、何より脳内の画面が我が存在に下す「落伍」の判定を決して許容しない。
カウンターを挟む余地すら与えない絶対的攻略。
標的を確実に圧殺する、放てば必滅の決戦奥義のシークエンスへと、真紅の異形がその全エネルギーを傾けていく。
「脚光を浴びる役者は、いつだって私一人でいい! 見上げるべき空はもうない! 私が頂点であり、全ての視線は私の足元へ向かう! ──だから灰は灰に、塵は塵に、微塵へと回帰なさい! 『イク・フェルジーン』!!」
凄まじい高周波の駆動音 。
オーフェンは磁力牽引による超高速移動の全運動エネルギーを、自らの上方空間へと強引に蓄積・圧縮していった。
直後、爆発的な下降気流が、病院前の広場へと叩きつけられる 。
ドゴォォォォォン!!!
地面に激突した風の塊が、力学的な暴力となって横方向へと猛烈に拡散した。
広場に放置されていた車の廃材がゴミのように横転し、耕し始めた開墾地のすべてが、前方に激しく吹き飛ぶ瓦礫の濁流へと変躯していく。
巻き上がる圧倒的な砂塵。
それは周囲の酸素を一時的に強奪し、他者を窒息させ巻き込む絶望の風 。
その身に宿りかけた確かな熱を掴みかけていた蓮も、直後に吹き荒れた暴風の爪牙に煽られた。
激しく土の上へと転がされ、一時的に距離を離される。
濃密な砂塵が、重風の残響とともにゆっくりと晴れていく。
その視界の先に現れたのは、全身に無数の裂傷を負い、ネイビーのスクラブを赤く染め抜いた馨の姿だった。
へし折れた左脇腹を片手で強引に庇い、満身創痍の血の海に沈みかけながらも、一介の作業療法士は、膝を折ることなくかろうじて地を踏みしめて立っていた。
「ふふふ……はははははっ! いかがですか、我が真名を冠する、究極の終末の味は……!」
オーフェンは真紅のフィンを大袈裟に翻し、天を見仰ぐような気障なポーズを決めながら高らかに笑う 。
跡形もなく無力化された標的の有様をその網膜に捉え、真紅の簒奪者は、今度こそ完璧な勝利を確信していた 。
だが──王者のごとく振る舞うオーフェンの胸郭が、不自然なほど浅く、激しく上下を始める 。
チート能力が誇る最大出力の代償。
地面や大気中へ急激に強固な極性を固定し、その全運動エネルギーを上空へ強制蓄積・逆流させたことで、彼の体内では数百万ボルトに達する生体電気の熱疲労が爆発していた。
極性の強制切断に伴う瞬間的なジュール熱がナノマシン伝達コードを急激に焼きにくる。
さらに、自らが引き起こしたダウンバーストの風圧の逆流により、オーフェン自身の背後に猛烈な負圧──真空状態が発生。
彼自身の胸郭の拡張運動が力学的にロックされ、肺胞でのガス交換が一時的にフリーズするという致命的な酸欠エラー。
(──あの急激な顔面蒼白と粗い呼吸、やはりただの全能ではないな。大技の反動による一時的な運動機能低下だ)
激痛に耐えながら、馨の15%局所駆動の視覚野は、オーフェンのその微細なアライメントの崩れを冷徹に分析していた。
(強引な磁力結合のツケで、アイツ自身の熱疲労と酸欠が起きている。速度が物理的に損なわれたはず──)
だが、今の馨のフィジカルでは、その隙を突いて倒しきる容量が足りない。
酸欠に喘ぎながらも、オーフェンは激しい砂塵を伴い、動けない馨へと最後の一撃を見舞うため、真紅の拳を限界まで引き絞った。
「それでは、さようなら。あなたは私という主役を輝かせるための、優れた背景美術でしたよ!」
フェンシングの構えから繰り出される、神速の打突。
技の反動で最高速こそ損なわれているものの、非戦闘員の肉体にとっては、それすらも回避の余地を完全に奪う破壊の質量。
眼前にゆっくりと迫るように見える、圧倒的で、致命的な拳。
(──ここだ。ここで決める……!)
馨は折れた肋骨の激痛に呻きながら、アンチナノマシン因子のリミッターを外した。
──因子の最大全開放。
キィィィィン、と耳の奥を劈く高周波のなか、リアルタイム0.0秒の加速世界(主観時間3分)が強制起動する。




