無言の跳躍3
無言の跳躍・観測者編
世界は変わった
だが人々はその事実に気づいていない
駅前の広告では民間時間旅行会社のCMが流れている
「週末は平安時代へ!」
「安全認証済みタイムツアー!」
誰も驚かない
まるで最初からそれが当たり前だったかのように
玲奈だけが違和感を抱えたまま雑踏の中を歩いていた
記憶が二重になっている
時間移動が禁忌だった世界
時間移動が日常になった世界
二つの歴史が頭の中で絡み合っていた
玲奈は旧・時間監察局本部へ向かった
しかしそこにあったのは、巨大企業[クロノス・アーカイブ社]の本社ビルだった
ガラス張りの高層建築
ロビーには観光客までいる
「…消えている」
監察局は存在しない
少なくとも表向きには
玲奈が呆然としていると、背後から声がした
「やっぱり来たか」
振り返るとそこには榊がいた
しかし以前より若い
時間汚染の痕跡もない
「榊さん!」
榊は苦笑する
「静かにしろ、監視されている」
彼は玲奈を人混みから離れた地下通路へ連れて行った
古びた防火扉を開ける
そこには狭い部屋があった
壁一面に貼られた世界地図
無数の時間軸グラフ
古いブラウン管モニター
まるで陰謀論者のアジトだ
「ここは…?」
「観測漏れの避難所だ」
榊は玲奈に缶コーヒーを投げ渡した
「今の世界は再編成されている、だが完全じゃない、お前みたいに旧歴史を覚えている人間が少数いる」
玲奈は震える声で言った
「直人は何をしたんですか?」
榊はしばらく黙っていた
「世界を壊した、そして同時に救った」
モニターに映像が映る
巨大な球体[TIME ZERO]
そしてその中心に立つ直人
「奴は観測者になった」
榊が言う
「観測者?」
「時間を固定する存在だ、人類が歴史を分岐しすぎないよう、世界線を監視する管理者」
玲奈は思い出す
無数の未来にいた直人を
「あれは人間じゃなかった」
「半分はな」
榊は目を伏せた
「TIME ZEROは、人間の意識を媒体にして動く装置だった、局長の九条は長年それを利用していた」
「でも直人が入ったことで…」
「管理権限が移った」
部屋が静まり返る
玲奈が呟く
「じゃあ直人は生きてるんですか?」
榊は答えなかった
代わりに古い映像を再生する
それは監察局時代の訓練記録だった
若い直人が映っている
不愛想で、無口で、でも仲間が危険な時は必ず前に出る男
玲奈は胸が痛くなった
「あいつは昔から変だった」
榊がポツリと言う
「初任務の頃、直人は未来の夢を見ると言っていた」
「未来の夢?」
「自分がどこかの場所で、永遠に時計を見続ける夢だと」
玲奈は息を呑む
それは偶然じゃない
直人は最初からTIME ZEROに呼ばれていたのだ
突然、部屋の照明が赤く変わった
警告
榊の顔色が変わる
「見つかった!」
モニターに大量の反応が映る
黒服の部隊
クロノス社治安維持局
「来るぞ!」
爆音
榊が玲奈を押し倒す
火花が散る
「走れ!」
地下通路を全力で駆ける
背後から足音
玲奈は叫ぶ
「なんで追われるんですか!?」
「旧歴史を知る人間は危険なんだ」
榊が端末を操作する
通路の隔離壁が閉鎖
だが爆発で吹き飛ばされる
「しつこい!」
その時、空間が歪んだ
世界が一瞬止まる
銃弾が空中で静止する
兵士も立ち止まったまま
雨粒さえ止まっている
完全な静寂
玲奈だけが動けた
「え?」
通路の奥から誰かが歩いてくる
黒いコート、静かな足音
直人だった
だが以前とは違う
輪郭が少し透けて見える
瞳の奥では、無数の時計が回転していた
「直人!」
玲奈は駆け寄ろうとする
だが直人は静かに首を振った
「近づくな」
声が遠い、水の中から聞こえるようだった
「時間停止…?」
榊が苦しそうに言う
「違う、これは観測領域だ」
直人は兵士たちを見た
すると彼らの姿が砂のように崩れ消滅した
玲奈は凍り付く
直人は淡々と言った
「この世界は不安定だ、旧歴史保持者が増えれば再び分岐が始まる」
「だから消すの?」
玲奈の声が震える
直人は答えない
その沈黙が逆に苦しかった
「あなたは何を守ってるの?」
直人の目がわずかに揺れた
「可能性だ」
「え?」
「人類が滅びない未来を」
玲奈が叫ぶ
「そんなのあなた一人が全部背負う必要ない!」
直人は静かに笑った
昔と同じ、少し不器用な笑い方だった
「もう戻れない」
空間の粒子が崩れ始め、時間が再び流れ出す
「玲奈」
直人の姿が薄れていく
「お前だけはまだ選べる」
「何を?」
「この世界を受け入れるか…壊すか」
最後の言葉と同時に直人は消えた
雨音だけが戻る
玲奈はその場に立ち尽くしていた
そして気づく
手の中に小さな鍵が握られていることに
銀色に鍵、表面には文字が刻まれていた
[TIME ZERO CORE]




