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無言の跳躍5



 無言の跳躍・自由落下編


白い光の中で玲奈は目を閉じた

無数の未来が意識の中に流れ込んでくる

人類が繫栄する世界

戦争で滅ぶ世界

機械へ進化する世界

何も生まれない世界

その全てが同時に存在していた

TIME ZEROは、それらを選別している

人類という種が最も長く存在する一本だけ残して


だが玲奈はその光景の中で違和感を覚えた

どの未来でも人々はどこか似ていた

笑い方

言葉

価値観

違う歴史なのに根本が同じ

まるで誰かが”安全な範囲”に調整しているように

「飼われている」

玲奈は呟いた


直人は何も言わない

だが、その沈黙が肯定だった


巨大な核が振動する

玲奈の手の中の鍵が熱を帯びた

差し込めば終わる

固定するか

解放するか


その時だった

背後から声が響く

「やめろ!」

玲奈が振り返った

そこには九条の姿があった

だが以前の冷静な局長ではない

髪は白く変色し皮膚には時間崩壊の亀裂が走っている

九条は苦しそうに壁に手をつく

「固定を解除すれば人類は自滅する」


玲奈は九条を睨む

「だから檻に閉じ込めるんですか」


「違う!」

九条が叫ぶ

その声には初めて感情があった

「私は見たんだ!」

空間に映像が走る

崩壊した未来

空を覆う機械群

時間兵器で消滅する都市

因果崩壊で溶ける地球


「自由化された時間技術は必ず戦争になる!」

九条の目が狂気じみた光を帯びる

「人類は時間を扱えるほど成熟していない!」


玲奈は言葉を失う

確かの未来は悲惨だった

「それでも…」

彼女は震えながら言う

「選ぶのは人類自身じゃなきゃいけない」


九条が笑った

「理想論だ」


「そうかもしれない」

玲奈は鍵を握りしめる

「でも、誰かに決められた未来を生きるだけなら人類はもう死んでいる」


九条はゆっくりと直人を見る

「お前もそう思うか」


直人は長い沈黙の後小さく答えた」

「ああ、そう思う」


九条は敗北を悟ったかのように目を閉じた

「だからお前を観測者にしたくなかった」


その瞬間TIME ZEROが激しく振動した


警告


赤い光


空間が裂け始める


直人の身体に接続された光糸が暴走する

「限界だ」

直人が苦しげに言う

「観測固定が崩れる」


世界中の未来が流れ込み始める

玲奈の脳裏に何億もの人生が爆発する

知らない子供

知らない恋人

存在しない文明

頭が壊れそうになる


「玲奈!」

直人が叫ぶ

「今しかない!」


玲奈は鍵を核に向ける

だが手が震えた

怖かった

もし開放すれば、人類は滅ぶかもしれない

戦争が起きるかもしれない

宇宙そのものが壊れるかもしれない

でも、それでも

玲奈は監察局時代の直人を思い出す

不器用で、無口で、誰よりも人間らしかった男を

彼は最後まで人類を信じるか迷っていた

だから

玲奈は決めた

「私は」

玲奈はTIME ZEROへ鍵を突き刺した

その瞬間、世界から音が消えた


静寂

完全な無音

そして核に一本の亀裂が走る


九条が絶望した顔で呟く

「終わった…」


亀裂が蜘蛛の巣のように広がる

そして白い光が宇宙へ放たれた


地球

東京

ニューヨーク

月面都市

火星


無数の場所で人々が空を見上げる


巨大な時計盤が砕け散っていく


時間を固定していた檻が壊れていく


世界中で歴史が分岐する

消える都市

生まれる国家

変化する記憶

人々が混乱し、泣き叫ぶ


だが同時に初めて誰にも決められていない未来が動き始めていた


TIME ZEROの内部

崩壊する白い空間の中で玲奈は倒れていた

直人が近づいてくる

いや、近づいているのか崩れているのか分からない

彼の身体は光の粒子になり始めていた


玲奈は涙を流す

「戻ってきて」


直人は昔みたいに少し困った顔をした

「無理だ」

「観測者は核と一緒に消える」

白い粒子が舞う

「でも、これで人類は自由だ」


崩壊音

空間が裂ける


玲奈が叫ぶ

「自由なんかより、あなたが…!」


その時直人がほんの少し笑った

「それを選べるようになった」


玲奈の涙が宙へ散る


直人の姿が光へと変わっていく

最後の彼は、監察局時代と同じ口調で言った

「玲奈、後は任せた」


そして直人は消えた


世界は分岐を始めた

未来は無数に広がっている

滅びる未来もある

繁栄する未来もある

もう誰もわからない

だが、それでよかった


夕暮れの東京

雑踏の中を歩く玲奈は、ふと空を見上げる

時計盤はもうない

ただ普通の空が広がっている

風が吹く

その瞬間、誰かが隣を通り過ぎた気がした

黒いコート

不愛想な横顔

玲奈が振り返る

だが、そこには誰もいなかった

それでも彼女は少しだけ笑った

未来はまだ決まっていないのだから

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