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無言の跳躍6



 無言の跳躍・漂流歴編


TIME ZERO崩壊から七年後

世界はまだ終わっていなかった

だが、正常でもなかった


歴史の固定が解除された日、後に[自由落下]と呼ばれるその瞬間から、地球では奇妙な現象が日常になっていた

昨日までは存在しなかった建物

突然記憶に現れるもう一つの人生

別の歴史を生きた人間同士の遭遇

政府はそれを[漂流歴現象]と呼んだ

世界線同士の薄い接触


かつてTIME ZEROが排除していた分岐が完全には分離しきれなくなっているのだ


東京も変わった


高層ビル群の間に、時折古い木造家屋が数時間現れたり

地下鉄の一部が存在しなかった路線へ繋がることがある

空には稀に巨大な歯車の幻影が浮かぶ


人類は混乱しながらも適応していった

それが人間という生き物だった


玲奈は現在[時間漂流対策局]の調査官になっていた

皮肉なことに、かつて監察局だった組織の残骸である

ただし目的は違う

歴史を固定するのではない

漂流歴による事故を防ぎ人々を保護すること

玲奈はデスクの上に積まれた報告書を睨んでいた


「北海道で中世ヨーロッパ風の村が三時間出現…」

隣の若い局員が言う

「最近また増えてますね」


玲奈は答えなかった

確実に増えている


TIME ZERO崩壊後、世界は徐々に不安定化していた

原因は誰にも分らない

いや

玲奈だけは薄々感じていた

観測者が消えた影響だ


その夜


玲奈は帰宅途中、奇妙な気配を感じた

駅前の雑踏

ネオン

雨上がりの道路

だが一瞬だけ世界の音が遠のいた

人々の動きが微妙に遅くなる

玲奈は立ち止った

そして歩道橋の上に黒いコートの男

玲奈の心臓が止まる

「直人?」


男は振り返らない、だが確かに直人だった

玲奈は人込みをかき分け歩道橋へ駆けあがる

しかしそこには誰もいない

代わりに古びた銀貨が落ちていた

[TOKYO COMMONWEALTH 2179]

見たことのない刻印

存在しない国家

漂流歴の遺物だった

玲奈は銀貨を強く握る

「まだ…いるの?」

風だけが吹き抜けていった


数日後


対策局へ極秘通信が届いた

発信源不明

内容は一行だけ

[観測残響を確認、座標添付]

玲奈の顔色が変わる

観測残響

それはかつてTIME ZERO周辺でしか観測されなかった特殊波形だった

つまり、直人に関係している可能性がある


座標は南太平洋

海上に存在しないはずの島

玲奈は小型転移艇で現地に向かう

霧の中海面に巨大化影が浮かぶ

海図には存在しない島だった

上陸する

白い砂浜

静かな森

そして島の中央には古い天文台が建っていた

まるで時間から切り離された場所のようだった

玲奈が扉を開ける

中にか巨大な望遠鏡

そして壁一面の時計

カチ、カチ、カチ

規則正しい音

その中央に一人の少女が座っていた

歳は十六歳ほど

白い髪

そして瞳の奥に微かに時計盤が回転している

玲奈は凍り付く

少女が言った

「やっと来た」


「…誰?」


少女は少し考えるように首を傾げた

「名前はまだない」


玲奈の背筋に悪寒が走る


その話しかた、間、視線

直人に似ている


「あなたは…」


少女は窓の外を見た

「観測者は消えていない」


玲奈の呼吸が止まる

「え?」


「TIME ZEROは壊れた、でも観測そのものは宇宙から消えない」

少女は自分の胸に手を当てた

「残響は新しい器を作る」


玲奈が後ずさる

「器…?」


少女は玲奈を真っ直ぐ見た

その瞳の中で無数の時計が回転していた

「私の中に直人がいる」


玲奈は頭の中が真っ白になる

「そんな」


「全部じゃない」

少女が静かに言う

「記憶も人格も欠けている、でも核の一部が残った」


玲奈は震える声で聞く

「直人は生きてるの?」


少女は答えなかった

代わりに窓の外を指さした


空、そこには巨大な裂け目が浮かんでいた

黒い亀裂、空間そのものが割れている


玲奈は息を呑む

「あれは…」


「世界境界の崩落」

少女の声は静かだった

「このままだと、全部の歴史が混ざる、時間は自由になった、でも自由すぎる」

時計の針が一斉に逆回転する

少女は玲奈を見た

「だから選ばなきゃいけない」


玲奈は嫌な予感を覚えた

「何を?」


少女はゆっくり言った

「新しい観測者を作るか、完全に自由な世界に落ちるか」


遠くで雷鳴が響いた


空の裂け目がさらに広がっていく


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