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ダンジョン化した世界で、作業療法士の俺だけが“環境”を治療する  作者: 秋嵩タクロウ


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第5話:『治療完了』<Ⅳ>

 ゴォォォッ、と真空を引き裂く轟音。


 オーフェンの直線的な神速に対し、かおるは一歩も引かずに体幹の回旋を滑り込ませるが、回避の許容限界バッファはすでに消失していた。


 大気を切り裂く砂塵の嵐が、かおるの頬やスクラブの袖を容赦なく引き裂き、鮮血の線が何本も走る。


 さらに、神速から放たれる質量そのものが、かおるの細い防壁を強引にすり抜け、体幹、肩、前腕へと鋭い打撲を刻み込み始める。


 衝撃のたびにかおるの骨格がきしみ、肉の檻が悲鳴を上げた。


 だが──その全身を削られ、打撲の衝撃に晒される過酷な攻防の最中、15%局所駆動の思考加速に研ぎ澄まされたかおるの動作分析の目は、さらに冷徹に、さらに鋭く、敵の肉体に宿る致命的なアライメントの崩れをハッキングしていた。

 

(能力の正体は、風の操作ではない。地面や大気中の微細な金属粒子を強制的に繋ぐ、磁力による超高速直線移動だ。周囲に巻き起こる突風は、アイツ自身の肉体が音速に近い神速で大気を引き裂いた結果生じる、二次的な物理現象に過ぎない。──そして、だからこそ、極性を書き換えて方向転換と制動(ブレーキ)を行う瞬間に、ナノマシン伝達の『運動モーメントの破綻ラグ』が、コンマ数秒、確実に発生している!)


 網膜の裏にその破綻の軌道を完全に焼き付け終えたかおる


 しかし、それでもなお、常人のフィジカルでは、その遅延ラグを捉えて反撃する処理バッファが足りない。


 ギリギリの死線の攻防 。


 その血を流しながらも一歩も退かない作業療法士の姿を、れんは泥のなかから見つめていた 。


「立て、れん。……元気を出せ」


 オーフェンの猛烈な打突を紙一重でいなし、皮膚を裂かれながらも、かおるは倒れ伏すれんに向けて、真っ直ぐに、あたたかい声を投げかけた 。


「これまでの失敗ではなく、明日訪れるかもしれない成功に目を向けろ 」


「な、にを……先生……っ」


「お前はまだ若い。若い時の臨床──挑戦なんて、十回に九回は失敗だ 。なら──その十倍動けばいい。十倍考えればいい」


 激しい死闘の真っ只中であっても、かおるの行動基準は、どこまでも一介の「作業療法士」のそれだった 。


 敵を倒すことではない。目の前で心をへし折られ、自責の絶望に沈む患者の人生ナラティブの修復こそが、彼の絶対的な治療プログラム 。


「私を無視しないでくださいよっ!!」

 

 部外者への心のケアに執着するかおるの態度に、オーフェンの逆鱗が爆発した 。磁力牽引を乗せた最大出力の真紅の拳が、かおるの左脇腹へと容赦なく直撃する 。


 ──バキンッ!!!


 皮膚の内側、肉の檻の最深部で、身体を支える強固な支持柱がへし折れる、乾いた破壊音が響いた 。


 (……第8番、9番肋骨骨折。骨格支持性、さらに24%低下 )


 凄絶な激痛が脳を焼きにくる 。


 だが、その肉を切らせる一瞬の凪こそが、かおるが15%局所駆動のなかで待ち望んでいた「決定的な手順アプローチ」だった 。


かおるは折られた衝撃を体幹の回旋運動へと強引にスライドさせ、オーフェンの突進質量をそのまま我が拳のエネルギーへと反転ハッキングして突き出した 。


 太極拳、肉を切らせて骨を断つ絶対のカウンター ──『指地捶しちすい』 。


 ドンッ!!!


 骨格駆動から放たれた極小の寸勁が、オーフェンの顔面を直撃する 。


 衝撃波が真紅の頭部アーマーを内側からベキベキに粉砕し、鮮血とともにその防壁を大気中へと爆散させた 。


「が、はっ……あ、あ、あああぁぁぁっ!?」


 その場に無様に卒倒し、頭部から血を滴らせながら激しく呻くオーフェン 。


 かおるは口内を血で満たしながらも、折れた脇腹を片手で抑え、泥のなかのれんに向けて、どこまでも優しく、静かに微笑んでみせた 。


「……れん。何も心配することも、自分を否定することもない 」


「先生……」


「お前がギルドでやってきたことは、間違いじゃない 。いつだって周囲との協調を計り、誰かのために盾になろうとしていたお前のありのままを、俺が肯定している。……システムではなく、この俺が、お前を肯定しているんだ」


 ランクの数値など一行もない、神城馨の臨床ノート 。


 そこに、進藤蓮という一人の人間の気高き献身が、消えない事実として丸ごと救済された瞬間だった 。


 バッ!!!


 だが、真紅のアーマーの大半を剥ぎ取られ、頭部から鮮血を迸らせたオーフェンが、獣のような絶叫とともに再び立ち上がった 。


 こめかみに青筋を怒張させ、見開かれたその双眸は、圧倒的優位から考えもしなかった痛烈なカウンターへの狂乱と、ただ目の前の標的を屠るためだけの殺意に染まりきっていた 。


「どうした 。泥にまみれたのは、お前のほうだったな。地に伏した敗残者」


かおるの冷酷な舌鋒が、オーフェンのプライドをさらに切り裂く 。


「──こ、の、モブがぁぁぁっ!!」


「弱い物ほど、相手を認められない 。相手を認めるということは、強さの証明だ 。権力に憧れ、画面システムの数値に執着するばかりのお前は、その実、自分の弱さすら直視できない──真の意味の弱者だ」


 そのかおるの言葉と、命を賭した全肯定の重みを受けて── 。


 泥のなかのれんの網膜の奥で、凍りついていた生の歯車が、凄まじい熱量とともに猛烈に再生を開始していた 。

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